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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:劇的昇格を勝ち獲った記念写真の笑顔。タイガー軍団を支えるBチームの矜持(前橋育英高B)

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プリンス昇格を勝ち獲って笑顔で写真に収まる前橋育英高Bの選手たち

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 このチームに甘んじようなんて、もちろん誰も思っていない。高いレベルで戦い続けるアイツらに、追い付いて、追い越そうと、その想いを抱いて、日々の練習と向き合ってきた。だからこそ、負けられなかった。纏ってきた実力を、携えてきた悔しさを、勝利という形に昇華させることが、自分たちにできる唯一のことだったから。

「トップのメンバーがあれだけできている中で、自分たちが何もできていないことが本当に悔しかったですし、このゲームに対する想いはみんな強かったですね。言い方は変ですけど、トップの選手たちを『アイツらもやっているからオレたちもやらなきゃな』と焦らせるようなゲームにしたかったので、それができて本当に良かったです」(前橋育英B・茂木碧生)。

 来季のプリンス昇格を懸けて、各都県のリーグ王者が集う『高円宮杯 JFA U-18サッカープリンスリーグ2022関東 2部リーグ参入戦』。前橋育英高B(群馬)は、神奈川を制した桐光学園高(神奈川)と対峙する。メンバー構成は、プレミアリーグを戦うチームでスタメンを窺ってきた“トップサブ”と呼ばれる選手たちと、群馬県1部リーグを圧倒的な成績で制した“Bチーム”の主力選手たちが融合した形だ。

「プレミアでベンチに入ったり、途中出場していたような自分たちの力だけではなくて、いろいろな選手が関わってきた成果としてここに来ていますし、コーチ陣も松下(裕樹)さんとか櫻井(勉)さんとか、他のカテゴリーを見ている人たちも結集していて、いろいろな人が関わったゲームでした」と話すのはDF福永竜也(3年)。勝てばプリンスリーグ関東2部への昇格が決まる一戦だけあって、試合前から選手たちにも気合がみなぎる。

 ウォーミングアップの時に、一際大きな声を出して“ボール拾い”をしている選手が目に付いた。MF眞玉橋宏亮(3年)。ベンチスタートを命じられたチーム屈指のムードメーカーは、その行動に秘めた想いをこう明かす。

「中学まではああいうことをやることがなかったんです。小学校も、中学校も、基本試合に出ていたので、今みたいな立場になってみて、『こういう仕事もあったんだな』って気付けたことも大きかったですし、今日のメンバーのみんなもトップサブで試合に出ていないメンバーも多い中で、ああいうことこそみんなで大事にしていこうという想いはありました」。

 言われて、気付く。国内有数の強豪校として知られる前橋育英に入ってくる選手たちが、いわゆる“エリート”と呼ばれてきたような逸材でないはずがない。ただ、自分より凄いヤツがいる現実を突き付けられ、今の立ち位置に辿り着いた選手が、この試合のメンバーの大半なのだ。

 また、プリンス昇格と同じぐらい大事な側面も、この日の90分間は帯びていた。「山田(耕介)監督も『ここで活躍して選手権に繋げろ』ということはおっしゃっていましたし、それはトップにいた時からずっと言われていたので、今日もそれぞれがちゃんと準備してきました」(福永)。

 12月29日に初戦を迎える高校選手権。3年生にとっては、高校生活最後の晴れ舞台だ。大会に登録されるメンバーは30人。その枠の中に滑り込み、さらに試合で起用されるだけのインパクトを残す機会は、もうごくごく限られている。福永の言葉のように、スタメンの11人も、ベンチスタートの9人も、全員がこの試合のために最善の準備を続けてきたことは言うまでもない。

 眞玉橋があることを教えてくれた。「9番の西島隆太はトップサブと県の1部リーグを戦ってきたメンバーが合わさった時に、違うカテゴリーから1人で入ってきて、もう本当にチャンスを掴み取ってスタメンまで登り詰めたんです。でも、今日の試合も入る前にガチガチだったので、『西島!行け!行け!』と声を掛けました(笑)」。それぞれが、それぞれの想いを持って、キックオフの瞬間を迎えていた。

「プレッシャーの掛かったゲームだったので、前半はやっぱり硬くなっていましたね」(櫻井勉コーチ)。前半5分。右サイドからグラウンダーで入ってきたクロスを、相手にゴールへ押し込まれる。あっという間の失点。いきなりチームは追い掛ける展開を強いられる。

 キャプテンを任されていたMF茂木碧生(3年)の中には、ある光景がフラッシュバックしていたという。「インターハイの矢板中央戦をベンチで見ていた時に、早い段階で失点したんですけど、試合に出ていた(徳永)涼が『まだ早い時間だから全然大丈夫。自分たちのペースでやろう!』と言っていたシーンがふと甦ってきて、まだ全然時間はあったので、『やれるな』と思いました」。

 真夏の徳島で開催されたインターハイ。前橋育英は準々決勝で激突した矢板中央高に苦しめられる。開始4分でロングスローから失点。以降は攻めながら得点を奪えず、前半を0-1で終えたものの、ハーフタイムにキャプテンのMF徳永涼(3年)が「これに勝って、人生を変えるような試合にするんだぞ!」と檄を飛ばすと、後半で2点を奪って逆転勝利。この一戦をモノにしたチームは、結果的に日本一へと駆け上がる。茂木の中には、その経験が明確に息衝いていたわけだ。

 1点のビハインドのまま折り返した後半も、なかなか同点ゴールは生まれなかったが、ある“個性”がチャンスの芽を何度も作り出していた。「セカンドチームのカテゴリーで試合に出させてもらっていた2年の頃に、1つ上の右サイドバックの先輩が投げられて、左サイドバックだった自分も投げられた方がいいということで、その人に教わりながらロングスローを練習してきました」(福永)。

 そして、その“個性”は成果に繋がる。後半24分。福永が左から投げ入れたロングスローがエリア内で混戦を生み出すと、最後はセンターバックのDF末森遥来(3年)がこぼれ球をゴールへ押し込む。「こういう一発勝負の試合だとロングスローも相手の脅威になってきますし、斉藤航汰が競り合いに強いので、そこで自分たちでやろうというのはずっと思っていました。今日は結構調子が良かったです(笑)」(福永)。

 櫻井コーチの言葉も印象深い。「彼らがいろいろ相談してやっているので、『ロングスローをやれ』とは私の方で言っていないんです。ただ、彼らの武器であるスローインと高さをぶつけようとは言っていましたので、実際に桐光さんは嫌だったと思います。本来ならば近くでパスを動かして、というのもチームの特徴ではありますけど、『相手が嫌がっているんだったら続けた方がいいかな』という想いもありましたね」。選手が自分たちで導き出し、実行した、勝つための方策。1-1。スコアは振り出しに引き戻される。

前橋育英BはDF末森遥来(15番)のゴールで同点に追い付く!


「『自分たちは点を獲ったら乗れる』と全員が思っていたので、そのままの勢いで行こうという気持ちもありましたし、ベンチメンバーにも頼れる攻撃陣がいたので、そういう選手たちを信じて頑張りました」(茂木)。「アベレージを90分通じて出せる子たちなので、私からするとじっくり行って後半勝負という形でした」(櫻井コーチ)。押し込む前橋育英B。耐える桐光学園。試合の流れは、一気に変わる。

 42分。ピッチサイドに20番の姿が現れる。「もうゴール前では、明らかに仲間がどフリーとかじゃない限りは、全部自分でやってやろうという気持ちでしたし、『絶対にヒーローになってやろう』と思っていました」。懸命にピッチを走り続けたFWの西島に代わって、眞玉橋がピッチへ解き放たれる。

 45+3分。後方から繰り出されたフィードに20番が反応する。飛び出したGKより一瞬早くボールに触り、左サイドを抜け出してからはもう独壇場。体勢を立て直したGKをキックフェイントでかわし、カバーに入ったDFも華麗に剥がし、右足を全力で振り抜くと、ゴールネットが激しく揺れる。

「やりました。もう本当に、やっととしか言えないというか、去年はケガでほぼサッカーをやっていないですし、選手権のメンバーに残ることを考えたら、今日活躍するしかなかったので、みんなの気持ちがこもっていなかったわけではないですけど、それを超えるぐらい自分には気持ちがこもっていたかなって。短い時間でしたけど、もうやり切れたなって。ようやくゴールが決まったなって感じですね」。

 サッカーの神様は、眞玉橋の努力を、みんなの努力を、ちゃんと認めていたのだ。

劇的な決勝ゴールを挙げた前橋育英B MF眞玉橋宏亮


 試合後。劇的な逆転勝利で昇格を勝ち獲った選手たちは、笑顔で写真のフレームに収まったが、ここからは、また激しい競争を繰り広げる日常が待っている。

「今年1年の自分はトップチームでベンチに入ったり、ベンチ外になったり、悔しい想いをしてきた中で、その想いをぶつけて選手権に臨みたいと思っていたので、1つ努力が報われたなって。この勢いで選手権に挑みたいなと考えています」。茂木の言葉は、この日の昇格を勝ち獲ったメンバーみんなが抱いている想いの総意だ。

 眞玉橋の決意が力強く響く。

「監督にも『選手権に残しておいてほしかったけどな』って言われましたけど(笑)、ここから波に乗って、選手権でもバリバリやろうと考えているので、これはそのための第一歩だと思っていますし、ここで終わりではないですから」。

「試合に出るとしたら、今日の試合みたいな形がほとんどだと思うので、試合のラストに出たらチームのためになるようなプレーをしたいです。あとは、3年間自分がやってきたことを信じて、そのやってきたことと悔しい想いを乗せてプレーするだけなので、『最後はオレに任せてくれ』という感じですね」。

 厳しい現実を知り、今の自分を受け入れ、それでもなお、諦めずに前へと進んできたBチームの彼らが持ち続けているサッカー選手としての矜持が、このグループを間違いなく支えている。

 インターハイに続く全国二冠を目指して、選手権へ向かう前橋育英。聖地・国立競技場のピッチで、この日の“20番”のような活躍でチームを日本一に導くヤツが、昇格に沸くあの写真に収まった彼らの中から出てこないなんて、誰にも言い切れないはずだ。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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