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No Referee,No Football

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ハンドの基準
[J1第22節 鹿島vs仙台]

 鹿島アントラーズベガルタ仙台の後半23分、仙台の関口訓充選手が右サイドからゴール前にクロスを上げると、ペナルティーエリア内でワンバウンドしたボールは鹿島の新井場徹選手の右腕に当たった。仙台の選手はハンドをアピールし、ペナルティーキックを求めて抗議した。飯田淳平主審は新井場選手が腕で意図的にボールを扱ったのではなく、ボールが腕に当たったと判断し、ファウルとしなかったが、ハンドのファウルとして仙台にペナルティーキックを与えるべきだったと考える。

 新井場選手は胸でボールを止めようとしたが、目の前でワンバウンドしたボールに体が届かず、右腕に当たった。ボールが新井場選手の近くでバウンドし、急に軌道が変化したため、すぐに対応できず、ボールが腕に当たってしまった。新井場選手の意図はあくまでも胸でボールを止めることにあったと飯田主審は判断したのだろう。

 競技規則(第12条:ファウルと不正行為)は「ボールを意図的に手または腕で扱う(ゴールキーパーが自分のペナルティーエリア内にあるボールを扱う場合を除く)」とハンドの反則になると規定している。新井場選手は自分の頭の中で論理的に考えた上で、意図的に手でボールを止めようとしたわけではなかっただろう。しかし、頭で意識していなくても、体が反応して腕が動き、ボールを扱ってしまえば、ハンドの反則となる。

 ハンドの反則になるかどうかを判断する際に重要になるのは、ボールとの距離、ボールスピードだ。予測できないような距離や、準備できないようなスピード、例えば速いシュートが2mの至近距離から飛んできたら、腕を後ろに回してハンドを避けるのは困難だ。こうした場合は腕に当たったとしても、ハンドの反則にならないのは言わずもがなである。

 新井場選手の場合は、クロスを上げた関口選手とは距離があり、ボールスピードもそこまで速くなかった。腕がボールに当たるかもしれないと予期することは十分に可能だったはずで、自分の腕を体の後ろに回すなどして、ハンドの反則にならないように対応すべきだった。

 一方、手や腕を出しておいて、あわよくばボールが当たってパスコースを変えたり、シュートを防いだりしようという行為は、ボールの距離やスピードとは無関係だ。ボールがパス、シュートされたあとに手を動かそうとしなくても、出しておいた手や腕にボールが当たれば、結果的にボールを扱ったのと同じ効果を得られるという意図がある。いわゆる「未必の故意」だ。選手の手や腕が出ているということは、手や腕を使うことになる可能性がある。手や腕がそこにあるということがどのような意味を持っているのかをレフェリーは考えないといけない。

 同じ日に行われたJ2第25節の大分トリニータ対コンサドーレ札幌の試合では、後半30分に札幌の芳賀博信の右サイドからのクロスに対し、ペナルティーエリア内で大分の菊地直哉選手が右腕を高く上げて、クロスボールを腕で止めてしまった。柏原丈二主審は菊地選手のハンドの反則を取り、菊地選手にイエローカードを提示した上で、札幌にペナルティーキックを与えた。

 菊地選手は、クロスボールの軌道に反応して手を動かしたのではない。しかし、高く上げた右腕にはボールを止めようというはっきりとした意図が見える。腕を伸ばしてもボールに当たるかどうかは分からないが、当たればラッキーだなという意識がどこかにあったはず。まさに「未必の故意」だ。

 南アフリカW杯のガーナ対オーストラリアの試合では、前半24分にオーストラリアのハリー・キューウェル選手がハンドの反則で一発退場になった。ガーナのジョナサン・メンサー選手の打ったシュートが、ゴールライン上に立っていたキューウェル選手の右腕に当たった。キューウェル選手は特別、右腕を上げたり動かしたりはしていない。自然体で立ち、多少手が体の横から離れていただけだ。

 しかし、これも「当たってしまった」では済まされない。新井場選手の場合と同様、キューウェル選手とメンサー選手の間には距離があった。シュートが来ると分かった時点で、腕を体の後ろに持っていくことはできた。キューウェル選手は主審に抗議し、スタジアム内のビジョンを指差して「リプレーを見てくれ」というようなジェスチャーを見せていた。キューウェル選手には腕でボールを止めにいこうという意図はなかっただろう。しかし、体の横に腕を出していれば、シュートが腕に当たるかもしれない。そして腕に当たれば主審がハンドの反則を取るかもしれない。そこまで考える必要があった。

 やはりサッカーは手でやるスポーツではない。キューウェル選手のケースだけでなく、今回のW杯では全体的にレフェリーがハンドの反則を厳しく取っていた。今までの日本の感覚とは少し変わってきているようにも感じている。

 日本では、どちらかと言えば、競技規則にある「意図的に」の文字どおりに、“頭の中で考えて”であろうと、“思わず”であろうと、自ら意識して手や腕でボールを扱ったものだけをハンドの反則としていると思う。

 頭の中で考えた意図だけではなく、たとえ無意識でも、体の動き、手や腕の出し方にも意図はある。これは選手も気を付けなければいけないし、レフェリーもきちんとハンドの反則を取ることで、プレーしている選手や見ている観客に明確な基準を示していく必要がある。

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