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No Referee,No Football

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決勝後の表彰式でブーイングを受けた審判団
[天皇杯決勝 鹿島対清水]

 2011年元日に行われた第90回天皇杯の決勝。1-1の後半32分に野沢拓也選手が決勝点となる直接FKを決め、鹿島アントラーズが2-1で清水エスパルスを下し、4度目の天皇杯を獲得するとともに最後のACL切符を得た。主審は家本政明。副審の1人は来季からプロ審判となる大塚晴弘。もう1人は八木あかね(男性である)。第4の審判員はこの1月1日から国際主審、来季からプロとなる飯田淳平。良くも悪くも、昨年のゲキサカに何度も登場してくれた。

 久しぶりに家本主審を生で見た。映像では何度も見ているし、2010年シーズンの審判アセッサー評価やさまざまな評判からしても、良いレフェリングを提供してくれると思っていた。決勝の審判割り当ての原案が上がってきたときも、この審判団で妥当だとした。

 実際のところ、決勝に鹿島が上がる可能性が高くなったとき、家本主審を心配する声が関係者から寄せられた。何をいまさらと思いつつ、「心配することはない。彼はしっかりやってくれる」と言った。

 当日の国立もそうだった。家本主審の名前がアナウンスされると、鹿島サポーターからどよめきが起きた。3年前のゼロックススーパーカップ。両チーム合わせてイエローカード11枚、レッドカード3枚が提示されたこの試合は、多くの人にとって心的トラウマとなった。

 本人にも思うところがあったのだろう。試合前に会ったときは、おくびにも出さなかったが、審判振りには表れていた。笑顔を浮かべつつも毅然さを醸し出していた選手への対応、ここぞというときの走り。天皇杯決勝ということもあったが、気合いが入っていた。

 些細な接触での転倒はファウルにしなかった。直接FK数は両チーム合わせて29本と決して少なくはないが、この試合にマッチした判定基準だったし、両チームを戦わせていた。前半20分の小笠原満男選手へのチャレンジをファウルにするなど、“見え過ぎているな”という判定もないわけではなかったが。

 前半28分、アドバンテージを適用できなかったのはいただけなかった。清水の本田拓也選手が小笠原選手に対して後方からチャレンジ。ボールは新井場徹選手につながり、鹿島のチャンスとなったが、家本主審は笛を吹いて流れを止めた。本田選手のプレーに無謀さも感じられたので、警告するためにプレーを止めたのかと思ったが、警告はなかった。実際は、プレーに対して突っ込み過ぎて視野が狭くなったようだ。本田選手にイエローカードも必要だった。鹿島のオリヴェイラ監督は両手を大きく上げて、そんな抗議をしていた。“さもありなん”と思った人もいたかもしれない。

 いくつかのミスはともかく、全体的には落ち着き、余裕を持って判定し、選手に対応していた。前半3分、ファウルを犯した新井場選手との良いコミュニケーションから始まり、後半31分に岩下敬輔選手がファウルを犯したあとのボスナー選手への対応も良かった。

 岩下選手のファウルのあと、ボールが前方に転がった。それを小笠原選手が蹴ろうとボールに近寄った。ボスナー選手はクイックで始められないようにボールの前に立ち、思わず小笠原選手の胸を右手で押してしまう。小笠原選手は簡単に転倒した。テレビの解説はレッドカードの可能性もあると話していたが、そんなことはない。

 家本主審は落ち着いて、ボスナー選手を集団から引き出し、警告する。カードをすぐに出すような素振りもあり、ボスナー選手に小笠原選手を傷付ける意図もなかったことから、鹿島の選手も納得できた。

 ボスナー選手としても、押し倒した悪さを自覚しているだろうし、レッドカードも示されなかったことから、イエローカードは致し方なしの表情だ。フィールド上は熱く、駆け引きもある。これをおさめるのが“レフェリー”の役割だ。

 ところが、このFKから野沢選手が得点したこともあり、岩下選手は不満をあらわにし、試合後に異議で警告されることになる。試合後の表彰式で審判団の名前が呼ばれると、清水サポーターからはブーイングが起きた。

 敗戦の直接の原因がこのファウルからのFKであり、清水サポーターの気持ちも分からないではない。しかし、ファウルの場面で岩下選手の右足は興梠慎三選手の右ひざあたりに当たっている。当たりは決して無謀ではない。興梠選手の倒れ方も上手いが、ファウルはファウルだ。接触、転倒という出来事が起き、そこに仲裁者がいて、判定を下した。受け入れて、次へ進む。それがサッカーである。

 両チームが全力を尽くして戦った。そこには仲裁者として最善を尽くした審判団もいる。南アフリカW杯決勝のときも思ったが、ブーイングはあり得ない。

 W杯準々決勝のオランダ対ブラジル戦で西村雄一主審がレッドカードを示したときもそうだったが、試合には必ずキーとなる判定がある。この試合では、この場面がそうだった。上手くおさめられたことで、家本主審は最後まで行けると確信したかもしれない。

 後半34分に本山雅志選手を警告したときも、何やら笑顔で会話をかわしていた。後半44分、清水がペナルティーエリアすぐ外からFKを蹴ったとき、家本主審はセオリーと異なり、ゴールライン近くに位置取った。現在のサッカーは速い。得点になったり、ゴールキックになったりしたら問題ないが、この位置だとカウンターアタックに遅れることになる。果たして、鹿島の速攻。しかし、家本主審の判断は早く、すぐさまスピードに乗って対応していた。ランナーズハイではないが、いくらでも走ってプレーに付いていける気がしていたのだろう。

 この試合、NHKはオフサイドの判定があったとき、オフサイドラインを映像に示して、いかにオフサイドであったのかを説明していた。ところが、後半14分の清水の得点時には、オフサイドラインが示されなかった。岡崎選手はオフサイドだったと説明していたが、得点したヨンセン選手も本田選手がボールをパスした瞬間、体ひとつ分オフサイドの位置にいた。

 大塚副審は岡崎選手に集中し過ぎて、ヨンセン選手を確認できなかったのだろう。このミスが試合結果に影響することはなかったが、難しい判断とは思えないので、残念である。

 家本主審は昨年5月24日、ウェンブリー・スタジアムでイングランド代表対メキシコ代表の国際親善試合を担当し、日本人で初めてサッカーの聖地・ウェンブリーで笛を吹いた。その他にも数多くの試合をこなし、レフェリングが安定してきた。もちろん、ミスもあり、課題もある。この試合の起用を心配する声もあったが、自ら乗り越えた。次の目標はブラジルW杯だろうか。西村主審もいて、達成はそう簡単ではない。しかし、是非、そこを目指して頑張ってほしいものである。

【告知】
 松崎康弘審判委員長による新著『審判目線~面白くてクセになるサッカー観戦術~』が1月21日に講談社から刊行されます。本コラムを加筆・修正して掲載したほか、2010年の南アフリカW杯をめぐる審判の現状や未来などについて新たに書き下ろした作品です。前作の『サッカーを100倍楽しむための審判入門』を購入いただいた方はもちろん、本コラムでサッカーの審判に興味を持った方も是非お買い求めください。

※本連載の感想はこちらまでお寄せください

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