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ヴェルディから世界へ。18歳山本理仁の原点から夢まで 「父は強い相手に挑ませようとした」: インタビュー

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東京ヴェルディMF山本理仁

 東京ヴェルディのアカデミーで育ち、2019年に飛び級でトップデビューを果たしたMF山本理仁。昨季途中に永井秀樹監督が就任してからは、チームの主軸としてJのピッチに立ち続けた。迎えた今季は新型コロナウイルスの影響で中断を強いられたが、来年のU-20W杯や海外挑戦という目標を見据えつつ、リスタートを切ろうとしている。将来を嘱望される18歳の原点、現状、そして今後の展望を聞いた。

(5月17日にオンライン取材)


「Jの舞台で早くサッカーがしたい」


――自粛期間はどう過ごしていましたか?
「最近は暑いのでトレーニングは夜にしています。あとは英会話をやったり、映画を見たりしていました。自宅でのトレーニングはUDNさんに筋トレと走りのメニューを作ってもらったので、それに沿ってやっています。走りに1時間弱、筋トレにも1時間くらいかな。この期間で体重が1kg増えました。ヴェルディは11日から人数や時間を制限して個別でトレーニングできるようにグラウンドを開放しているんですが、久しぶりに会ったフィジカルコーチから、『ゴツくなった』と言われました。多少成果は出てるのかなと思います」

――少人数の練習はいかがですか?コロナ対策で変化があると思いますが。
「人数が少ないのでやれることは少ないです。基本は鈍った身体を起こすことが目的だったりするので、そこまで違和感はないんですが、時間制限が区切られています」

――韓国やドイツでリーグ戦が再開したことで心境に変化はありました?
「早くサッカーがしたいし、Jリーグのあの舞台で早くやりたいなという気持ちがより一層強くなりましたね」

――試合から離れる期間が長くなって、そういう気持ちは強くなっているんじゃないでしょうか。
「そうですね。自分のプレースタイル的にもゲーム感覚が大事なので、早くグラウンドに出て感覚を取り戻さないといけないし、早くサッカーがしたいですね。離れると体が動かないこともそうですが、やっぱり、周りが見えていないと僕には一番大きい問題だと思うんです。周りを見るのが大事なポジションだし、再開するまでに取り戻していかないといけないです」

――オンライン上のトークイベントで子供たちと触れ合うマスク20万枚を配布したり、映像やイベントを展開するなどしている「#つなぐ」プロジェクトに参加してみて、どんなことを感じましたか?
「プロサッカー選手は周りに影響を与えられる職業ですし、去年までこういう活動はしてこなかったので、プロジェクトの大切さを改めて感じています」

――プロジェクトで先に立っている先輩アスリートの姿勢はどう映っていましたか?
「トップトップの先輩たちは自らプロジェクトのことを考えて発信しているので、凄く尊敬しています。自分もそういう考えをしっかりと持っていきたいと思いました。もとはSNSもあまり更新しないタイプだったんですが、たとえば香川(真司)選手は頻繁にSNSを更新して、世の中に元気を与えていると思うので、そういう姿勢は自分も学ばないといけないし、意識が変わりました」

――今後やってみたい社会貢献活動は?
「サッカー教室とか、子供たちに教える活動ですね。ヴェルディでもやったことがないですし、今後やってみたいと思います」


「父は強い相手に挑ませようとした」


――お父さんの影響でサッカーを始めたんですね。
「そうです、父がサッカーをやっていたので。2〜3歳くらいの時に、はっきりとは覚えてないんですが、父に地元の少年団に連れて行ってもらったのか、連れて行かれたのか、それがきっかけですね。他のスポーツは考えなかったです。(お母さんも運動神経がいいんですか?) 母はどちらかというと悪いですね(笑)」

――3歳で始めた頃からサッカーは面白かったですか?
「あまり何も考えてなかったんですが…ずっと続きましたね。最初は3歳だったから同じ学年がいないので、一緒にやるのは2歳上とかで、年長さん、小学1年生と一緒にやっていたんです。小1の時には小4の人とやっていて。嫌といえば嫌だったかもしれませんね、怖かったし(笑)。嫌でしたけど、練習にはちゃんと行って、続きました。あとは下手じゃなかったから頑張れたんじゃないですかね。スポーツは勝たないと面白くないし、勝ち続けていたから続いたんじゃないかなと思います。父は、自分より強い相手に挑ませようとしていたんですよ。大人の人ともやったりして。2歳上の人には勝ったりもしていたので、そういう喜びはあったのかなと思います」

――スタートがそういう環境だったから、飛び級のJリーグデビューも恐れがなかったんですかね。
「なかったですね」

――子供の頃に憧れた選手は?
「あまり思い出せないんですが、カカですかね。ACミランの時のカカの映像をめちゃくちゃ見ていたし、ロナウジーニョもそうかな。海外サッカーはその頃から見ていたんです。Jリーグはフッキやレアンドロがいた頃のヴェルディを現地に見に行ってましたけど、(テレビでは)あまり見なくて。それよりもチャンピオンズリーグとか、世界のビッグゲームの方を見ていました」

――早くから海外志向だったんですね。視野の広さやゲームコントロール力、足元の技術といった今の武器は、どうやって確立されたんですか?
「僕は小5くらいまでヴェルディジュニアでもフォワードをやっていて、9番を背負ったりしてたんですよ!今じゃ考えられないんですけど。小5の途中くらいから急にボランチに変わって。もともとフォワードでも“THE・フォワード”みたいな感じではなく、周りを使うタイプでした。ボランチになってからはより“動かす”ことの楽しさを覚えたというか。フォワード時代も得点に対する貪欲さ以上に綺麗なパスを出すとか、うまいプレーが好きで、そっちを求めていたから。そこでボランチになってから、そういう部分はより磨かれたんじゃないかなと思います。ヴェルディの練習メニューはボール回しやポゼッション練習が多かったので、自分はそこを集中してやっていたし、当時から失わないことを強く意識していました」

――ユースの同期4人もプロ入りしましたが、仲が良さそうですね。
「相当、仲良いですね。周りからは『気持ち悪い』って言われます(笑) 河野広貴くんや高橋祥平くんから昔のヴェルディの話を聞くんですが、『なんでお前らそんなに仲良いの?俺らの代は一回も遊んだことないから』って言われます(笑) 同期全員が世代別代表の経験者なのでそういう話もしますし、刺激も多いですね」


「技術的な面では劣らない」


――今季は当初、どんな目標を立てていたんでしょう。
「全42試合にフルで出場することを目標にしていました。去年は連続スタメンし始めた頃に体がきつくなってきて、パフォーマンスが落ちたり、それが影響して怪我をしたりということがあったので、シーズンを通して高いパフォーマンスで試合に出続けるというのが今年の目標です。そのうえで、ゴールだったりアシストだったり、目に見える結果をもっと出していきたいと思っています」

――高校3年生だった昨季はリーグ戦22試合に出場しました。改めて、1年目はどういう面で手応えが感じられました?
「技術的な面では劣らないというのは感じました。この間、ヴェルディのミーティングで聞いたんですが、パスの成功率がJ2リーグ1位で、敵陣パス成功率も2位だったので、数字上にも出ていました」

――1位! では逆に、課題を挙げるとしたら?
「メンタル的なところです。ホワイト監督の頃、途中出場で出ていた時はそこまでの重圧は感じなかったんですが、永井監督に変わってから十数試合とスタメンが続いていくうちに、やっぱり責任感を感じたというか、メンタル的に疲れを感じた時期というのはありました。そういう面でメンタル的にも強くならないといけないなというのは、去年のシーズンで感じた部分です」

――昨季はサイドバック含め、複数のポジションで起用されましたね。
「もちろん一番は真ん中でやりたい気持ちが強いですが、永井さんのサッカーをやる以上、後ろのビルドアップが一番大事で、そこを成功しないと失点につながるし、勝ちにもつながってこない。今シーズンも第1節の徳島戦は後ろで起用されましたし、チームに求められている仕事ができればいいと思っています」


「海外挑戦は早ければ早いほどいい」


――01年生まれは久保建英選手、斉藤光毅選手、西川潤選手を筆頭に、タレント揃いの世代ですよね。
「タイプが違うので、直接的にプレーが似ているからライバル視してるということではないですが、いい刺激を受けています。西川潤や光毅はプライベートでも特に仲が良くて、いろんな話を聞いたりしたりしてますね」

――来年のU-20W杯は自分にとってどういう大会と位置付けていますか?
「たくさんの海外のスカウトが集まって、本当に注目されている大会なので、そこで活躍すれば世界という道が切り開けると思うし、それが一番の近道だとも思います。そういう大舞台で自分の持ち味をしっかり出して、結果を残して、チームとしても上に行けるように、評価につながる大会にしたいです」

――海外挑戦はU-20W杯後、というイメージ?
「いえ、その前でも、海外挑戦は早ければ早いほどいいと思っています。だんだんステップアップしてU-20W杯の後に海外、というプランもありますね。もちろんJ1にも行きたいですが、海外挑戦はアカデミーの頃からずっと思っていたことです。絶対に海外のトップクラブでプレーするというのは、小学校の頃からの目標というか、夢です」

――その先にはパリ五輪もあります。
「パリ五輪は一番上の代なので、もちろん絶対に入りたいです。ただ、4年後なので何があるか分からないし、今の自分の立ち位置は全く関係ないと思うので、まだまだ努力を続けなきゃいけないし、高い意識を持ってやっていきたいです」




(取材・文 佐藤亜希子)

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