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「マツさんに申し訳ない」。横浜FMは9戦ぶり黒星で2位に後退

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[8.6 J1第20節 柏2-0横浜FM 柏]

 天国のマツさんに白星を届けたい-。横浜F・マリノスイレブンは最後まで勝利への執念を見せた。後半の4分のロスタイムも終わりに差し掛かった頃、ゴール前でDF栗原勇蔵がヘディングで落とし、FW大黒将志が抜け出してゴールネットに突き刺した。しかし、無情にも判定はオフサイド。0-2。勝ち点差2で迎えた首位攻防戦に敗れ、横浜FMは4試合ぶりに首位の座を明け渡してしまった。

「あれはゴール。あれがゴールじゃないなら、全部ゴールじゃない。その前のハンドもハンドだった。あれで2点だった。レフリーは、あれが見えないなら辞めたほうがいい。きょうは大事な試合だった。みんな気持ちを込めて、諦めずにやったのに、いい加減にしてほしい」

 大黒が珍しく怒りを爆発させた。言うまでもないが、それだけ、大事な試合だった。2日午前10時頃、昨季まで在籍していた元日本代表DF松田直樹さんが急性心筋梗塞で倒れた。横浜FMイレブン、コーチングスタッフ、関係者……みんなが動揺した。MF中村俊輔らほとんどの選手が松本市内の病院へ、車で片道約4時間をかけて駆け付けた。「マツさんは、闘っていた」。そこで見たのは、人工心肺を付けながら病魔に打ち勝とうとする松田さんの姿だった。

 信じられない気持ち。やりきれない思い。様々な思いが脳裏をよぎる。眠れない夜。睡眠不足の中でも、練習をこなした。もちろん、松田さんの復活を祈りながら……。しかし、4日午後1時6分、大先輩が永眠された。俊輔や栗原ら多くの選手が、再び松田さんのもとへ車を走らせた。無言の対面。悲しい、悔しい、やりきれない。いろんな感情、松田さんとの思い出が込み上げてきた。でも、涙はそこでぬぐい、気持ちを入れ直してこの試合に臨んだ。想いは「マツさんに勝利を捧げよう」だった。

 試合前には、昨年まで横浜FMで松田さんが背負っていた背番号「3」のユニホーム(10年モデル)を選手全員が来てウォーミングアップを行った。栗原は「今までお世話になったし、マリノスに貢献してきた選手。みんなで話して決めた。マリノスの3を久しぶりにピッチで見たけど、やっぱり重い番号だなと思った」。ベンチには、その背番号「3」のユニホームが飾られた。松田さんの思いを、魂を背負って戦い、白星を届けようと必死だった。サポーターも『ミスターマリノス 松田直樹 3 これからも俺たちと共に』をはじめ多くの横断幕を掲載。「ナ~オ~キ!」と松田さんの応援コールを歌った。まさに一丸で勝利を目指した。

 しかし、柏に主導権を握られ、前半8分にミスから失点。後半21分にもスルーパスを通されて追加点を許した。この失点の1分前には、柏DFがPA内でハンドしたようにも見えたが、家本政明主審の笛は鳴らず。勝利への執念はあったが、思うように行かず、結果がついてこなかった。シュート数こそ、10対9で上回ったが、内容は完敗と言えるものだった。

 再三のファインセーブを見せたGK飯倉大樹は「勝つためにセーブをしている。2点取られても3-2で勝てばいいけど、0-2で負けてるから価値はない。マツさんがこういうことになって、勝たないといけない試合だった。マツさんは、病院で凄く闘っていた。それを見てきた俺たちも闘わないといけなかった。相手のほうが食ってやろうという気持ちで来た。ホント、マツさんに申し訳ない」とうつむいた。DF中澤佑二も「ショックを受けていない選手なんていない。みんな頑張ったと思う。結果がついてくればよかったですが、ついてこなかったのは残念です」と下を向いた。

 栗原は「みんな気持ちを入れて試合に臨んだ。でも柏は強かった。気持ちだけでは勝てない。もっと練習して、強くならないとダメだなと思った。自分としては、2-0で終わるのではなく、1点返す気持ちを見せたかった。ホント、ゴールを狙いに行っていた……」。栗原は試合終盤、FWの位置に入り、果敢にゴールを目指した。ロスタイムのシーン以外にも、後半39分に、俊輔のクロスを頭で丁寧に落とし、大黒へパスを送った。大黒は柏守備陣に倒されたように見えたが、PKはなし。焦る気持ちもあったが、栗原は戦う姿勢を見せ続けた。もちろん、天国の松田さんに……。

「何か残したかった。1-2でも違うし……。ただ今日だけじゃない。今年のリーグ戦が終わったときに、良い報告をしたい」

 俊輔は前を向いた。松田さんへの恩返しは、今日だけじゃない。これからも続く。俊輔や栗原をはじめ、横浜FMイレブンの思いは、1つだけだ。松田さんから受け継いだ闘う姿勢を常に出し続け、墓前に優勝を届けること。この日は9試合ぶりの黒星で2位に後退したが、勝ち点差は1。シーズンはこの先に、まだまだ山場が待っている。

 栗原は最後、「優勝するにも、何回かは負ける。その1回が今日だったということ」と気持ちを切り替えようとしていた。そう、その前向きな姿勢こそ、松田さんが大事にしていたことの一つ。“落ちたら、這い上がればいい。もっと努力して、強くなればいい”。きっと、そう叫んでいるはずだ。これからも、横浜FMイレブンは松田さんの魂を忘れることなく、しっかりと受け継いで、闘い続ける。

(取材・文 近藤安弘)

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