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「スポーツライター平野貴也の『千字一景』」第77回:不測(学法石川)

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後半終了間際、学法石川高は2人が足を攣らせる「不測」の事態に

“ホットな”「サッカー人」をクローズアップ。写真1枚と1000字のストーリーで紹介するコラム、「千字一景」

「選手権」は、何が起こるか分からない。声援に乗せられた思い切りの良いプレーが相手の想像を上回る、経験したことのない緊張感がプレーを狂わせる。

 第97回全国高校サッカー選手権大会、福島県予選の準決勝。勝った学法石川高の稲田正信監督は「うちの選手が、あんなに足を攣ることは、なかった」と驚いていた。後半の終了間際、選手がバタバタと倒れた。何もかもが普段以上。高まり切った緊張感の中で思うように動かない体を強引に動かすから、ワンプレーに力が入り過ぎ、身体が悲鳴を挙げる。

 リズムを狂わされるのは、選手だけではない。1-0でリードしていた学法石川は、後半終了間際にベンチ前で2人の選手が同時に座り込んだ。1人は立ち上がったが、序盤から攻撃をけん引し続けた右MF廣澤聖大(3年)は、タッチラインの外で回復の手当てを受けていた。結果的に、この数的不利は大きく響いた。時間に迫られ、なりふり構わぬ猛攻を仕掛けた帝京安積は、廣澤が抜けたサイドから侵攻。左DFのアーリークロスから同点弾を突き刺した。

 ベンチワークのミスだった。ただ、結果が出てから言うのは簡単だが、興奮状態で冷静な判断を下すことは難しい。稲田監督は「難しかったですね。あれは(プレーを)切ったら良かった。1人いない状況なので、8人でブロックを作って(1人だけ攻め残りの形にする)とか対応方法はありますけど、あそこで選手が解決するというのは難しいですよね。頭も疲れている状態ですし……」と顔をしかめた。

 精神的なリーダーである廣澤をピッチに残しておきたい気持ちが上回り、逃げ切るための最善策を打てなかった。ほんの一瞬、判断が遅れただけで、同点弾を決められ、苦しい試合になった。そして延長戦、学法石川は後半から出場して先制点を決めるなど相手の脅威となっていたFW清水大成(2年)を交代させて、攻め手を欠いた。清水が足のけいれんに見舞われた瞬間、悪夢が蘇ったのだ。稲田監督は「廣澤の件があったから、早く(交代)しないと、と思った。10人の時間を少しでも短くしようと。でも、逆でしたね。清水の方は、廣澤ほど(のダメージ)ではなく、もう少し(回復を)待った方が良かった。もう1つ、2つ、チャンスを作ったかもしれない」と悔やんでいた。

 結果、1-1で突入したPK戦で勝利を拾ったが、選手権の怖さを思い知らされる試合だった。選手権は、不測の場。そこで発揮できる「普段」の力が問われている。

■執筆者紹介:
平野貴也
「1979年生まれ。東京都出身。専修大卒業後、スポーツナビで編集記者。当初は1か月のアルバイト契約だったが、最終的には社員となり計6年半居座った。2008年に独立し、フリーライターとして育成年代のサッカーを中心に取材。ゲキサカでは、2012年から全国自衛隊サッカーのレポートも始めた。「熱い試合」以外は興味なし」

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