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No Referee,No Football

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難しいシチュエーションで正しい判定を下したオフサイドのジャッジ
[天皇杯3回戦 川崎Fvs横浜FC]

 10月13日に行われた天皇杯3回戦の川崎フロンターレ横浜FC戦は延長戦にもつれ込む激しい試合となった。一発勝負の神奈川ダービーでJ2の横浜FCが後半37分に先制。川崎Fも負けじと、後半43分に追い付き、延長後半5分に勝ち越しに成功した。しかし、横浜FCも最後まであきらめず、延長戦のラスト5分間、川崎Fのゴール前は熱い攻防が展開されていた。そんな中、川崎Fの勝利目前で迎えた延長後半15分、同点かと思われた横浜FCのゴールはオフサイドで認められなかった。

 横浜FCの武岡優斗選手が右サイドからゴール前に低いクロスを入れると、八角剛史選手がニアサイドにダイビングヘッドで飛び込んだ。八角選手は触れることはできなかったが、GKの相澤貴志選手がボールを前に弾き、渡邉将基選手がこぼれ球を押し込んだ。

 GKの相澤選手はクロスへの対応のため前に出ており、谷口博之選手がゴールライン上にカバーに入った。川崎Fの選手で最も後方にいるのが谷口選手で、2番目が相澤選手という位置関係になった。

 競技規則第11条には、攻撃側の選手が「ボールおよび後方から2人目の相手競技者より相手競技者のゴールラインに近い」位置にいると、オフサイドポジションになると明記されている。通常はGKが最も後方にいるため、一般的には最もゴールライン寄りにいるDFがオフサイドラインであると認識される。しかし、この場面では後方から2人目の相手競技者はGKであり、相澤選手の位置がオフサイドラインだった。

 渡邉選手がシュートを打った瞬間、横浜FCの選手でオフサイドポジション(GKの相澤選手よりゴールラインに近い位置)にいたのは2人。クロスに飛び込んだ勢いのまま右のゴールポスト手前まで転がっていった八角選手と、やはり同じようにゴール前に詰めていた久木野聡選手だった。そして、久木野選手の真後ろに谷口選手がいた。

 渡邉選手のシュートはGKの横を抜け、久木野選手と谷口選手の方向に飛んできた。久木野選手はヒールで流し込もうとしたのか、軽くジャンプし、右足を後方に向けて振る。しかし、ボールはその足に当たることなく、久木野選手の股間を抜けてゴールマウスに吸い込まれた。一方、久木野選手の真後ろにいた谷口選手は久木野選手の体で視野を遮られ、シュートをクリアしようと必死に体を投げ出したが、触れることができなかった。

 オフサイドが反則として成立するためには、攻撃側の選手がオフサイドポジションにいることが必要条件だが、それだけでは十分条件を満たしていない。オフサイドポジションにいる選手が「プレーに干渉する」、「相手競技者に干渉する」、または「その位置にいることによって利益を得る」とオフサイドの反則になると競技規則は規定している。

 「プレーに干渉する」とは、ボールに触れること。久木野選手はボールに触れていないため、「プレーには干渉していない」。しかしながら、谷口選手の視野を遮ってプレーを妨害している。久木野選手があの位置にいなければ、谷口選手はボールをプレーできたはずなのに、それができない状態をつくり出した。つまり久木野選手は「相手競技者に干渉した」ことになり、これによりオフサイドの反則となる。

 もちろん谷口選手が久木野選手の後ろにいなければ、久木野選手は相手競技者に干渉したことにならないため、オフサイドの反則には至らない。谷口選手が後ろにいたとしても、シュートがゴールの左上隅に決まるなど、久木野選手がいることで谷口選手のプレーが干渉されなければオフサイドにはならない。一方、渡邉選手がシュートしたボールに久木野選手が触れてしまえば、オフサイドポジションにいる選手がプレーに干渉したことになり、後ろに谷口選手がいる・いないにかかわらず、オフサイドとなる。さらに言えば、シュートが右方向に飛び、ゴールポストの手前で倒れていた八角選手の体に当たってゴールインした場合も、やはりオフサイドの反則となる。八角選手にプレーの意思はなくても、ボールに触れてしまえば、プレーに干渉したことになるからだ。

 オフサイドラインがGKの位置で、久木野選手がシュートしたわけではなかったため、選手や試合を見ているファンには分かりづらかったかもしれない。中井恒副審はGKとDFの位置関係が入れ替わり、オフサイドラインが変わったことを瞬時に判断して正しくオフサイドを見極め、飯田淳平主審も中井副審の判断をすぐに理解し、笛を吹いた。副審がしっかり見極め、主審も状況を判断し、正しい判定を下す。良いチームワークだったと言える。

 中井副審も落ち着いていて、オフサイドの位置に2人(久木野選手と八角選手)の選手がいたことを指で示し、飯田主審もボールが久木野選手の股間を通って、後ろにいた谷口選手のプレーに干渉したとジェスチャーを交えてしっかり説明していた。

 判定直後は中井副審が旗を上げているコーナー付近に横浜FCの選手に交代選手やチーム役員も加わり、多くの人間が詰め寄った。無理もない。土壇場で追いついた素晴らしいゴールであったのだから。しかし、サポーターがペットボトルをピッチに投げ入れていたのはいただけない。事前に対応できなかった運営サイドも同じだ。

 横浜FCの選手は説明を聞き、多少怪訝そうではあったが、判定を受け入れ、残り時間に集中していた。両チームが延長戦の最後の最後までタフにプレーしたこと、審判の判定の多くも的確で、選手が審判を信頼、リスペクトしてプレーに集中していたことなどもあり、とても面白く、良い試合であった。

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