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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:WILL(東海大高輪台高・藤井一志)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 にわかには信じられない幕切れに襲われ、仲間がピッチに崩れ落ちる中、試合後の整列まではチームを率いるリーダーとして気丈に振る舞う。だが、改めて最高の応援を届けてくれたスタンドへ向かうと、もう堪えることはできなかった。「ベンチに入れなかった選手たち、保護者、全校生徒、OB、いろいろな人の顔が見えて、期待に応えられなくて申し訳ないなという気持ちが溢れてきて…」。168人の部員を束ねてきた東海大高輪台高のキャプテン。藤井一志の滲んだ視界には、3年間のすべてを捧げた黄色と黒が優しく揺れていた。

 前所属チームが一際目を惹く。ヴィッセル神戸伊丹U-15。アンドレス・イニエスタ、ダビド・ビジャ、ルーカス・ポドルスキ。世界的なクラッキをスカッドに並べる関西の野心的なクラブ。その下部組織で育った藤井が、自らの大事な高校3年間を賭けたのは首都の新興校だった。

「両親が東京出身で、一度ここの練習会に来た時に、練習の雰囲気だったりメニューの楽しさだったり、自分たちで考えてやるサッカーというのが楽しくて、ここで絶対に全国に行こうと思ったんです」。関西の強豪校へ進学する選択肢もあったものの、あえてまったく異なる環境へ身を投じる。東海大高輪台高校。まだ冬の全国出場経験を持たないチームで、新たなチャレンジがスタートした。

 選手権予選でこそ東京制覇に手が届いていないとはいえ、藤井が中学3年生だった2016年には2度目の全国総体出場を果たすなど、都内ではその攻撃的なスタイルと共に、高い評価を得ている黄色と黒の個性派集団。もちろん周囲のレベルも高く、「『高3になってスタメン取れるかな』という想いで入学してきた」藤井だったが、その予想はすぐさま覆される。

 まだ真新しい制服に身を包んでいた4月。関東大会予選準々決勝。右サイドバックのポジションには、12番を背負った1年生が起用されていた。「入学してすぐAチームに入れてもらったんですけど、先輩方が本当に優しくて、すぐチームに馴染めるように優しくしてくれて、本当にこの積み上げてきた“高輪台サッカー部”って素晴らしいんだなっていうのは感じていました」。試合は関東一高に延長で敗れるも、その立ち姿は15歳らしからぬ堂々としたものだった。

 とはいえ、目指す東京の頂点は遠い。1年時の総体予選はまたも準々決勝で関東一高に0-1と惜敗を喫し、選手権予選は初戦で国士舘高にPK負け。また、2年時も総体予選、選手権予選と揃って早期敗退。特に昨年は下級生が多く試合に出場していたにもかかわらず、望んだ結果を手に入れることは叶わず、「お世話になった3年生を大舞台に連れていくことができなくて、『本当に自分が出ていていいのかな』という想いも胸にありましたね」と藤井もその頃を思い出す。

 だからこそ、気付けば最上級生となり、キャプテンに指名された最後の1年間に懸ける想いは並々ならぬものがあったが、新しい年度となって挑んだ関東大会予選でも初戦で敗れた時、大きな焦燥感がチームに芽生える。「自分たちの力を5割も出せずに敗北したという所で、そこから毎試合毎試合自分たちの力を出せるように、練習からしっかりした雰囲気や激しさを常に求めるようになりました」。

 加えて学校生活でも自覚を持って行動することをチームに促す。「時にはサッカー部員が先生や学校に迷惑を掛けることもあって、そのたびにキャプテンとして強く言わなきゃいけないのは結構苦しかったですけど、3年生をはじめとした本当に多くの人と『自分たちはそういう所の本気さが足りないんじゃないか』と話して、そこから学校生活にも本気で取り組むようになったと思います」。

 先輩たちから伝統を受け継いだ高輪台サッカー部が、どれだけ素晴らしいグループかは自分が一番よくわかっている。それを学校の人たちにもしっかり理解してもらいたい。目指すのは“応援されるチーム”。中学生の頃はその名前も知らなかった高校への、そしてサッカー部への愛着は、いつしか藤井の中で何物にも代え難い大きなものとして、自分を奮い立たせる大事な核となっていた。

 5月。3年ぶりの全国を狙う総体予選がやってくる。一次トーナメントのブロック決勝。東京実高を2-1で振り切った試合後に話を聞いた。「キャプテンがしっかりしているチームは強いと思いますし、後悔したくないので、やり切りたいので、学校生活も含めて常にチームの見本となれるように心掛けて過ごしています」「自分は1年の関東予選から試合に出させてもらってきたので、その経験をキャプテンとしてチームに伝えて、良い影響を与えないといけないと思っています」。自らの想いを言い切れる“句点”の力強さに、はっきりとした意志が滲む。

「アイツは勉強もオール5なんですよ」と笑った川島純一監督は、藤井のパーソナリティを高く評価しつつ、懸念も口にする。「人としても素晴らしいし、プレーも素晴らしいし、あの子はタマがちょっと違うと思います。ただ、責任感が強すぎるんですよね。『オレがやらなきゃ』ってなっていっちゃうから。本人も意識しているんですけど」。10番でキャプテンの大黒柱。話して感じた真面目さに、「“心の逃がし所”があるといいなあ」と何となく思ったことを記憶している。

 結局、二次トーナメントは2つ勝ったものの、帝京高と激突した準々決勝で延長戦の末に2-3と競り負け、沖縄行きのチケットは手に入らず。全国へと出場するためのチャンスは残り1つとなった。高校生活の集大成。自分が3年間のすべてを捧げてきた黄色と黒のユニフォームを纏い、最高のステージで学校の名前を日本中に轟かせるためにも、この大会だけは絶対に負ける訳にはいかない。

「自分は凄く背負わなければいけないものがたくさんあるんですけど、それを変に背負うのではなくて、良い意味で期待されている部分を楽しんでいきたいと思いますし、東海大高輪台というチームをもっと盛り上げていけたらなと思います」。監督やコーチといったスタッフ陣。お世話になった先輩たち。最高のチームメイト。応援してくれるクラスメート。気の置けない関西の友人。何より優しく見守り続けてくれた家族。数えきれない感謝を胸に、未来を切り拓くのは自分の意志。高校生活最後の選手権が幕を開ける。

 10月26日。準々決勝。日本学園高とのゲームは1点を争う好勝負となったが、後半24分にカウンターから横山歩夢が決勝ゴールを叩き込み、1-0で勝ち切ってみせる。厳しい戦いを終えたキャプテンには安堵感が漂っていた。「毎試合毎試合引退の懸かっている最後の試合という気持ちで戦っていますし、プランとは少し違う形でしたけど、しっかり自分たちの力を出せたかなと感じています」。

 やはり3年生のこの時期ということもあり、周囲も自然と今まで以上に期待を寄せているようだ。「選手権が始まる前も、たくさんの神戸の友達から『頑張れよ』とか『約束ちゃんと果たせよ』とか声を掛けてもらっていますし、前の試合も神戸から友達が見に来てくれたり、今日も関西から東京に転勤で来ている友達の親が見に来てくれたり、凄く応援されているのは感じていますね」。

 次は学校にとっても特別な一戦となる。「準決勝は全校応援で、経験したことがないので楽しみです。自分としては東海大高輪台という学校が1つになって盛り上がれるものが見つかればと思っているので、サッカーを知らない人でも、自分たちのプレーを見て何か1つでも多く感じ取ってもらえれば、応援しに来ていただく意味があると思いますし、そういう期待に応えられるようなプレーをみんなで見せたいなと思います」。約束の全国までは、あと2つ。

 11月10日。準決勝。西が丘のバックスタンドとゴール裏を黄色と黒が埋め尽くす。試合前からサッカー部員が音頭を取り、全校生徒が大音量の声援をピッチに注ぎ込む。控えめに言っても最高の雰囲気。「自分たちが練習している時に、グラウンドの端でサッカー部のメンバー以外の人たちが応援練習してくれている時があって、頑張ってくれていることはわかっていたので、自分たちは絶対にその期待に応えないといけないと思っていました」と藤井。燃えない理由は見当たらない。

 後半2分。宮田龍芽のロングスローに全速力で10番が突っ込んでくる。「川島先生からも『絶対にオマエが決めるんだぞ』という話があったので、イメージしていた通り」。頭に当てたボールはゴールネットへ吸い込まれた。そのままの勢いでゴール裏を駆け抜け、バックスタンドへ向かって行く藤井へ、この日最大の歓声が全校生徒から送られる。「決めた後は真っ白でしたね。滑ってコケちゃって、ちょっとダサかったんですけど(笑)」。ゴール直後に滑ってコケたのはご愛敬。13分には小林亮翔が追加点をマークし、守っては東京朝鮮高の攻撃をシャットアウト。2-0の快勝を収め、高輪台サッカー部史上初めてのファイナルへと駒を進めることとなった。

「応援団が全校生徒を巻き込んで雰囲気を作ってくれましたし、チームのみんなにも『感謝の気持ちを持ってプレーしよう』と話していたので、自分たちの気持ちも最高潮に持って行って、サッカーを凄く楽しめました」。キャプテンは嬉しそうな笑顔を浮かべる。実はこの日の試合はオンデマンドでの生配信があった。「試合後に携帯を見たら、LINEに『おめでとう』ってメッチャメッセージが来てて(笑)」。

 多くの人に支えられ、今ここにこうして立っている。ようやくその感謝の気持ちを、最高の形で表現することができる。「決勝に進んだことによって、注目度や周りの盛り上がりも変わってくると思うんですけど、自分たちのやることは決して変わらないですし、また1週間しっかり準備をして、次の試合で良い“発表会”ができるように頑張っていきたいと思います」。約束の全国までは、あと1つ。

 それは一瞬の出来事だった。11月16日。決勝。スコアレスで迎えた後半アディショナルタイム。東久留米総合高が獲得したコーナーキックは、おそらくラストプレー。舞い上がった空色の4番が頭で叩いたボールは、ゴールネットを力強く揺らした。すると、歓喜の輪が解ける間もなく、主審はタイムアップのホイッスルを青空へ響かせる。「笛が鳴った瞬間は『え?どうしたんだ?』みたいな。整理できなかったです。訳のわからない状況でしたね。『もう高校サッカー終わりなのか?』って」。藤井とチームメイトたちが宿してきた意志は、ほんのわずか、ほんのわずかの差で、彼らの望む場所には届かなかった。

 にわかには信じられない幕切れに襲われ、仲間がピッチに崩れ落ちる中、試合後の整列まではチームを率いるリーダーとして気丈に振る舞う。だが、改めて最高の応援を届けてくれたスタンドへ向かうと、もう堪えることはできなかった。「ベンチに入れなかった選手たち、保護者、全校生徒、OB、いろいろな人の顔が見えて、期待に応えられなくて申し訳ないなという気持ちが溢れてきて…」。藤井の滲んだ視界には、3年間のすべてを捧げた黄色と黒が優しく揺れていた。

 試合が終わってから30分余りが経った頃。藤井が取材エリアへ姿を現す。瞳は赤く濡れていたものの、思っていたよりもすっきりとした表情が印象的だった。「いつもロッカーとかみんなふざけ合っているんですけど、今日も負けてしばらく時間が経ってから、最後にロッカーを出る前にはいつも通りふざけてて(笑) でも、『もうこんなにふざけるのもなかなかできなくなるよ』みたいな声が聞こえた時は、『ああ、もう終わりなのか』って思いましたね。2年生が主に泣いていて、3年生は『もうやり切ったな』って感じでした」。

 3年間を振り返ると、やはりキャプテンの重責を担った最後の1年が最も印象深いという。「自分のプレーの調子が悪いと、どうしてもうまくチームのことを考えられずに、川島先生にも『オマエのチームじゃないんだ。オマエが一番不甲斐ないぞ』って言われることもあって、メチャメチャ悔しかったし、メチャメチャ苦しかったですけど、そのたびにみんなが支えてくれたから自分がこの舞台に立つことができましたし、最終的にはこんな多くの人に応援されるチームのキャプテンができて幸せだったなという、幸福感が今あります」。

 きっと“心の逃がし所”は常にチームにあった。サッカーがうまく行かなくても、ピッチ以外でチームメイトと過ごすかけがえのない時間が救ってくれた。学校生活がうまく行かなくても、ピッチでチームメイトと過ごすかけがえのない時間が救ってくれた。神戸を後にして、たった1人でこの高校の門を叩き、素晴らしい仲間と出会うことができた。望んだ結果は手に入らなかったかもしれないが、あるいはそれ以上のものをこの3年間で手に入れた。そんな最高の高校生活が他にあるだろうか。

「今、一番幸せなんじゃないかなって。こんな素晴らしいチームメイトにも会えましたし、最後までみんな自分を信じて付いてきてくれましたし、こんな素晴らしいチームでキャプテンをやらせてもらったことをメチャクチャ誇りに思うので、後輩にもこの自分たちの悔しい想いを晴らして欲しいし、ここに今日置いてきた忘れ物を、来年絶対に取りに来てもらいたいと思います」。いつも通りの握手も、いつも通り力強い。またサッカーのある場所で再会する日はそう遠くない気がする。そう思っていると、去り際に藤井がこう言葉を重ねる。

「自主練で誰よりも早く、それこそ1時間前とかに行って、ずっとシュート練習をやっていたんですけど、今日もシュートを5本くらい打って全部枠外だったので、まだまだ足りないなと(笑) そこはまたこの先の自分のサッカー人生に生かしていきたいです。高輪台サッカー部、楽しかったです」。真面目なキャプテンは、最後まで真面目だった。意志の宿る所に希望は灯る。改めて、またサッカーのある場所で再会する日はそう遠くない気がした。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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