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No Referee,No Football

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[W杯特別編]2つの重要な試合
[W杯決勝トーナメント1回戦]

 27日に行われたW杯南アフリカ大会決勝トーナメント1回戦2試合。ドイツとアルゼンチンがそれぞれ勝利を飾ったが、両試合で審判の明らかな判定ミスがあった。もちろん、それだけで試合の結果が変わるものではないし、90分間の試合の中で、その他のミスも含めて不運を帳消しにし、幸運を取り込むことができたのがドイツとアルゼンチンだったのだと思う。

 イングランドで今でも語り継がれているのは、86年メキシコ大会のアルゼンチン戦、マラドーナの“神の手”によるゴール。そして、66年イングランド大会決勝のドイツ戦で決めたハーストの得点。2-2で迎えた延長前半11分、イングランドのハーストが放ったシュートはクロスバーの下側を叩いて真下に落ちた。これをソ連のバフラモフ線審(当時)がゴールインと認め、イングランドは結局、4-2で優勝を飾った。(ハーストはW杯決勝でハットトリックした唯一の選手)。

 あれから44年がたった今大会。イングランド対ドイツの決勝トーナメント1回戦で、まったく同じようなシーンが起きた。1-2とイングランドが1点ビハインドの状況で迎えた前半37分、ランパードがペナルティーエリアを少し出たところからシュートしたボールはGKの頭を越え、86年決勝のときと同じようにクロスバーに当たって、地面を叩いた。

 ゴール上方からのカメラが撮った映像は、ボールが1mほどゴールラインを割っていることを映していた。しかし、ゴールインの瞬間、ウルグアイ人のエスピノーザ副審はゴールラインからまだ遠い位置にいた。ボール全体がゴールの中に入っていたかどうかが分からず、得点となったことをウルグアイ人のラリアンダ主審に伝えることができなかった。

 このようなギリギリの得点を判断するために、FIFAはゴールライン・テクノロジーを開発していた。しかし、“サッカーは人がプレーし、人が審判する”という基本的な考え方に基づき、開発を取りやめることを本年度のサッカー競技規則の改正において明言したばかりだった。サッカーではビデオ判定を行わず、すべての判定を審判が下すことに決めたのだ。

 ゴールライン・テクノロジーの開発を中止する一方、ボールがゴールに入ったかどうかといった主審と副審で確認できないような判定の精度を向上させるため、昨季のヨーロッパリーグでも「6人制審判」を試験的に導入するなど、ゴールライン後方に追加的に審判を置くことの可能性を探っている。

 もし、ランパードの得点が認められ、2-2となっていれば、イングランドのゲームプランは変わり、試合結果も変わっていたかもしれない。しかし、審判のミスもサッカーの一部。イングランドの選手は十分に理解している。試合後、ウルグアイ人の審判チームに握手を求めていた。

 イングランドの監督はイタリア人のカペッロ。試合後の記者会見で「2-2となっていれば」という趣旨の発言をしたと聞いた。しかし、実際の「2-2とならなかった場合」の采配がどうして機能しなかったのか。そのことに言及したのかどうかは報道されていないようだ。

 決勝トーナメントもう1試合はアルゼンチン対メキシコ。前半26分、アルゼンチンの先制点も判定ミスだった。メッシがオフサイドラインぎりぎりのテベスへパス。メキシコのGKはゴールエリアを飛び出て、これを阻止したが、跳ね返ったボールをメッシがループシュートで狙った。

 そのボールにGKが触れたかどうかはよく分からないが、メッシのシュートが放たれたとき、テベスの前にメキシコの選手はだれもいなかった。つまり、オフサイドポジション。テベスはそのボールを頭で押し込み、アルゼンチンが先制点を決めた。

 イタリア人のロゼッティ主審からは、メッシがループシュートしたときにテベスがオフサイドポジションにいたかどうかは分からない。オフサイドかどうかの判断は、同じくイタリア人のアイロルディ副審に委ねられる。アイロルディ副審はとても良い位置にいたのだが、GKが上がっていたことも、何もかもがぽっかり頭から飛んでしまっていたのだろう。セリエAのトップ副審でW杯に出場する副審の判定としては情けない。

 しかし、メキシコの選手の怒りは収まらない。当然のごとく副審に詰め寄る。一方、得点を取り消されたくないアルゼンチンの選手もやってきて、騒然となった。ロゼッティ主審はどうにか終息させたが、この他にもいくつか判断の誤りがあり、メキシコの選手は冷静さも、審判団への信頼も失うことになった。

 メキシコのアギーレ監督は試合後の記者会見で「オフサイドだが、審判も人間。コメントしたくない」と話したという。

 イングランドの選手とメキシコの選手の対応、そしてイングランドの監督とメキシコの監督のコメントが好対照なのが印象的だった。

 それにしても、ウルグアイ人、イタリア人の両副審にとって、この判定は非常に大きなものだった。もしかすると、自分の判定が間違っていたという考えも頭によぎっていただろう。心的プレッシャーは重くのしかかる。そのプレッシャーにも戦いながら、残りの時間を審判することはとても大変だったに違いない。

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