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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:光の射す方へ(関東一高・佐藤誠也)

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関東一高MF佐藤誠也は関東大会予選・成立学園高戦の延長後半ATに直接FKで“サヨナラゴール”

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 暗闇の中を彷徨っているかのように思えた時間は、あるいは自ら目を閉じていただけなのかもしれない。確かに差し込みつつある光を、もっとハッキリと、もっとしっかりと手繰り寄せたい感覚もある。「輝けない時期がずっとあって、徐々にポジションも奪われて、『このまま落ちてっちゃうのかな』って焦りはあったんですけど、『自分が最後はやってやるんだ』みたいな気持ちは常に持っていたので、これからのし上がっていこうと思っています」。佐藤誠也が再び瞼の裏側に感じた光の射す方には、きっとさらなる新しい自分が待っている。

 3月12日。T1(東京都1部)リーグ開幕戦。関東一高にとって年が明けて最初の公式戦は、開始早々から駒澤大高の圧力に押し込まれ続ける展開に。10番を背負い、右サイドバックを任された佐藤誠也も、前半で負傷した影響もあってか精彩を欠く。後半も流れを変えることができず、シュートすらほとんど打てないままに、2点を奪われての完敗。佐藤も後半30分には交替を命じられ、虚ろな表情でピッチを後にする。

 小野貴裕監督も「今日は右が完全に機能不全でした。もう佐藤がゲームを壊しちゃったので」と手厳しい評価。そのことは本人が一番よくわかっていた。あんなに楽しかったはずのサッカーも、なかなか楽しむことができない。「どうしてこうなった?」「いつからこうなった?」。まるで迷路に迷い込んだような日々の中で、佐藤はもがいていた。

 その登場はセンセーショナルだった。都内屈指の強豪校という立ち位置を確立した関東一において、1年生ながら夏前から少しずつ出場機会を伸ばしていくと、一躍脚光を浴びたのは宮城での全国総体。17人のメンバーに入ったルーキーを、指揮官は4強を懸けた準々決勝の市立船橋高戦でスタメンに指名。試合は1-2で敗れたものの、強烈なミドルでチーム唯一のゴールを叩き出した佐藤の名前は、多くの人の知られる所となっていく。

 以降も2年連続となる東京の選手権予選制覇をチームと共に勝ち獲ると、駒沢陸上競技場で行われた開幕戦でも途中出場でピッチに解き放たれ、冬の全国の舞台も経験。既にセットプレーのキッカーも任されるなど、首脳陣からの信頼も自身のパフォーマンスも申し分なく、2年生となる翌年度は主力を担うものだと周囲は疑っていなかったように記憶している。

 ただ、1年目でのブレイクは本人が思い描いていた未来予想図と少し違っていた。「自分は『3年生で活躍するぞ』みたいな気持ちで高校に入ってきたんですけど、1年目からインターハイでちょっと活躍したりして、それは予想外でした」。周囲からの期待値と、自己評価のギャップに薄々は気付いていたが、前者に応えたい気持ちが後者の感覚を少しだけ上回っていく。

 すると、「『春にはT1で定位置を確保しよう』と、『絶対欠かせない選手になろう』と思って」2年生に進級したものの、どちらの決意も実現には至らない。主戦場はBチームが戦うT3リーグ。総体予選も大半の試合をベンチで過ごし、チームメイトが全国への切符を手にする姿をピッチの外から見守った。さらに、1年前に輝いた夏の晴れ舞台で復活する姿を思い描いていたものの、全国を目前にした合宿でBチーム行きを命じられ、メンバー落ちを突き付けられる。

「1年の時は迷いなくできていたんですけど、2年になって自分のプレーに『これでいいのかな』って感じが出てきて、決断も遅くなって、パスカットされるようなことも多かったと思います」。何度か浮上するキッカケを掴み掛けては、また掴み損ねることの繰り返し。右サイドバックで起用された選手権予選の初戦では、東京実高相手に劣勢の展開を強いられ、決着はPK戦へ。佐藤は3人目のキッカーとしてきっちり成功させたが、3人が失敗した関東一はまさかの初戦敗退を喫し、3年連続での全国出場は露と消えた。

 佐藤はその頃を少し苦々しく振り返る。「1年目からたくさん試合に絡ませてもらっていましたけど、先輩に頼りっぱなしだったんですよね。だから、あの人たちが卒業した時に、自分が1人でやれることが何もなくて、チームを統率するとか、強気で前に出て行くとかもできていなかったなと」。個人としてもグループとしても、明確な打開策を見つけ切れないままに年は明け、最後の1年が否応なくスタートする。

 新チームでのポジションもサイドバック。「去年の選手権からサイドバックをやることが多かったので、『これからサイドバックでやっていこう』と思って、マンチェスター・シティとか見ながらサイドバックのことを勉強していたら、冬はセンターバックになったりしたんですけど、自分はそんなに身体能力も高くないし、足も速くないので裏を取られまくったりして、そこも悩んでいました」。トレーニングマッチやフェスティバルでも厳しい試合が続く。そんな状況で挑んだ前述のT1リーグ開幕戦も、結果は言い訳のしようがない完敗。「どうしてこうなった?」「いつからこうなった?」。まるで迷路に迷い込んだような日々の中で、佐藤はもがいていた。

 4月2日。開幕2連敗となった関東一は、連勝スタートを切った実践学園高とリーグ戦で対峙する。言わば“背水の陣”の一戦。「今日は『この試合で勝って、自信を持って関東大会予選に進めるように』と、『チームとしてテンションや熱量を高めに試合へ臨もう』という試合でした」と説明した佐藤の背番号は、自ら志願して付けていた10番ではなく、8番に変わっていた。加えてポジションも右サイドバックではなく、3枚で組んだ中盤のアンカーに。小さくない変化と共に勝負の90分間が幕を開ける。

 序盤から実践学園の勢いが鋭い。早々に得たPKこそクロスバーにぶつけたが、それからもチャンスを連続して創ると、33分に得たこの日2本目のPKはきっちり成功。ビハインドを追い掛けることとなった関東一も、攻撃のリズムは少しずつ出てきたものの、決定機は生み出せない。そして、スコアは変わらずに迎えた後半24分。突如として8番が覚醒する。

 自陣でボールを受けた佐藤は「最初はそのまま左に流れて、ずっと縦に行こうかなと思ったんですけど」、周囲の状況を見て巧みにコースを変えながらグングン前へ。50メートル近くを単騎で運び、最後は少し右へ流れながら対角へ打ち込んだシュートが、そのまま鮮やかにゴールネットを揺らしてみせる。「勇気を持ってシュートまで行けましたし、最後は気持ちでねじ込みました」と笑った一撃は、スタンドも声を失う驚愕のゴラッソ。この1点がチームのテンションにさらなるパワーを注ぎ込んだ。

 終了間際の43分。2年生の宇山輝からリターンを受け、同じく2年生の平田晟也が思い切り良く叩いたシュートはゴール右スミに転がり込む。狂喜する関東一のイレブンとベンチ。「最高だったんじゃないですかね。一番ベストな勝ち方だった気もします」と小野監督も口にする劇的な逆転勝利。苦しんで、苦しんで、ようやく勝ち点3を獲得したキッカケが、佐藤の同点弾だったことは疑いようがなかった。

「メッチャ良かったです。全体が見えるし、攻撃にも守備にも関われるので、やっぱり“真ん中”は楽しいです」。久々に中盤を任されたことについて語る8番も、心なしか表情が柔らかい。それでも会話を重ねる内に、自らの苦悩についても言及していく。「新チームが始まって、自分のパフォーマンスも上がらないし、チームもなかなか波に乗れなくて、サイドバックをやったり、センターバックもやって、番号も変わって、自分の中でいろいろ考えていました」。

 その中で改めて見えてきたのは、個人の結果とチームの結果は一致するはずだという信念。「チームが勝てば自分も評価されるので、今日はチームのためにと思ってやりました」。どんなにあがいても感じることのできなかった一筋の光が、ようやく佐藤にわずかながら差し込んでくる。

 4月13日。関東大会予選2回戦。試合は1-1のまま、大詰めを迎えていた。成立学園高が後半に先制するも、関東一は残り10分で貝瀬敦のゴールが飛び出して同点に。延長戦もお互いに得点は生まれず、既に成立学園はPK戦に備えてゴールキーパーの交替に着手していた。そんな中で突入した延長後半のアディショナルタイムに、関東一はフリーキックを獲得する。ゴールまでの距離は約30メートル。スポットに立った佐藤はその時、不思議と予感があったという。

「練習ではそんなに良いボールとか蹴れないんですけど、本当に不安とかなく、自信を持って蹴れるなって」。既に夕闇に包まれたピッチは、カクテル光線に照らされていた。すべての耳目が集まる中、短い助走から佐藤が右足を振るうと、壁を越えた美しい軌道は、完璧な弧を描いて左スミのゴールネットへ吸い込まれる。一瞬すべての時間が止まり、すぐさま爆発的な咆哮が関東一を包むのと同時に、主審はタイムアップのホイッスルを吹き鳴らした。

「『壁が高いな』と思ったんですけど、ちょっと落とす感じで蹴れば行けるかなと。イメージはあったので、あまり考え過ぎないで蹴りました」。殊勲の8番を中心に、幾重にも渡って歓喜の輪ができる。まさに“サヨナラゴール”。「シビれました。いやあ、こんな気持ちいい感じを味わえたのは久々で、いつも先輩方にそういう気持ちを味わわせてもらっていたので、今回は自分がそうなれて良かったです」。いつもは冷静な佐藤も興奮を隠し切れない様子が、こちらにも伝わってくる。

 自身の役割についても、ポジティブな割り切りが進んでいた。「いろいろなポジションを経験することで、自分が“真ん中”をやった時にどういうタイミングで関わって欲しいのかとか、違うポジションからの目線でも考えられるようになったので、メンタル的にも少し余裕を持ってやれていますし、一番は『自分が最後にチームをしっかり勝たせる』と思って試合に臨めているのが、心の余裕に繋がっていると思います」。心の余裕はいろいろな迷いをクリアにしていく。今や佐藤は忘れ掛けていた瞼の開け方を、確かに思い出し始めていた。

 4月27日。関東大会予選準決勝。本大会出場の懸かる大事なゲームで、國學院久我山高にボールを持たれ続けたものの、スコアレスで推移した前半終了間際に、関東一はフリーキックを獲得する。ゴールまでの距離は約25メートル。スポットに立った佐藤はその時、圧倒的な雰囲気を纏っていた。

「もう、何て言うんだろう。外すとか思わなくて、『決まるだろう』という感じはあったんです」。2週間前を知る者は、おそらくその空気を敏感に感じ取っていたかもしれない。本人と周囲が想像した“デジャヴ”は現実のものとなる。佐藤のキックは再び完璧な弧を描いて左スミのゴールネットへ吸い込まれる。

「壁に入る味方の位置をちょっと修正して、田畑GKコーチから壁の作り方や、キーパーをどう隠すかをいつも教えてもらっているので、それ通りにやって決めた感じです。キーパーも見えてなさそうだったので、『入るだろう』って思いました」。高校生が加速度的に得ていく自信は、かくも人を変えるのだろうか。8番の背中は1か月前より遥かに大きく見えた。

 ところが、後半に入ってよりアクセルを踏み込んだ國學院久我山は執念で同点に追い付き、延長前半には逆転ゴールを奪い取る。少しケガを抱えていた佐藤は、延長後半開始と同時に交替を命じられ、敗戦の瞬間はベンチから見守った。「こういう苦しい展開でもっとゲームを落ち着かせたいですし、この試合に負けているようではダメだと思います」。個人の結果とチームの結果は必ずしも常に結び付かないことを、このタイミングだからこそ、サッカーの神様は改めて彼に教えたのかもしれない。

 試合後の佐藤は冷静に言葉を重ねていた。「やらせちゃいけない所で最後に緩んだというか、歴代の先輩たちはそういう所を拾って拾って勝ってきたので、まだまだこのチームは全然足りていないと思います」「今年のチームはサッカー観を合わせて、しっかりコミュニケーションを取っていかないと、この先は勝てないと思います」。個人よりグループを意識した発言が多い。チームに自分をどう溶け込ませるか。その中でどう自分を出していくか。佐藤はきっとそのバランスのヒントを、もう掴み始めているような気がしてならない。

 差し込む光が眩しければ眩しいほど、目を開け続けることは難しい。かつての光が眩しければ眩しいほど、今の暗闇を知ることの怖さから、逆に瞼を開けることは難しくなっていくのだろう。それでもかつての光を知る者は、その眩しさの意味を理解している。再び差し込み始めた明るさを瞼が察した時、それを閉じ続けるのか、勇気を持って開けるのかは、間違いなく自らに委ねられている。

「輝けない時期がずっとあって、徐々にポジションも奪われて、『このまま落ちてっちゃうのかな』って焦りはあったんですけど、『自分が最後はやってやるんだ』みたいな気持ちは常に持っていたので、これからのし上がっていこうと思っています」。佐藤誠也が再び瞼の裏側に感じた光の射す方には、きっとさらなる新しい自分が待っている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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