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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]“伝える”ということ(都立駒場高・山下正人監督)

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東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「オマエ、ちゃんとコイツに伝えたのか?」「ハイ…」「おい、ちゃんと伝わってたか?」「イエ…」「伝わってないじゃないか。伝わってなかったら、それは“伝えた”じゃなくて“言った”だけだ。独り言と同じなんだよ」。確かこんなニュアンスだったと思う。試合後の青空ミーティング。それも負けた試合ではなく、勝った試合の。言葉の主は山下正人監督。その周りを囲んでいたのは都立駒場高の選手たちである。

 都立勢の中でも屈指の強豪として知られる都立駒場。そのチームを率いている山下監督は、第86回高校選手権で初出場の都立三鷹高を全国ベスト8まで躍進させた経験を持つ。さらに2009年からは自らの母校でもある都立駒場へ赴任すると、翌年にはインターハイ、選手権共に全国大会へ導くなど、都内でも有数の指導者として知られているが、とにかく個性的で魅力的な監督だ。

 トレードマークは蓄えた口ひげ。試合直前までOBとの“おしゃべり”に興じていることもある。ただ、試合になれば話は別。ベンチから的確な指示を送り続け、的確な采配を振るい続ける。そして、試合が終われば喫煙所に直行することも。タバコを燻らせている内に、またキックオフ前まで見せていた柔和な笑顔に戻っている。当然そんな山下監督を慕う卒業生も少なくない。試合の前後にはいつも誰かに囲まれている印象もある。

 冒頭のシーンは関東大会予選初戦の試合後。新チームになって初めての公式戦は、都立豊島高相手に先制を許す苦しい展開。終了間際の後半37分に2年生ストライカーの奥谷友哉が豪快なヘディングを叩き込んで同点に追い付くと、その2分後には自らの突破で獲得したPKを奥谷が沈め、劇的な逆転勝利を収めたものの、特に前半の出来に指揮官は納得が行っていなかった。

「前半の最初は『大きく蹴ってわかりやすくやりなさい』って言って、何本かチャンスになってるじゃない。あの時に中も見ずに、勝負もせずにクロスばっかり上げてみんな跳ね返されてたでしょ。あそこで一工夫ないとダメだよね」。ベンチから近くの選手に「『フォワードに仕掛けろ』と伝えろ」と指示を出す山下監督の姿があったが、なかなかそのメッセージが正確に伝わらない。業を煮やしたかのように前半の内に2トップの一角を交替させたが、チャンスを創り切れずにスコアレスでハーフタイムを迎えてしまう。

 ところが、後半は明らかに駒場の仕掛けに変化があった。鋭い突破を試みた選手がエリア内で倒され、ホイッスルは鳴らずに山下監督も「PKでしょ」とベンチから呟いたシーンがあったが、「ああいうプレーを最初からやれば良かったのよ。後半のサイドはとにかく持って中へガツガツ行かせていたでしょ。ああいうのを覚えないとダメだよね」とその山下監督。そして前述した通り、同点に追い付いた後にサイドからのドリブルでPKを獲得したのは「監督に『ペナルティエリアに入ったらもう仕掛けて、PKを取るくらいの気持ちで行け』と言われていました」というフォワードの奥谷。「あの時間帯はPKをもらえる時間帯だからね」としてやったりの表情を浮かべた指揮官の“伝えた”ことが、結果的に逆転勝利を呼び込んだ。

「ヤツらはモノを考えないんだよ。教えてもらえるものだと思っているから。20分くらい説教だよ」と笑いながら選手の元へ向かった山下監督。“青空ミーティング”という名の説教はほぼ予告通り、20分を少し超えるぐらいの時間に渡って行われていた。その中で聞こえてきたのが、“伝えた”と“言った”の違いについてである。少し遠くから聞いていたために、その話がフォワードの仕掛ける姿勢についてのものだったかどうかは定かではないが、「これは自分にも当てはまるな」と改めて考えさせられたし、おそらくは皆さんにも思い当たるフシがあるのではないだろうか。山下監督がサッカーについて語る言葉は、自らの日常に置き換えても参考にすべきメッセージがちりばめられている。

 関東予選の3日後。都立駒場はリーグ開幕戦に2-4で敗れている。その試合の4日後。都立駒場は関東大会予選2回戦でPK戦の末に強豪の帝京高を下して、ベスト8の椅子を勝ち取っている。果たしてこの2つの試合の間に、指揮官はどういうメッセージを選手へ伝え、選手はそのメッセージをどう捉えて勝利を引き寄せたのだろうか。今シーズンも都立駒場がどういうチームに変化していくのかは、山下監督の発する言葉と共に注意深く見守っていく必要がありそうだ。

(※写真は14年)

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」



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