beacon

“やり抜いた”最後の40分間…4強敗退の富山工・長谷川監督が涙の引退「幸せ者だなと」

このエントリーをはてなブックマークに追加

試合終了後、写真撮影を行った富山工高の長谷川一監督(前列右)ら

[11.3 高校選手権富山県準決勝 富山工高0-3高岡一高 小矢部市陸上競技場]

 前半の3失点が響いて準決勝敗退。全国出場の夢が断たれた富山工高だったが、試合終了後の選手たちの表情は一様に晴れやかだった。そんな姿を眺めていた長谷川一監督はなおさら胸がいっぱいになっていた様子。「オレらのスタイルをやり抜いた、って満足感を感じたね」。現在59歳の指揮官にとって、この日は長い監督生活の最後の日だった。

「12月で僕も60歳になるんでね、この3月をもって終わりなんですよ」。定年退職を年度末に控え、今季限りで指導者キャリアを終える決断をしたという長谷川監督。「次を担う指導者が出てきてくれているので、何も不安もない。頼むぞという感じ。いままで本当に感謝しています」。最後に心血を注ぐ大会は、もちろん高校サッカー最大の舞台、冬の選手権だ。

 1回戦、2回戦、3回戦をいずれも4得点以上で勝ち上がり、爆発的な得点力を見せつけてきた今季の富山工。準々決勝でも龍谷富山高を2-1で撃破し、勢いに乗った状態で準決勝に臨んだ。対戦相手は悲願の初優勝を狙う高岡一高。実力的にはそう大差はない相手のはずだ。ところが、開始直後からセットプレーによる失点が重なり、想像以上に苦しい展開を強いられた。

「立ち上がりすぐのところは緊張しちゃったかね。もともとセットプレーは苦手なチームで、前から失点は多いんだけども。だいたい10分とか15分くらい無失点でいけていたら、尻上がりでペースを掴めるようになって、もし1点ビハインドでハーフタイムに入っても、そこから持っていける力はある子たちだから」。

 そんな思いとは裏腹にすぐさま3点差とされると、アディショナルタイムのビッグチャンスは左ポストに直撃。0-3というスコアでハーフタイムを迎えた。とはいえ、泣いても笑っても残された時間は40分間。「気持ちをリセットしてまず1点取ろう。前向きに」。指揮官はそんな言葉をかけ、選手たちを後半のピッチに送り出した。

 すると、ここから「良い40分間」(長谷川監督)が始まる。後方から追い越す動きで数的優位を作る狙いがハマり、サイドで押し込む場面を多く作ると、前半の停滞感が嘘だったかのような猛攻を開始。相手のカウンターを受けるような場面もあったが、「1点を取って守るより、さらに1点を取るための波状攻撃を狙っていく」というチームのスタイルを自由に体現した。

 なかでも指揮官が感銘を受けたのは「前半を忘れていたこと」だ。「良かったのは、前半の0-3ってスコアを忘れていたことなんじゃないかな。ゲームに没頭してね。自分たちが『行け!!』っていうのに応えてくれて、それを実現する40分だった。ビハインドだからエネルギッシュになれないんじゃなくて、自分たちがやりたいことをやってくれた。ありがたいよね」。

 準決勝の舞台ともなればリスクを負っても加点するのは容易でなく、なかなかゴールを割れないまま時間が過ぎていく。しかし、選手たちに焦る様子はなく、いま繰り出すことのできる攻撃を次々に遂行。「生徒と一緒に『俺も行くぞ!』ってなってね。生徒たちも楽しかったんじゃないかな。やり切れている自分に手応えを感じちゃったりしてね」。

 そんな心持ちが80分間を終えた選手たちの表情に表れていたのだという。「終わった瞬間はどっちが勝ったチームなんだ、お前ら負けたんだぞって思ったりもしたんだけどね。でも、それもそうなんだけど、彼らといい経験したなって。勝敗も大事なんだけど、最後にこういう形で終われたのはね、彼らが指導者になった時に忘れないでもらいたいです」。

 指揮官は試合後、応援団と保護者との写真撮影を行い、笑顔で終えるつもりだったという。だが、そこではハプニング。「『何か一言を』って言うから、『おい、泣くからやめろ』って思ったんだけど、詰まって何も言えなかったら『それじゃ胴上げだ』って言い始めてね」。溜まった涙も乾かぬうちに59歳11か月の身体は愛する生徒たちの手で宙に舞った。「ありがたいね。幸せ者だなと思いました」。

(取材・文 竹内達也)
●【特設】高校選手権2018

TOP