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ポポヴィッチ氏インタビュー。日本代表、日本サッカー、自身の今後について激白

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 前大分監督で、オシム・ファミリーとしても知られるポポヴィッチ氏が3日、ゲキサカの独占インタビューに応じた。16強入りしたW杯南アフリカ大会での日本代表の戦いぶりや日本サッカー界の将来を改めて高く評価したほか、今後の課題なども熱く語った。そしてもう一度、監督やコーチとして、日本サッカー界の発展のために力になりたい気持ちを明かした。

 ポポヴィッチ氏はスカパーの解説者として来日。テレビを通じて南アフリカW杯を見た。いろんな国のサッカーを分析したが、やはり、気になったのは母国セルビア、そして日本代表だった。

―日本は自国開催以外では初となる16強入りを果たしました。その結果は、どう見られましたか?
「ベスト16という結果は本当に素晴らしいね。選手たちは真面目に、組織的に戦っていた。責任感も感じられたし、強い気持ちを持って戦っていた。見ていて、チームの雰囲気も良かった。改めて日本の持つスピードや運動量、組織力を発揮できたと思う」

―特に評価している選手は?
「本田圭佑選手と、阿部勇樹選手だね。本当に素晴らしい働きをした。日本が採用した4-1-4-1のシステムで本田選手は前線の1、阿部選手は中盤の底の1をこなしたが、役割をしっかりとこなした。良く機能していた」

 とはいえ、歯がゆさもあったようだ。実際に大分や広島で指導し、日本のサッカーを良く知るからこそ、今後の飛躍のための課題を指摘してくれた。それは日本文化の良さともいえる、“尊敬の念”を持ちすぎることだという。

―まだまだ課題はたくさんあると思いますが、日本がさらに良くなるには、どうしたらいいでしょうか?
「あまり偉そうにいうつもりはないんだけど、メンタル面の改善が必要だと思う。日本は、相手をリスペクトしすぎていたと思う。今大会、たとえば決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦でいうと、PK戦で勝ったパラグアイが、日本よりも良いチームかというとそうではない。実力的にはどちらも同じだった。ただパラグアイは1点を取りに行くことを優先したサッカーをした。結果は無得点だったが、パラグアイは勝つために何が必要かを考えて、そのためにプレーした。日本も勝つために戦ったけど、まずは失点をしない、無失点に抑えることを前提に戦った。その違いがあるね」

―守備的すぎたと?
「日本は相手をよく分析した結果、ディフェンシブな戦い方を選んだと思うけど、私はリスペクトしすぎたかなと思っている。自分たちが何をできるかではなく、相手の良さを消すサッカーを選択した。これまでやっていた、自分たちでボールをつないで、攻める形を取らなかった。自分たちが築いてきた日本のスタイルが出せなかった」

―よく言われる日本のスタイルとはどういうものだと思いますか?
「日本の良さは、選手一人一人が責任を持ってプレーできること、仲間のためにすべてを出し切ることがきでること、そして非常に技術が高いことだね。これは世界の国と比べても負けない。能力は高いから、これまで掲げてきたボールも人も動くサッカーができたはずだ。日本人は非常に礼儀正しい。もちろん、相手をリスペクトすることは大切なことだけど、あまりリスペクトしすぎて、恐怖に感じてはだめだと思う。日本のクオリティは素晴らしいので、もっと自信を持って戦うことが大事だよ」

 オシム氏から指導を受け、いまでも親交が深いポポヴィッチ氏ならではの指摘といえるだろう。サッカーは点を取るスポーツ。たしかにセットプレーやカウンターでゴールを奪ったが、日本の能力なら流れの中からもっとたくさんチャンスを作れたと分析する。

 ポポヴィッチ氏は現在、フリーの立場で、監督、コーチのオファーを待っている状態。同氏は日本での指導を一番の理想に掲げている。

―日本でもう一度、監督やコーチをやりたいそうですが?
「そうですね、オファーをいただけたら大変うれしいですね。私はまだまだ日本にポテンシャルを感じています。大分などで仕事をさせてもらって感じたのは、日本人プレーヤーには、まだまだ伸びしろがあるということ。私は、監督やコーチの仕事は、選手の能力を最大限に引き出すことだと思っているけど、そういうことができたらすごくうれしい」

―やりたいカテゴリーはありますか? 日本代表にも興味は?
「J1やJ2のチームでやりたいですね。日本代表だと、若い世代、アンダー世代の指導をしてみたい。若い世代の選手の成長の手助けがしたいです。とにかく、どういうチームを作るのか、将来に向けたコンセプトがあるチームで指導をさせてもらえたら幸いですね」

 ポポヴィッチ氏はひとまず、4日に自宅のあるオーストリアに帰る予定。その後はオシム氏宅を訪ねてサッカー談議をしたり、またオーストリアでは今後、アーセナルやローマ、ブレーメンなど多数の欧州クラブがキャンプをするため、視察して勉強をするという。

 昨年、成績不振によるシャムスカ監督の解任を受け、シーズン途中から大分の監督に緊急就任。J1残留こそ果たせなかったが、攻撃的な面白いサッカーへと劇的に変え、終盤は10戦負けなしと立て直した。クラブから一時は続投要請もあり、自身もクラブの財政事情を考慮して年俸ダウンを申し出たほど、大分での指揮を望んでいたが、予想外の経営難が発覚し、無念の思いで退任している。もう一度、日本で-。若き知将は南アフリカW杯で改めて日本の能力の高さを感じながら、日本サッカー界の未来を思い描いている。

<写真>大分監督時代のもの

(取材・文 近藤安弘)

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