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創部6年目で初の新潟4強!上越を率いる元Jリーガー・藤川祐司監督は「本当に胸が熱くなったし、見ていて誇らしかった」

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試合後の上越高の選手たち。清々しい表情の選手が多く、涙はなかった

[11.3 選手権新潟県予選準決勝 上越高 1-1(PK3-5) 北越高 新発田市五十公野公園陸上競技場]

 テクニカルエリアで、昂る想いを抑えられなかった。彼らの戦う姿が、何より誇らしかった。

「途中でやっぱり胸が熱くなりましたね。ジュニア年代も含めて、日の目を浴びてきた選手なんて正直いないんですよ。そんな子たちがしっかりと、ピッチで堂々と、技術的には劣るかもしれないけど、求めているサッカーのベースのところでファイトしているのを見て、本当に胸が熱くなりましたし、見ていて誇らしかったですね」(藤川祐司監督)。

 創部6年目の大航海。初めての準決勝を戦った上越高を率いる若き指揮官、藤川祐司監督は改めて高校サッカーの魅力を噛み締めていた。

 まさに、“台風の目”と言っていい快進撃だった。過去4年、跳ね返され続けてきた3回戦の壁を突破すると、4回戦でも新潟江南高を2-0で撃破。さらに、準々決勝ではインターハイで新潟制覇を達成した開志学園JSC高にも1-0で勝利し、一気にベスト4までジャンプアップしてきた。

「ベスト8から自分たちが歴史を動かしたという感じはあったんですけど、自分たちの可能性というのはこんなところで終わるわけはないと思っていましたし、絶対に自分たちはもっと上に行けるという意識で、日頃の練習に取り組んできました」。キャプテンのMF宮本昂成(3年)はきっぱりと言い切る。確信はなかったが、日常を積み重ねてきた自信はあった。

 ビッグスワンを懸けて戦う相手は、プリンスリーグ北信越を戦う北越高。押し込まれる展開は想定済み。「サッカーに必要なベースのところはかなり言っています。球際、切り替え、競り合い、拾い合い、運動量。そのあたりはとにかくどのトレーニングの中でも要求しますし、逆にそこがないとウチの技量だと何もなくなってしまうんです」と藤川監督。粘る。とにかく、粘る。最後の局面で、足が出る。前半はスコアレスでハーフタイムを迎える。

 後半15分。CKから失点を浴びる。「だいぶ押し込まれていた時に獲られてしまったので、雰囲気の悪い感じはあったんですけど、時間は十分ありましたし、『何も下を向く必要はないな』という感じでした」(宮本)。気持ちは折れない。「ずっとやれることをしっかり整理して、落とし込んできたチーム」(藤川監督)。やることは変わらない。

 後半33分。CKから追い付く。「去年や今年の前半戦ぐらいだと、1点獲られてしまったら全部押し切られていたんですよね。それがこの夏明けぐらいから、1点獲られても同点にしたり、跳ね返す力、崩れない力が付いてきたので、それはチームとしての成長かなと思っています」(藤川監督)。スタジアムの雰囲気が一変する。

 攻める。上越が、攻める。「点を獲ったら、もう観客も応援してくれるじゃないですか。そうなると流れも全部持って行けたなって」(宮本)。その時間、10分余り。準決勝という大舞台で、上越の選手たちは楽しそうに、生き生きと、躍動した。

 最後はPK戦での敗退となった。「やるべきことをまじめにやって、しっかりと戦術行動も起こしてくれましたし、魂も見せてくれたので、あと一歩というところもありますけど、よくやったなと思います」と藤川監督。涙はなかった。「最後まで!堂々と!」。指揮官に促され、スタンドへの挨拶に並んだ選手たちの表情には、確かな充実感が浮かんでいた。

 藤川監督は水戸ホーリーホックや松本山雅FC、Y.S.C.C.横浜でのプレー経験を持つ元Jリーガー。2015年に現役を引退すると、自身もジュニアからユースまで9年間を過ごした横浜F・マリノスからアカデミーコーチのオファーが届いたが、同じタイミングで知人からある話を耳にする。

「『新潟のこういう学校がサッカー部を立ち上げて、指導者の募集を出してるよ』と。せっかく教員免許も持っていますし、高校サッカーもやってみたいですし、F・マリノスのようにほぼほぼ全員知っている指導者の方々の中で始めるよりも、『ゼロから何かを始める』ということをやってみたいなと思ったんです」。2016年。一念発起して、縁もゆかりもなかった新潟へ。創部したばかりの上越高校サッカー部初代監督に就任した。

 もちろん選手集めも簡単ではない。地元の子たちで構成されるチームに、持てる情熱を必死に注ぎ込む。「上越の子って引っ込み思案な子が多くて、“いいヤツ”が凄く多いんですけど。良い意味でも悪い意味でもおとなしいんです。そういう意味では自分が“引きずる”ぐらいの感じで最初の3年ぐらいはやっていて、最近はちょっと歩けるようになったけど、まだまだこっちが押していくみたいなイメージはありますね」。一歩ずつ、一歩ずつ、高校生たちと一緒に前へ進んできた。

 宮本は地元の上越春日FC出身だ。「自分たちにとっては一番身近な地元で、最高の環境で、プロも経験されている最高の指導者と戦っていけるという場所だったので、やっぱりここに来て良かったなと思っています」。選手たちにも、歴史を築き上げているという手応えと誇りがあったという。

 ユースで育った藤川監督も、指導を重ねるごとに高校サッカーの魅力に取りつかれていく。「僕はユースだったので、改めて『高校サッカーっていいな』って思いますね。凄く楽しいですし、成長の幅が凄いです。ユースはもともと才能のある子たちが集まっていますけど、ここでは『本当に大丈夫か?』というような感じで入ってきた子もファイトできるわけで、これだけ成長してくれますからね。まあ、苦労の方が多いですし、毎日悩んでいますけど(笑)」。一歩進んで二歩下がる。二歩進んで三歩下がる。悩んで、トライして、6年の月日を重ねてきた。

 昨年からは横浜FMユース時代の同期に当たり、やはりJリーグでのプレー経験を有する富井英司コーチもスタッフに加わった。「1人で来たところからこうやって仲間が付いてきてくれたので、人に恵まれているという想いは、この6年間でずっとありますね。応援して下さる方も含めて、本当に皆さんが良くしてくれて、選手たちも一生懸命頑張ってくれましたし、今日は負けましたけど、こうやって楽しいことがあると、ワクワクする日常があると、また頑張りたいなって思いますよね」(藤川監督)。現在34歳。まだまだサッカーのさらなる魅力を探し続けている。

「自分たちは良い景色が見られたなって。でも、そのさらに上はもっと素晴らしいはずですし、今日1個勝てばビッグスワンでプレーできたので、そこは1,2年に託したいです。これから絶対このチームは強くなるので、後輩が次は歴史を作る番として、やっていってほしいです」。宮本は晴れやかな顔で、こう言葉を紡ぐ。充実した3年間を終えた清々しさが、笑顔に滲んだ。

 この日、藤川監督はスーツでベンチに入っていた。その理由を尋ねると、少し恥ずかしそうにこう明かす。「今日は準決勝だからキチッと決めて行こうかなと思って、初めて着たんです。スタジアムでやりますし、『これはスーツだろうな』という直感で。で、会場に行ったら他の監督の皆さんはジャージなので、『アレっ?』て(笑)」。チームもフレッシュならば、指揮官も実にフレッシュだ。

 改めて、今回の選手権の感想を聞いてみる。「本当に今回は与えられたチャンスで、もぎ取ったというよりも、実力はここに来られるようなものではないと思っているので、そういうサッカーの厳しい面を持ちながら、彼らをしっかりと褒めてあげたいです。この1か月は本当に良い時間で、私も良い経験をさせてもらいましたし、こうやってスタジアムでやらせてもらって、現役の時の感じと、監督になった時の感覚ってやっぱり違っていて、負けましたけど、凄く気持ちが良かったです」。

 創部6年。まだ歴史は始まったばかり。藤川監督とチームが歩む道のりには、きっとまだまだ胸が熱くなることがたくさん待っている。

スーツ姿でテクニカルエリアに立つ藤川祐司監督。選手と一緒に戦い続けた


(取材・文 土屋雅史)

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