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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:幸せな時間(東京朝鮮高)

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選手権東京都Aブロック予選準決勝、関東一高東京朝鮮高戦は後半37分にチョン・ユギョンが同点ゴール

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 西が丘の青空にタイムアップの笛の音が吸い込まれる。勝った黄色の選手たちは安堵の表情を浮かべ、一様に天を仰ぎ、負けた赤の選手たちは膝から崩れ、ピッチに倒れ込む。目の前の100分間をすぐには消化できなかったスタンドから、一呼吸あって大きな拍手が両チームに注がれたが、多くのそれはより敗者の健闘に向けられていたのではないだろうか。「いろいろ学ばせていただきましたし、本当に幸せな時間を過ごさせてもらいました」。赤の選手たちを率いてきた指揮官は、ところどころ涙で言葉を詰まらせながら、こう言い切った。彼らが積み重ねてきた“幸せな時間”の結晶はこの日、多くの見る者の心を揺さぶり、多くの見る者の心に刻まれた

 11月4日。高校選手権東京A準決勝。舞台は東京の高校でサッカーをする者なら誰もが憧れる西が丘。一昨年と昨年に続き、3年連続で東京朝鮮高はその聖地へ駒を進めてきた。相手は前回王者であり、全国総体ベスト8の関東一高。「しっかり守って、最後の20分で1点取って勝つというのが一番のプラン」という姜宗鎭監督の目論見は、しかし前半で脆くも崩れ去る。プ・チウの決定的なヘディングが、相手のGKに弾き出された直後に先制点を許すと、カウンターから2点目を献上。CKから再びプ・チウに訪れたビッグチャンスは、またも相手GKが驚異的なファインセーブ。0-2のビハインドで最初の40分間は終了した。

 ハーフタイムのロッカー。「ボールホルダーに対して全然厳しく行けていなかったのと、ちょっと腰が引けていたので、そこの所を強調しました」と姜監督。手応え自体は悪くない。「前半もチャンスが何個かあったし、自分たちのサッカーはできるし、勝てる試合だと思ったから、『諦めずに前へ、前へ行こう』という話になっていた」とキャプテンのハン・ヨンギ。「3年連続で西が丘に来ているのに、ずっとここで敗れていたので、絶対に借りを返さないといけない。先輩たちのためにも、みんなのためにも頑張ってやろう」と後半のピッチへ走り出す。

 そもそも今年の3年生たちは、順風満帆に事が進んできた学年ではない。「高校に入った時から弱小の代と言われていて、練習試合でもあまり勝てなかったんです」とリ・ヒョンジェが明かすと、キャプテンのハン・ヨンギもこう引き取る。「僕たちの学年は弱いと言われ続けてきたんですけど、そう言われるたびに『見せてやる』というか、『超えてやる』という想いがみんなあったと思います」。タレントが揃っていたと言われる昨年のチームと比べられ、いろいろと周囲の声も聞こえてくる中で、彼らが考えたのは「みんなで団結してやったら絶対に良いチームになれるんじゃないか」ということ。“団結力”“気持ち”“雰囲気”。この3つを今年のチームのトレードマークにしようと決意した。

 ベスト4まで進出した関東大会予選を受け、明確に全国を目指して臨んだ総体予選はPK戦の末、初戦で早大学院高に敗退を突き付けられたが、立ち止まっている時間はない。T1リーグで実戦経験を積み、一歩ずつ、一歩ずつ、チームを創り上げてきた。選手権予選も苦戦の連続。1回戦は2-1で辛勝し、2回戦と準々決勝は共にPK戦を粘り強く制して、西が丘まで到達する。「能力的には去年の方が高かったですし、そういう意味ではキャプテンを中心に3年生が自分たちの状況を把握して、マジメにトレーニングや学校生活に取り組んできた結果だと思います」と姜監督。苦労して、苦労して、ようやく見えてきた全国への扉。それを簡単に閉ざしてしまうことは、何より自分たちが許さない。

 後半20分。反撃ののろしが上がる。左サイドでボールを持ったハン・ヨンギのクロスに、大外から突っ込んできたチョン・ユギョンは体を投げ出してダイビングヘッドを敢行。ボールはゴールネットへ突き刺さる。2-1。にわかに活気付く東京朝鮮の応援スタンド。ただ、関東一もその5分後には強烈なミドルで、再び2点差に突き放す。粛々と進んでいく時計の針。少しずつ消えていく残された時間。

 ベンチが動く。後半28分にカン・アスン、後半31分にはパク・リョンイとユン・チスを同時投入。「チーム立ち上げから『11人だけでは戦えない』ということで、しっかりやらせてきたつもり」という姜監督は「迷わず、信じて」次々にカードを切っていく。すると後半34分。投入されたばかりのカン・アスンが、右サイドから丁寧にクロスを上げる。前線に上がっていたチョン・ユギョンのヘディングが、ゴール左スミへ綺麗に吸い込まれた。3-2。1点差。明らかにスタジアムの“雰囲気”が変化していく。

 今予選の東京朝鮮は、途中出場した選手の活躍がチームをベスト4まで引き上げてきた。2回戦の早稲田実高戦。至る所に水たまりができるピッチコンディションの中、1点のビハインドで迎えた試合終了間際の後半37分。残り10分で投入されたシン・ジュンボムが鮮やかな左足ミドルを叩き込む。聞けば彼にとっては、これがAチームでの公式戦初ゴール。「試合に出て活躍するのが僕の目標だったので、メンバー止まりではダメだと思って、ちょっとでも試合に出られるように、練習や試合を見て『頑張ろう』と思っていました」という3年生の一発で追い付いたチームは、PK戦で激闘をモノにする。その試合後。ハン・ヨンギが殊勲の同点弾を決めた同級生に対し、「神様に見えましたね(笑) 本当に凄かったです」と称えた笑顔が印象深い。

 準々決勝の東久留米総合高戦。2回戦同様に大雨の中で行われたゲームも、PK戦までもつれ込むことになるが、この一戦で活躍したのは延長後半終了間際に“PKキーパー”として送り出されたカン・ブラマ。「練習の時から確率的に止めている」と指揮官も評価する2年生GKは、相手のキックを2本ストップ。見事なパフォーマンスで準決勝への切符を手繰り寄せる。「上のことは言わずに、もう目の前の試合だけで来た」と姜監督。“団結力”“気持ち”“雰囲気”をチーム全員で意識してきたから、きっとこの舞台まで辿り着いた。

 後半37分。プ・チウがラインの裏へボールを蹴り込む。懸命に伸ばしたチョン・ユギョンの右足から放たれたループシュートは、ゆっくりと、ゆっくりとゴールネットへ吸い込まれていく。「普通だったらそのまま3-1で終わっている」(姜監督)試合は、3分間で3-3へスコアを変えた。西が丘、沸騰。赤で染まったスタンドが揺れる。「学校も凄くバックアップの態勢を整えてくれて、一体感を持ってやっていただいたことで、ああいう応援が彼らをもっと上へ突き動かしてくれたんじゃないかなと思います」(姜監督)「応援は全校生徒が来てくれて、追い付けたのは“気持ち”の部分だと思います」(ハン・ヨンギ)。応援席も含めた“団結力”で、スタジアムの“雰囲気”を完全に支配してしまった東京朝鮮。80分間が終わり、勝敗の行方は延長戦へと委ねられる。

 延長前半3分。関東一が記録したゴールは、そのまま決勝点となり、東京朝鮮の全国を目指す冒険は終焉を迎えた。スタジアム中が、目の前で繰り広げられた壮絶なゲームを少しずつ受け入れ、大きな大きな拍手がスタンドに広がっていく。溢れる涙をこらえ切れない選手たちに続いて、一番最後にピッチから戻ってきた姜監督に通路で声を掛ける。選手と一緒にロッカーへ入るか否か、一瞬逡巡したように見えた指揮官は、チームのスタッフに「アイツら、思い切り泣かせておいてください」と告げ、先に取材エリアへ入ってきてくれた。

 試合を振り返っていく中で、時折笑顔も覗かせていた姜監督だったが、同点に追い付いたシーンのことに話題が移ると、少し話のペースが落ちる。ふと4月に彼から聞いた話を思い出す。「今シーズンに臨むに当たって全員でミーティングを開いて、『試合に出る選手だけじゃなくて全員で戦おう』と。それで気持ちを1つにして臨むという所からやって、まだまだ足りない所もあるんですけど、応援してくれている子たちも含めて、1つになっていっている過程なんです」。その時はまだ過程の中にあった彼らはこの100分間、間違いなく全員で、気持ちを1つにして戦っていたように思う。「選手を5人替えられたのは、信頼して出せたのは… この子たちが… すみません… 成長したんじゃないかなと思います…」。言葉が続かない。いつもハキハキと、溌溂と話してくれる姜監督は、高ぶる感情を抑え切れず、そっと目尻を拭った。

 監督就任は今年のこと。今の3年生は入学した時から“姜コーチ”の指導を受けてきた。ハン・ヨンギはある日のことが強く記憶に残っている。「高1の時のイギョラ杯で西が丘を使っていて、僕らは運営やボール拾いをやっていたんですけど、試合が終わって最後にここを片付ける時に、姜先生が『この西が丘にまた来て、勝とう』と言ったんです」。約束の地にみんなで帰ってきて、こんな試合を繰り広げるとは、その時の誰が予想し得ただろうか。

「生徒たちも僕が監督になって半信半疑だったと思うんですけどね」という指揮官の予想は、キャプテンの一言があっさり覆す。「僕たちは1年生の頃から、監督に3年間ずっと付いてきてもらっていたので、監督を全国に連れて行きたかったし、監督になって1年目だったからこそ、良い結果も残したかったんですけど、ここで負けちゃって本当に悔しいです」。“半疑”の人に対してここまでの想いは出てこない。「姜先生と僕たち高3の中での“団結力”というか、絆も深まったと思います。3年間楽しかったです」。ハン・ヨンギはそう言って、少し微笑んだ。

 姜監督への取材も終わりが近付いてくる。「いろいろ学ばせていただきましたし、本当に幸せな時間を過ごさせてもらいました。今日も本当になんかワクワクして、こんなに良い天気で、関東第一というチャンピオンとやれるということで、体力的な所で少し不安な所はあったんですけど、もう関東第一には是非全国優勝までしていただきたいですし、『東京のチームに頑張ってもらいたいな』と今、僕は本当にそう思います」。実直な人柄が口調に滲む。「ありがとうございました。お疲れさまでした」。“取材”という空間が終わると、小さく息を吐いた姜監督は100分間について「もう、ちょっとあんまり途中から覚えてないです。『何が起こっているんだろう?』って(笑)」と正直に明かし、こちらを笑わせてくれた。やはりこの人には元気な笑顔がよく似合う。

 “幸せな時間”の定義は人それぞれだ。いつ感じるか、あるいはどう感じるかによって、その定義も変わっていくはずで、分母が増えれば増えるほど、同じ想いを共有することは難しくなっていくのだろう。それでも、東京朝鮮の3年生にとっての“幸せな時間”と、姜監督にとっての“幸せな時間”は、きっと過不足なく合致している。西が丘の100分間。新チームになってからの1年間。そして、高校に入学してからの3年間。彼らが積み重ねてきた“幸せな時間”の結晶はこの日、多くの見る者の心を揺さぶり、多くの見る者の心に刻まれた。


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