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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:デジャヴ(國學院久我山高)
by 土屋雅史

「この試合はこれからのインターハイやTリーグ、選手権の、もっと言えば“久我山サッカー部”の将来に関わるゲームだったんです」(竹浪良威)「『これで負けたら、“今までの久我山”は消えるんだな』と自分は思っていました」(高橋黎)「去年アレだけ苦しい想いをさせられた相手にここでも負けたら、本当に“久我山というチーム”も落ちてしまうと思っていました」(宮本稜大)。傍から見れば数ある公式戦の1試合に過ぎないかもしれない。だが、彼らはその1試合に想像を超える決意で挑んでいた。

 総体予選東京二次トーナメントで、いきなり実現したビッグマッチ。実践学園高國學院久我山高。常に都内の覇権を争っている両雄は、早くも初戦で激突することになる。昨年の1年間は夏も冬も全国出場権を獲得した実践に対し、どちらも代表決定戦で敗れた久我山。とりわけ選手権予選のファイナルでは、スコアレスで突入した延長後半のアディショナルタイムに、実践が劇的な決勝ゴールをマークし、久我山は涙を呑む格好に。「去年は4連敗でしたからね」と清水恭孝監督も苦笑いを浮かべたように、関東大会予選、T1(東京都1部)リーグの2試合、選手権予選と4度の対戦ですべて敗れた久我山にとってみれば、実践は「大きな壁」(高橋)として捉えざるを得ないチームになっていた。

 迎えた2018年シーズン。揃って関東大会予選で早期敗退を強いられたことにより、シード権を得られずに総体予選の一次トーナメントへ回った実践と久我山は、偶然にも隣のブロックに組み込まれる。勝ち上がれば早々に対峙することが明確な中で、前者は5-0と2-0で、後者は4-0と6-0で危なげなく一次トーナメントを突破。前述した通り、半年ぶりとなるリターンマッチは、二次トーナメントの初戦に設定される。

「相手が実践に決まった時から『もう負けられない』というか、この1週間は勝つためだけにやってきたので、本当に練習中もバチバチだった」と話すキャプテンの竹浪に、宮本も「紅白戦でも自分自身の想いが違いましたし、今週の練習は本当にみんなの気合いが違いました」と加勢する。また、清水監督はこう選手たちに語り掛けたという。「今の君たちの経験で言えば、実践の方が上の立場にいるのはもう間違いない。そこは認めよう。だから、リスペクトすべき所はリスペクトしなくてはいけない。ただ、リスペクトし過ぎてしまって怖がるのは違う。やっぱり自分たちのプライドを持って、自信を持ってやるべきだ」。

 気持ちが入るのは十分過ぎるほどわかっている。故にあえて焚き付ける必要はないと判断した。それでも、指揮官も「このゲームを越えられるか越えられないかは、正直選手権まで関わるんじゃないかなと思っていました」と正直に明かす。「絶対に負けられないチーム」(宮本)との一戦へ、久我山は並々ならぬ覚悟を携えて臨むこととなる。

 5月26日。駒沢補助競技場。都内屈指の好カードを一目見ようと、数多く駆け付けた観衆の中に、半年前に悔し涙を流した“先輩”たちも姿を見せる。会場に来れなかった“先輩”も「Twitterとかで応援してくれていたので、そういう人たちの顔も思い出しました」と竹浪。さらに、久我山にはもう1つの負けられない理由があった。「今日は学校があって、応援してくれるはずの3年生が来れなかったんです。自分たちもラストのインターハイで、3年生が見に来れなくて終わるのは一番嫌なので」(高橋)「またアイツらに応援してもらえるように『絶対勝ってくるから』って言っていたので、負ける訳にはいかなかったんです」(竹浪)。12時ジャスト。いよいよ決戦の幕が上がる。

 立ち上がりの勢いは久我山。前半5分に金子和樹、6分に戸坂隼人が相次いで決定機を迎え、共にGKの好守に阻まれたものの、攻勢が続く。ただ、実践も徐々に押し返し、流れがフィフティに近い所まで戻されたタイミングで、スコアが動いたのは22分。右サイドのコーナーキックをレフティの豊田歩が蹴り込むと、ボールは鋭く曲がってそのままゴールネットへ到達。意外な形で久我山が先制点を強奪した。

 すると、次の得点が生まれたのは前半終了間際の40分。相手のバックパスがGKに渡ると、「『コレ、走ったら行けるんじゃないかな』と思った」宮本は果敢にプレス。少し大きくなったトラップを見逃さず、スライディングでボールをゴールへ流し込む。昨年の選手権予選後に手術を行い、先月戦列に復帰したばかり。「新チームが始まっても自分はずっと見ているだけで、プレーで貢献できないのは本当に苦しくて辛かった」と語るストライカーの執念が結実。久我山がリードを2点に広げて、前半は終了する。

 もちろん実践も黙って引き下がるチームではない。「後半は結構押し込まれる時間が多くてキツかった」とは高橋。左サイドを中心に猛攻を仕掛けると、後半27分にはその左を起点にゴールを陥れ、スコアはたちまち1点差に。「試合前から厳しくなることはわかっていたので、厳しい所でどれだけできるかが自分たちの鍵になってくると思っていた」(竹浪)「苦しいゲームは想定していたので、そこはみんなで乗り切ろうという気持ちはあった」(高橋)。攻める実践。耐える久我山。そして、アディショナルタイムに突入した40+2分。実践のラストチャンス。エリア内の混戦から放たれたヘディングは、クロスバーを直撃する。

 その瞬間。竹浪は「去年と同じだ」と感じていた。“去年”の選手権予選ファイナル。延長後半に許したアディショナルタイムの決勝ゴールは、クロスバーに当たったヘディングの跳ね返りを押し込まれていた。「自分がヘディングで競り合って、こぼれたボールが自分の目の前でフリーの選手に渡って、それが入っちゃったんです」と竹浪が当時を振り返れば、「決められた選手は俺のマークだったんです。試合後は『これ、俺のせいだ』みたいに思って、マジで先輩たちに何も言えない状態で本当に悔しかった」と高橋もその時を思い出す。

 まるで“デジャヴ”のような光景。しかし、クロスバーに当たった今回のボールの軌道は、そのまま枠の上へと逸れていき、それからしばらくしてタイムアップの笛が駒沢の空に吸い込まれる。「もう嬉しいっす!マジで!」(高橋)「今日の試合は懸ける想いが違ったので、勝てたのは本当に大きいと思います」(宮本)「最後のインターハイで負ける訳にはいかなかったので、本当にこの勝ちはデカいですよね」(竹浪)。“デジャヴ”の悪夢を振り切り、半年前の敗戦をピッチで経験した三者が三様の喜びを表した久我山が、約2年半ぶりに公式戦で実践に勝利する結果となった。

「負けたくない硬さもあったと思うんですけど、思い切りの良さも出たし、良い所も出たし、最後は泥臭さも含めて頑張ったんじゃないかなと思います」と選手を称えた清水監督は、こうも口にしている。「物凄く手応えのあるゲームやトレーニングができていましたけど、結局それも試合に勝たないと力にならないじゃないですか。だから、自分たちらしさを思い切って出して、勝利が付いてこないと『それ以上の自信には繋がらないだろうな』と。『また惜しい所で終わっちゃうんじゃないかな』と思っていました」。そう考えれば、「残りの試合も勝たないと意味がないと思いますけど、ここが大きな山であったのは間違いないです」と続けた言葉も頷ける。

 この勝利を経たことで、久我山の選手たちにもある決意が宿る。「実践も自分たちと同じように、ここで勝ち上がって全国に行こうと思っていたはずなので、実践の分も責任を持って戦わなくてはいけないと思います」(竹浪)「実践には去年苦しめられた分、自分たちの力も高めてくれましたし、ここからは実践の分まで戦いたいと思います」(高橋)。きっと全力でぶつかった者だけにわかることがある。彼らにはまた1つ、負けられない理由が増えたのかもしれない。

 竹浪に聞いてみた。「クロスバーに当たったボールが、“去年”と違ってゴールにならなかったのは、なぜだと思いますか?」。一瞬間を置いて、答えが返ってくる。「何か気持ちが表れたというか、神様が見ていたのかなと思います」。実は“去年”の試合直後。実践の深町公一監督も決勝ゴールを決めた武田義臣について、次のように話していた。「神様がいるのかどうか分からないですけど、彼が一番走っている選手だと思うので、その頑張りが最後にご褒美へ繋がったのかなと思います」。

 このレベルになれば、勝敗を分けるディテールは紙一重。最後の最後の局面が、サッカーの“神様”に委ねられている部分もおそらくは小さくない。「実践も『やられたから、またやり返す』みたいな感じで来ると思います」と高橋は次の対戦へ思いを馳せ、宮本も「去年は4回負けているので、今回はその内の1回を返しただけ。まだまだです」とさらなる勝利への意欲を隠さない。実践学園と國學院久我山。両者の2018年が紡ぎ出すストーリーには、まだまだ大きな余白が残されている。

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