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No Referee,No Football

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暴言による退場、失われた選手との信頼関係
[J2第37節 柏vs岡山]

 柏レイソルはすでにJ2優勝を決めている。ホームに17位のファジアーノ岡山を迎えた一戦。普通に考えれば、試合が荒れる可能性は低い。審判にとってもゲームコントロールが難しいゲームではないと思われたが、結果的に合計7枚のイエローカード、柏に2枚のレッドカードが示されることになった。いつもながら“ひとつひとつの判定は正しい”ものばかりだったが、小川直仁主審の選手マネジメントが上手くいかず、審判と選手の間に信頼関係もリスペクトも見られなかった。とても残念だった。

 後半3分、柏のコーナーキックの場面。キッカーのレアンドロ・ドミンゲス選手が蹴る直前に小川主審が笛を吹き、プレーを止めた。ゴール前のポジション取りで、柏のパク・ドンヒョク選手と岡山の近藤徹志選手に注意するためだったのだが、小川主審に呼ばれた2人の表情は不満げ。小川主審の言葉も聞いていないどころか、一言二言、文句を言っている。まだ後半立ち上がりの3分だ。前半、試合の表面上は大きなことは起きていなかった。しかし、この出来事はすでに小川主審が選手の信頼を失っていたことを表していた。

 その直後に柏がペナルティーキックを獲得する。柏の工藤壮人選手がペナルティーエリア内に入ったところで、岡山の野本安啓選手が左手で引っ張った。一瞬、工藤選手が野本選手を引っ張ったことで、自らバランスを崩して倒れたようにも見えた。ビデオで詳細に確認すると、一瞬だが、最後に野本選手が手で工藤選手の左袖口を強く抑えている。ペナルティーキックの判断は間違っていない。しかし、岡山の選手は納得いかない。もしかすると、柏の選手も“ラッキーだな”と思う反面、主審の判定の不安定さに不安を感じるかもしれない。そこに主審に対する信頼はない。

 後半38分、相手ハーフ内の高い位置で柏の藏川洋平選手がホールディングのファウルを犯す。主審の笛。ディフェンダーである藏川選手は相手に素早くフリーキックを蹴らせないようにするため、ボールを手に持って行った。これが遅延行為で警告に値すると判断した小川主審は、藏川選手を呼び止めようと笛を吹いた。ところが、藏川選手が止まらなかったため、笛を強く、何度も吹いた。ピッ、ピッ、ピッと、感情を逆なでするような笛だ。それでも藏川選手はなかなか主審の方を向かない。小川主審は立ち止まったまま同じような調子で笛を吹き続け、結局、離れた位置からイエローカードを提示した。藏川選手は明らかに不満げな表情だ。笛の吹き方に工夫が欲しかった。

 ディフェンダーである藏川選手がボールを失い、少しではあるが、ボールを持ち去った。映像からもそう見える。だから遅延行為で警告した。しかし、警告を出すのであれば、藏川選手が自分の目の前を通ったときに、少しでいいので自ら近付き、イエローカードを示せば良かった。藏川選手は猛スピードで走り去ったわけではなかった。いくらでも時間はあった。時間をかけ、結果、遠くにいる選手を呼んだことで、逆に不満を募らせてしまった。

 直後の後半39分、柏は自分たちのハーフからのロングボールにホジェル選手と野本選手が競り合った。ホジェル選手の上げた腕の左ひじが野本選手の顔に当たった。警告に値するファウルだと思った。しかし、小川主審は笛を吹き、ホジェル選手に向かって厳しい表情とジェスチャーで強く注意するにとどまった。そして、ホジェル選手にいったん背を向け、倒れている野本選手に目を遣った。

 だれもが警告はないのだと思ったところで、小川主審は振り返り、ホジェル選手と向き合ってイエローカードを示した。ホジェル選手は後半30分にも警告を受けており、2枚目の警告で退場となった。

 ひじが無謀に顔に当たったので警告。そう判定したのであれば、まずホジェル選手に対応したときにイエローカードを出すべきだった。カードを出すタイミングがとても遅かった。「そうなのか、異議での警告なんだ」。そう思った。しかし、警告の理由はラフプレー。試合後の公式記録を見て、ようやく理解した。

 この対応は当然、選手にも、見ている人にも分かりにくかった。野本選手の方を見てからイエローカードを出したため、岡山の選手の抗議を受け、あるいは野本選手の負傷の程度を見てイエローカードに判断を変えたようにも見えた。

 小川主審には、すでに平静さがなくなっていたのだと思う。選手と上手くコミュニケーションが取れず、混乱していたのか。イエローカードという判定は正しいにもかかわらず、何らかの心的プレシャーを受けていたため、カードを出す判断が遅れた。

 高校生や大学生の試合では問題なくできるが、プロの試合になると、上手くゲームコントロールできないという審判もいる。選手がなかなか自分の言うことを聞いてくれない。心的プレッシャーがかかる。もっと強く対応しないといけないと考え、思考回路が普段と変わる。選手から何度も抗議を受けることで、冷静さをなくしてしまい、落ち着いた対応、判断ができなくなる。

 後半41分。柏のレアンドロ選手が岡山のペナルティーエリア内に入ったところで相手を引っ張ってしまった。ファウル。正しい判定だ。しかし、抗議する理由のないレアンドロ選手に対し、小川主審は正面を向いて対応することができなかった。レアンドロ選手から一方的に文句を言われるだけで、何の対応も見られなかった。

 後半のアディショナルタイム4分、柏に2人目の退場者が出た。レアンドロ選手が左サイドからクロスを上げると、ゴール前で林陵平選手がホールディングのファウル。このあと、守備に戻る栗澤僚一選手が小川主審に暴言を吐き、一発退場になった。暴言を吐けば退場だ。レッドカードの判断は間違っていない。しかし、なぜ選手が暴言を吐くほどに不満を抱えていたのか。

 小川主審は自分でカードを出さざるを得ない状況をつくっていた。言うことを聞かない選手を何とかしようとカードを出し、それがさらに選手の不満を募らせ、もっとコントロールが効かなくなる。結果、カードが多くなり、外からは主審がカードでコントロールしているように見える。

 プロの試合であれば、選手は試合中、審判にさまざまなチャレンジを仕掛けてくる。判定を有利にするために強く出る。あるいは懐柔策。さまざまなチャレンジがある。しかし、そこで負けてはいけない。選手が判定を受け入れるような毅然さ。オーラとは言わないが、プレッシャーに負けない強さ。これは、走れることや競技規則を正しく理解できることと同じように、審判にとって大事な資質だ。

 加えて、選手からのチャレンジへの対応策を引き出しに入れておくこと。また、メンタルトレーニングで平常心を保てるようにすること。これらによって、どんな“修羅場”でもくぐり抜けられるような“審判力”のあるレフェリーになる努力も必要である。

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