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デビュー戦で決勝弾の横浜FM FW富樫「まさかこうなるとは」

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[9.19 J1第2ステージ第11節 横浜FM1-0F東京 日産ス]

 相性の良さを感じていたという。昨年9月14日に行われていたFC東京との練習試合で、横浜F・マリノスのFW富樫敬真はヘディングからゴールを決めていた。このゴールが決勝点となり、チームは勝利していたこともあり「出たらもう一回、同じことが起こるかもと、軽い期待はしていました。でも、まさかこうなるとは」と、笑顔を見せた。

 後半28分、富樫はFW伊藤翔と交代でピッチに送られる。エリク・モンバエルツ監督からは「思いっきりやれ」「常に裏を狙え」と指示を受けて最前線に入った。「それは練習中からずっと言われていたことでもあったので。自分は出たらゴールを狙おうと思っていたので、それだけを考えていました」。8月に特別指定選手として登録され、初めてのJリーグの舞台だったが、与えられた役割が明確だったからこそ、そのプレーには戸惑い、躊躇はなかった。

「後半になってくると、相手も結構、ディフェンスは疲れてきていたと思います。そこにフレッシュな自分が入って、常に裏を狙って、相手のDFを引かせたり、スペースをつくったりできればいいと思って、ひたすら裏を狙っていました」

 その走りが生きたのが、後半43分。左サイドからMF中村俊輔が上げたクロスに対して、CBの間に入り込み、フリーとなっていた富樫がヘッドで合わせた。「一つ前の敵の背後と、後ろの敵の間に立って、あとはゴール前に飛び込めば俊さんから良いボールが来るかなと思っていたので。もうドンピシャだったので、当てるだけっていう感じでした」と、富樫は中村のクロスを絶賛する。そして、初ゴールの感想については「こんなにサポーターの方々に、一緒に喜んでもらう機会は人生の中でもなかったので。今もゴールを決めた瞬間を鮮明に思い出す感じで、フワフワしている感じで、実感があるというよりはうれしい気持ちです」と、初々しかった。

 日本のトップリーグであるJの舞台で結果を出したが、横浜FMジュニアユースからユースに昇格できずに、一度はサッカーを辞めることも考えたという。「もともとユースに上がれないどころか、サッカーを辞めるくらいの勢いでした。結構、サッカーがつまらなくなてしまい、高校では本気でやろうと思っていなかったんです。でも、中3のときにお世話になっていたコーチが、もう一度本気でサッカーをやらせてくれる環境をつくってくれた。それがなければ、こうはなっていなかったので、本当にコーチに感謝の気持ちです」。

 スポーツ推薦ではなく、受験勉強をして高校に行こうとした富樫だが、当時の尾上純一コーチは、強豪校に連絡を取り、枠がないかを聞いて回ったという。その結果、富樫はスポーツ推薦で日本大学高に進めることとなった。

「そこからもう一回、サッカーを本気でやるようになったので感謝の気持ちしか浮かんでこない。マリノスのジュニアユースはレベルが高かった。自分は小学生時代、ずっと身体能力に頼ってプレーして来たけど、中学のときは成長期が遅れて身長も前から3番目くらいになって、うまくいかなくなった。そこからもう一回、サッカーを続けて感謝の気持ちでいっぱいです」

 チームの2試合ぶりの勝利に貢献したニューヒーロー。敬真と書いて、『けいまん』と読む。「両親が新婚旅行でケイマン諸島に行って、本当に綺麗な、素敵な島だったから、そこから名前を取ったと聞きました」。4歳まではニューヨークに在住。しかし、「英語はできないですね。できなくて、大学のとき英語の必修を落としたくらい。親に恥をかかせてしまいました」と、頭を掻く。

 そんな愛くるしいエピソードに溢れる関東学院大在学中の22歳。「もし、もう一回、マリノスで試合に出る機会があったら、やることは変わりません。自分の役目をしっかり果たして、もう一回チームに貢献できるようにしたい。足元はうまいタイプではないので、常に泥臭くゴールを狙う。そこが強みだと思います」と、力強く語った。

(取材・文 河合拓)

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