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U-22代表候補初招集の高木善朗はオランダ同様に信頼勝ち取る

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 関塚ジャパン初招集のMF高木善朗(ユトレヒト)が千葉県内で合宿中のU-22日本代表候補に合流。ミーティングに出席した。今夏に東京ヴェルディからオランダ移籍。兄・高木俊幸(清水)も10月に初招集されたU-22代表候補入りについて「兄が選ばれていたことは知っていた。(それで)ボクも選ばれたいという気持ちは強まった。(呼ばれた瞬間は)うれしかったですね。17のワールドカップからあまり代表に入っていなかった。いい選手がすごくいる中で、今回呼ばれたのはうれしかった」と表情を緩めた。

 オランダで我慢を続け、チームで信頼を勝ち取ったことが大きかった。U-17日本代表として09年のU-17W杯でブラジルからゴールを決め、高校3年生だった昨年は東京VでJ2・33試合に出場して5ゴールをたたき出した。ただ高木はオランダ移籍後、ベンチにこそ入る機会があったものの、なかなか出場機会を得られず。公式戦に出られないまま12月を迎えた。

 ただ「ボク自身の良さを分かってもらうためには時間がかかると思っていたので焦りはなかった。ゆっくりやっていこうかなと」。足りないものに対して地道に取り組んできた。その期間が10代のMFには大きな経験となった。「メンタルコントロールだとか、試合に出れないからやれるトレーニングがあった。自分を見つめなおしてプロ意識が芽生えて来ましたし。大きい選手が多い中で当たり負けしないようには筋トレも必要だったし、判断力の速さとか求められた。そういうところでは成長できたと思う。練習で自由にできるようになりましたし、ちょっとしたゲーム形式な練習でも信頼してパスがすごく回ってくるようになりました」。

 試合に出られない苦しい時期でも前向きに取り組んできたMFは、初出場となった12月4日のトゥエンテ戦ではいきなりセットプレーのキッカーを務めて翌フェイエノ-ルト戦ではアシストも記録。ウィンターブレイク前の3試合連続で先発出場を果たし、U-22代表候補にも選出されて「いい1年だったと思う」と納得していた。

 特にフィジカル面では記者陣から「逞しくなった」と声が挙がるほど。「ボクと同じくらいのドリース・メルテンス(PSV)を間近に見ると細そうに見えてしっかりしていたので、ボクももっとまじめに筋力トレーニングをしましたね」。そしてもうひとつ磨いたものは「生き残るための武器になる」と認めた判断力。「(オランダは)日本よりももっと判断力が必要とされる。それが速くなった。最初は判断力を上げても味方がサポートしてくれないとか。でもどういうプレーをするかわかってもらえてからは、いい方向に向いてきた。(今は判断力が)生き残るための武器となっている。自分がどういう選手なのか知ってもらうために自分は時間がかかってしまったなと思ったけれど、知ってもらったらプレーも上手くいったからよかった」

 まだU-22日本代表では新参者。「ボクのポジション(攻撃的MF)はすごくいい選手がいっぱいいる」と語ったように甘い認識はしていない。ただし「最終的な目標はA代表に入ること。オリンピックに出ることもいい経験になる。出たいです」と五輪出場を夢見る高木はオランダでの自身と同じようにゆっくりと関塚ジャパンでも信頼を勝ち取るつもりだ。

(取材・文 吉田太郎)

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