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【連載】「素顔のなでしこたち」vol.2:阪口夢穂(後編)

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 スマートフォン対応の電子サッカー雑誌「ゲキサカプラス」で好評連載中の『素顔のなでしこたち』。日本女子代表(なでしこジャパン)の主力選手のインタビュー記事と撮りおろし写真を掲載したスペシャルコンテンツの一部をゲキサカでも特別公開します。
 女子W杯制覇、ロンドン五輪アジア最終予選突破。国民栄誉賞も受賞し、「なでしこジャパン」が流行語大賞に選ばれるなど、2011年の“顔”となった彼女たちの素顔に迫るロングインタビュー。第2弾は、アルビレックス新潟レディースのMF阪口夢穂選手です。
 なお、電子サッカー雑誌「ゲキサカプラス」はiPad、iPhone、iPod touch、ソフトバンク3G携帯、ソフトバンクアンドロイド携帯に対応。アプリ「ビューン」にて閲覧可能です。ゲキサカプラスでしかご覧いただけない写真も多数掲載されていますので、是非そちらでもお楽しみください。


 代表デビューは18歳。2007年9月の女子W杯中国大会のメンバーにも選ばれ、2008年の北京五輪では中心選手として活躍した。北京では五輪史上初の準決勝進出を果たし、メダルにあと一歩まで迫る4位。順風満帆に思えたキャリアに影を落とすことになるのは、この直後だった。所属していたTASAKIペルーレが2008年限りでの休部が決定。阪口は2009年からアメリカのFCインディアナへ移籍した。開幕戦で1得点1アシストの活躍を見せたが、わずか2試合に出場したところで、練習中に左膝前十字靭帯を断裂。長期離脱を強いられ、そのままFCインディアナも退団。2010年1月、まだ故障が完全には癒えていない中、アルビレックス新潟レディースに加入した。

―4位という成績を残した北京五輪はどんな大会でしたか?
「その前年に女子W杯に行ったんですが、試合には1分も出られませんでした。自分にとって初めての世界大会という意味で北京五輪は重要な大会でした」

―世界で戦える自信をつかめた? それとも世界との差を感じましたか?
「4位という惜しい成績だったんですけど、3位と4位の差がすごく大きい大会でした。周りからは『惜しかったね』と言われましたが、チームとしても、個人としても、その差を大きく感じましたね」

―北京五輪を経験したことで個人的に変わった部分はありますか?
「うーん、昔のことはあんまり覚えてないんですよね。2009年にケガをしているので、ケガをする前の記憶は抹消したんです。本当は覚えているんですけど(笑)」

―あえて振り返らないようにしている?
「ケガをしたあとって『前の方がよかった』とか言われがちじゃないですか。そういう風に言われているかもしれないですけど、『そんなん気にせずやろう』という意味で、比べないようにしているというか、自分の中で思い出さないようにしているんです」

―2009年は苦しい1年でした。
「北京五輪が終わって、チーム(TASAKIペルーレ)も休部になって。(インディアナに移籍して)『これからがんばろうか』というときにケガをしてしまったので、ショックでした。あれだけの大ケガは初めてでしたね。もともとあまりケガをしないタイプでもあったので」

―翌年、新潟に移籍して、日本に復帰しました。
「まだ全然プレーもできていない状況で私を取ってくれて。普通なら絶対取らないじゃないですか。なのに取ってくれて、復帰までさせてくれた。代表に復帰できたのも新潟のおかげです。今年の女子W杯で優勝して、ちょっとでも恩返しできたのかなと思っています」

―もう一度、海外に行きたいという気持ちはありますか?
「今は考えてないですね」

―代表にも海外組が増えました。
「逆に、周りに増えたから、行きたくないのかもしれないです(笑)。行きたいと思う日がまた来るかもしれないですけど、今はあまり思わないですね」

 過去を振り返らず、前だけを見る。大きな挫折を乗り越え、ひと回りもふた回りも大きくなった阪口は一気にその成長曲線を駆け上がる。なでしこジャパンに復帰したのは2010年11月のアジア競技大会。チームは全試合無失点の完全優勝で、初めてアジアの頂点に立った。

―代表復帰を果たしたアジア競技大会でいきなりのアジア制覇。最高のカムバックとなりました。
「ビックリしますよね。他人事みたいですけど(笑)」

―アジアで優勝したことで、女子W杯に向けての自信も深まりましたか?
「そのときはまだW杯のことはそんなに考えてなかったと思いますね。まだまだ先のことだったので。みんな口をそろえて『目標は優勝』と言っていましたけど、あくまで漠然とした目標でした。まさか本当に優勝できるとは思わなかったです(笑)」

―女子W杯ではどのあたりから優勝を意識するようになったんですか?
「たぶん準々決勝でドイツに勝ってからだと思います。『これは優勝できるかもしれない』と、本当に思い始めたのは」

―そこまでは優勝はまったく考えていなかった?
「未知の世界でしたから。優勝というより、1試合1試合がんばろうという感じでした」

 女子W杯グループリーグ最終戦でイングランドに敗れ、2位通過となったなでしこジャパンは準々決勝で開催国・ドイツと対戦することになった。過去に一度も勝ったことのなかった女子W杯連覇中の女王を延長戦の末、1-0で撃破。準決勝でスウェーデンを下すと、決勝ではFIFAランク1位のアメリカと対戦する。後半24分に先制を許し、後半36分に宮間あやのゴールで追い付くと、延長前半14分に再び勝ち越された。それでも試合終了間際の延長後半12分に澤が起死回生の同点ゴール。脅威的な粘りを発揮し、PK戦の末、世界の頂点に立った。

―イングランドに負けたあとの難しい状況で迎えたドイツ戦を乗り越えた要因はどこにあったんでしょうか?
「ベンチも含めて、最後まで全員があきらめなかったことが要因かなと思います。あきらめないというのは基本の基本ですが、それを出せたのかなと」

―決勝のアメリカ戦もそうでした。
「同じですね。後半に追い付いたときも、延長戦でもう一度追い付いたときも、『あそこで追い付くんや』って第3者みたいな感じで見ていましたけど(笑)」

―アメリカ戦ではPKも蹴りました。
「蹴りましたっけ?(笑) ナガちゃん(永里優季)が自分の前で外していたので、自分も外すんじゃないかっていうイメージが付いちゃって、ちょっと怖かったですけど、入ってよかったです。ホッとしました」

―優勝が決まった瞬間は?
「あんまり実感はなかったですね。数ある試合の中の1試合に勝ったときの喜びでした。W杯で優勝したというより、アメリカに勝ったという喜びの方が大きかったですね」

―世界一になった実感が出てきたのはいつごろですか?
「うーん、実は今もあんまり実感はないんですよね。優勝したのかなと思ったのは、帰国したときの報道陣の数を見たときかもしれないですね」

―約1か月半後にはロンドン五輪のアジア最終予選がありました。世界からアジアに舞台が変わったことで難しさもありましたか?
「相手のタイプが日本と似ているという面では、W杯よりやりにくかったというのはあります。どちらかと言うと、アジアの選手の方がうまいので。欧米の選手は雑なプレーがあったりするんですけど、アジアの選手にはそういうのが本当になくて、うまかったですね。相手がアメリカだったり、ドイツだったり、パワーを前面に押し出してくるチームが相手の方が、意外とパスを回せたりするんです」

―韓国戦では宮間選手のCKからヘディングで点も取りました。
「ボールがよかったんです」

―セットプレーはチームとしても大きな武器ですよね?
「ヘディングが得意な選手も多いですし、(宮間)あやもプレースキックが得意なので。一番点が取れるポイントかなと思います」

―セットプレーではサインがあるんですか?
「サイン、あると思うでしょ? ないんですよ。どこに蹴っても、絶対に触れる選手がいるので。ニアだったら澤さんがいるし、ファーでもイワシが触れる。どこに蹴ってもポイントゲッターがいるのがなでしこの強みですね」

―ゴール前のポジション取りはある程度決まっているんですか?
「中への入り方もランダムです。あやがフリーの選手に合わせてくれるというか、敵がいないところに蹴ってくれているんだと思います」

―韓国戦のあのシーンでは阪口選手がフリーだった?
「だったんでしょうね(笑)」

 新女王としてアジアで負けるわけにはいかなかった五輪最終予選。「勝って当然」という周囲の目は、いまだかつて感じたことのないプレッシャーだった。初戦のタイ戦を除けば、残りはすべて1点差勝利。北朝鮮とは1-1で引き分けた。圧倒的な強さを見せることはできなかったが、絶対に負けられない戦いを4勝1分の無敗で乗り切り、さらにたくましさを増した。国民栄誉賞を受賞し、「なでしこジャパン」は流行語大賞にも選ばれた。周囲のフィーバーぶりはおさまる気配もなく、来夏にはロンドン五輪が待っている。

―五輪予選は勝たないといけない大会でした。
「W杯で優勝していますし、周りの見る目は変わってきていると思ってました。『絶対に五輪に行かなきゃいけない』とみんな思ってましたね」

―女子W杯のときとは違う重圧がありましたか?
「W杯のときは根っからのチャレンジャーでした。五輪予選はW杯のあとで、優勝してしまっていたので(笑)。周りの目も変わると思っていましたし、そういう意味ではプレッシャーもあったかもしれないですね」

―予選を突破してホッとした感じですか?
「内容は皆さんが納得いくようなものではなかったと思いますけど、とにかく結果が大事でした。その結果を残せたというのは大きかったと思います」

―本当に大変な1年でした。
「でも、幸せ者ですよ。疲れましたけど、幸せだったと思います」

―来年はロンドン五輪があります。
「先のことなので、今は何とも言えないです。とりあえずメンバーに入れるように、リーグ戦で結果を残さないといけないと思っています。今は代表のことは考えてないですね。W杯に出たから五輪のメンバーに選ばれるとも限らないですし、ケガもあるかもしれない。とにかく今は目の前の(全日本女子)選手権をがんばりたいと思っています」

(取材・文 西山紘平)


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