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No Referee,No Football

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ホールディングの判断、タフなプレーを助長するために
[J1第31節 C大阪vs横浜FM]

 前半36分、セレッソ大阪のアドリアーノ選手がゴールを決めたものの、直前のプレーでホールディングのファウルを犯したとして得点は認められなかった。しかし、実際は対峙した波戸康広選手のファウルで、アドリアーノ選手のゴールは認められるべきだった。

 横浜F・マリノスのコーナーキックのこぼれ球をC大阪の選手が自分たちのペナルティーエリア内から大きくクリア。これが前線への絶妙なパスとなった。波戸選手の後方から追いかける形となったアドリアーノ選手はスピードに乗って波戸選手をかわし、前に出てボールをコントロール。そのままペナルティーエリア内に進入し、ゴールネットを揺らした。しかし、その前に柏原丈二主審の笛が鳴っていた。

 アドリアーノ選手が波戸選手をかわしたときに手を使ったとして、入部進也副審が旗を振り、アドリアーノ選手のファウルを主審に伝えた。コーナーキックからのカウンター。柏原主審は切り替えが遅かった。懸命に走ったが、プレーに遅れてしまった。

 後方の離れた位置から見ていた柏原主審はノーファウルだと考えた。笛のタイミングからすると、そう見える。けれども入部副審が旗を上げた。主審より近い。しかも、真横から見ている。自分よりファウルをはっきり確認していると考えるのは自然な成り行きだ。結果、副審の判断を尊重した。

 アドリアーノ選手が前に出たとき、左腕が伸び、波戸選手の体に触れていた。その後、波戸選手は転倒。そのため、入部副審はアドリアーノ選手が手を使って体を入れ替えたと判断したのだが、腕で相手を抑え、ホールドしていたわけではない。どちらかと言えば、波戸選手がアドリアーノ選手の伸ばした腕を手で抑えようとしている。

 波戸選手はアドリアーノ選手に前に行かれて慌ててしまい、腕を出して引っ張ったところ、アドリアーノ選手がものともせず突進したため、バランスを崩し、転倒してしまった。波戸選手に引っ張られたにもかかわらず、粘って体勢を整え、シュートまでつなげたアドリアーノ選手の素晴らしいプレーだった。しかし、残念ながら審判の判断ミスで得点が認められなかった。

 今シーズンのJリーグが開幕するにあたり、「手のファウル」を注視することとした。これまでも、技術委員会のみならず、多くの方々や組織から、手で相手を止めにいったり、手で相手を抑えて自らのポジションを優位にしたりすることが、日本のサッカーの弱点であると問題視されていた。

 審判委員会としても、この解消を目標にしていたが、一向に減少しなかったこともあり、いっそのこと今シーズンのレフェリングの一番の柱として、「手のファウル」を“きっちり”取っていこうとしたのである。

 “きっちり”取るというのは、細かく取るということではない。ホールディングかどうかをしっかり見極め、相手を抑えているならば、ファウルとする。手が伸びていても、相手を抑えていないのであれば、ノーファウルである。

 素晴らしいことに日本人は生真面目。1級審判研修会をはじめ、さまざまな機会を通じて、手のファウルへの対応を訴えると、審判員は神経質なくらい綿密に対応するようになった。

 手のファウルを気にするあまり、競り合いの際、選手が手を広げてバランスを取ったり、相手との間合いを測るために手を伸ばしていたり、そうしたファウルとする必要のないものまで笛を吹き、旗を振り、果たしてフリーキック数が随分増えた。

 ファウルがあったあとの報復や、次に行われる相手のファウルを防ぐため、少しでも早く対応しようとして、もう少し待って、アドバンテージを適用すべき場面で笛を吹いてしまうシーンも散見された。

 Jリーグの第1節が終わったあと、原博実技術委員長、日本代表の岡田武史監督が来て、「あの程度でファウルを取っていたら、タフなプレーができない。これでは日本の選手を育てられないし、W杯で大変になる」と訴えた。確かにその通りだったのだが、「最初は混乱するけど、時間がたてば、きちんとできるようになる」と説明した。

 実際、試合を重ねるごとにフリーキック数は減っていった。昨シーズンのJ1の1試合平均のフリーキック数(直接、間接、PK)は33.9。それが今シーズンのJ1第1節の平均は42.5と急増した。それでも、第2節は42.3、第3節は38.2、第4節は37.1と徐々に落ち着き、第31節終了時点の1試合平均のフリーキック数は33.8と、昨シーズンの1試合平均33.9とほぼ変わらない。

 これは昨シーズンの状態に戻ったということではない。ほぼ同じフリーキック数だが、その“中身”は大きく変わった。例えば、1試合に7回、ホールディングのファウルがあったとする。これまではそのうちの4回でファウルを取り、残り3回はファウルがあったにもかかわらず、笛を吹いていなかった。対して今シーズンは選手のファウルそのものが5回に減り、審判もそのうち4回を正しくファウルと判断し、結果的に同じくらいのフリーキック数となった。選手が安易に手を使わなくなり、審判もしっかり見極める。同じ4回のファウルでも、その意味合いはまったく異なる。

 直接フリーキックとなる10種類の反則のうち、キッキングやトリッピングなど7種類の反則は、不用意に、あるいは無謀に、または過剰な力で犯されたと主審が判断した場合、ファウルとなる。対してホールディング、スピッティング(つばを吐く)、ハンドリングの残り3種類は、その行為自体がファウルとなる。

 ハンドは「意図的に」という条件が付くが、手でボールを扱う、相手をホールドする、相手につばを吐くという事実だけでファウルと判断される。とはいうものの、ホールドするというのは相手の動きを抑えること。手を出すこと自体はホールドではない。手を出すことと抑えることは違う。手を出して、相手を抑えたならばファウルである。

 試合を重ねながら、こうした説明を繰り返した。審判も理解を深め、きちんとファウルの判断ができるようになった。同時に選手もむやみに手を使わなくなった。コーナーキックやフリーキックなどゴール前の競り合いの場面で、選手が相手を抱えたり、押し合ったりするようなシーンもほとんど見られなくなってきた。

 もっとも、シーズン終盤に入り、また手のファウルへの対応が緩くなってきたなと感じている。明らかなホールディングを見逃したり、逆にこの試合のように間違ってファウルとしているケースもある。シーズン当初に比べ、我々があまり言わなくなってきたことも関係あるのかもしれない。12月に入ったら、今シーズンの審判を総括する。その中で手のファウルについても整理し直し、来シーズン、これまで以上にしっかり取り組んでいくつもりだ。

 手のファウルは日本が克服しなければならない弱点であり、いわば“日本病”の一種だ。もちろん、世界のサッカーでもホールディングはあるし、FIFAもその対応は重点項目のひとつにしている。しかし、育成年代からトップまで、日本の代表チームが海外の大会に出場すると、手のファウルを取られることが多いとして問題視されてきたのも事実だ。

 W杯などで見る海外の選手には、相手に前に行かれたときなど、ある意味ではファウル覚悟で手を使い、相手のチャンスをつぶそうとするホールディングが目立つ。これではサッカーの興味が半減するということで、FIFAも力を入れている。

 しかし、日本の場合、そもそも手を使うことがファウルだという認識が甘い。手を使って相手と体を入れ替える、手でディフェンスをする。攻撃、あるいは守備の「手段」として手を使い、それがファウルだとも思っていない。

 海外のトップレベルのサッカーでは、手を使わずともショルダーチャージなど体幹を用いた正当なチャレンジで守備も攻撃もしている。ところが、日本人選手は体で行こうとせず、安易に手を使って自分のポジションを優位にしようとする。手を使って相手を止めるのは簡単だ。しかし、これではフィジカルコンタクトに強いタフな選手は育たない。

 アドリアーノ選手は翌節(第32節)の川崎F戦で、後半24分に今後こそ正真正銘のゴールを決めた。自分たちのハーフ内でボールを奪うと、そのままドリブルでハーフウェーラインを越え、駆け上がった。チェックに来たヴィトール・ジュニオール選手と交錯したが、両者ともに手を使わなかった。アドリアーノ選手は肩でヴィトール・ジュニオール選手の肩にぶつかりに行った。多少後ろから行っているように見えたが、競り合いに負けたヴィトール・ジュニオール選手もファウルとは感じていない。間近で見ていた宮島一代副審も旗を上げず、佐藤隆治主審も笛を吹くことなく、アドリアーノ選手はそのままプレーを続け、ゴールを決めた。

 タフなプレーから生まれた素晴らしいゴールだった。このゴールは外国人選手によるものであったが、日本人選手の場合も含めて、Jリーグの試合でこうした“正当な”プレーがどんどん増え、審判もそれを認めていけば、試合を見ている人も、これはノーファウルだと理解し、またサッカーの醍醐味を享受する。それがJリーグのみならず、カテゴリーを越えて広がっていけば、日本中にフェアでタフなプレーがもっともっと出てくる。サッカーがもっともっと面白くなるのだ。

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