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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:39番を背負う意味(岡山・篠原弘次郎)

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ファジアーノ岡山の勝利に貢献した篠原弘次郎。決勝では“古巣”C大阪とJ1昇格を懸けて戦う(写真はJ2第11節より)。

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 後半も既にアディショナルタイムに差し掛かった45+2分、赤嶺真吾の劇的な勝ち越し弾が松本山雅FCゴールに吸い込まれる。「もう『マジか?』みたいな。『勝っちゃうぞ、コレ』みたいな感じでしたね」とその瞬間を振り返る39番は、最後の最後まで体を張り続け、ファジアーノ岡山の決勝進出を告げるホイッスルをピッチ上で耳にした。自らの左隣でチームを統率するキャプテンの岩政大樹より4つも大きな数字を背負い、チームの勝利に貢献した篠原弘次郎の背番号には、ある“恩師”への想いが込められている。

 年代別代表の経歴を引っ提げ、東福岡高から10年に岡山へと加入した篠原。最初の1年半は当時中国リーグに所属していたネクストチームで実戦経験を積む日が続く。1年目は44番、2年目は40番、3年目は22番、4年目は15番と背番号はどんどん若くなっていったものの、ケガに悩まされることも多く、なかなかトップチームでの出場機会を掴み切れない。そんな彼に14年、ロアッソ熊本から期限付き移籍のオファーが届く。現状を打破するべく、1年間の武者修行を決断した篠原は、開幕当初こそスタメン起用が続いたが、完全にレギュラーを確保するまでには至らず、ベンチから試合を見つめる機会も増えていく。すると「試合に絡めなくて、どうしたらいいかわからなかった」タイミングのある日の紅白戦で、本職ではないSBに回された時、彼の中で何かが切れてしまった。自らの殻に閉じこもるかのようにピッチの周りを1人で走り始めると、「ちょっとランニングしよう」と声を掛けられる。言葉の主は当時熊本のコーチを務めていた北嶋秀朗。2人だけのランニングが始まった。

 北嶋には篠原の気持ちが良くわかっていた。自分も同じような境遇に置かれたことがあり、同じような行動を執っていた経験があったからだ。「自分がうまく行かない時には、『オレだってこんなに頑張っているのに』って、1人で走ってアピールしたりするんだよ。オレもそうだった。でも、実際はそんなの誰も見てないから。練習の中で自分をアピールするしかないんだよ。そういう所が甘いんだ」。試合に出られない悔しさと、自分のプレーを出し切れないもどかしさと、色々な感情が入り混じっていた中で、あまりにも核心を突かれた北嶋の言葉に「悔しさというか本当に情けない気持ちで涙が出てきた」という。本人曰く「ガチ泣きした本当に忘れられない思い出」。厳しい言葉を掛けつつも、これからどうして行くべきかなど、本当に親身になって話をしてくれた北嶋の想いが嬉しかった。「これはマジでイカン」と感じた篠原にスイッチが入る。結果的に14年シーズンはキャリアハイの27試合に出場。一定の手応えと確かな意識の変化を携えて、熊本での1年を戦い終えた篠原は古巣へと復帰することになった。

 15年シーズンの始動前。篠原はあるリクエストを強化部に伝える。「僕に39番を付けさせてください」。岡山のトップチーム所属選手としては最も大きな背番号の39。この番号は北嶋が熊本で1年半に渡って背中に纏っていた番号でもある。「キタジさんは本当に自分にとっては大事な人なので、その人が付けていた番号で頑張りたいと素直に思った」篠原の希望は叶い、その事実と決意を“恩師”に直接伝える。「キタジさんも凄く喜んでくれたんですよ」と笑顔でその時を思い出す篠原。何かを背負う覚悟を持った男は強い。相次ぐケガで序盤戦は棒に振ったものの、後半戦からは定位置を確保して存在感を発揮すると、昨年12月の入籍を経て迎えた今シーズンも、ケガと出場停止以外ではほとんどのゲームでスタメンを任され、昇格プレーオフ進出に大きく貢献。「どんな状況になっても『自分の目標を見失っちゃいけない』と思えるようになった」39番は、クラブと自らの目標を手繰り寄せるべく、アルウィンのピッチへ向かう。

 序盤から押し込まれる展開が続く状況にも、「『しゃあないな』ぐらいに僕は割り切ってやっていた」という篠原。前半16分には工藤浩平の際どいクロスも冷静にバックヘッドでクリアする。前半の内に先制点こそ奪ったが、「『いつやられるか』という感じで守っていた」という後半に追い付かれると、スコアは1-1のままで時計の針だけが着実に進んでいく。そして、もう岩政も最前線に上げ、攻めるしかない後半アディショナルタイム。GKの中林洋次が1秒を惜しむかのようにスローインを投げ入れ、篠原が長いボールを放り込んだ一連から、赤嶺の決勝点が生まれる。「みんな気持ちが入っていたので、本当に良かったですし、“ファジスピリッツ”じゃないですけど、諦めずにやってこられて良かったと思います」と勝利の喜びを噛み締めた篠原。その雨と汗に濡れた背中には、もちろんピッチに立っている選手の中で最も大きな“39”という数字が輝いていた。

 決勝の相手はC大阪に決まった。実は「次はセレッソなのでムチャクチャ楽しみ」という篠原は、ジュニアユースとユースの計4年間をC大阪で過ごしている。「山口蛍、(杉本)健勇、丸橋(祐介)とあのあたりはずっと一緒にやっていました。彼らも良い選手ですけど絶対に負けたくないので、『なめるなよ』というぐらいの気持ちでやってやりたいですね」と意気込む篠原にとって、桜色のユニフォームに身を包んでいた時とは比べ物にならないぐらい、背負うものが大きくなっていることは間違いないが、それを背負えるだけの日々を過ごしてきたこともまた確かだ。「泣いても笑っても今シーズンはあと1試合ですから。相手もセレッソですし、今持っているものすべてを出してどうなるかという話なので、それを全部出して、なおかつ勝利できれば僕のサッカー人生でも本当に大きな1日になると思います。これからの自分も変わっていくと思うので、それに期待して頑張りたいです」。12月4日。キンチョウスタジアム。篠原とファジアーノ岡山の“これから”を左右する90分間は、すぐそこまで迫っている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


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