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No Referee,No Football

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2011シーズンのスタンダードとなった富士ゼロックススーパーカップ
[富士ゼロックススーパーカップ 名古屋vs鹿島]

 競技規則の解釈やレフェリングは極力、普遍なものであるべきだが、実際は人によって多少の差異がある。それは審判員と選手の間だけでなく、審判間にもある。

 国際サッカー連盟(FIFA)が主催する大会では、開幕前に審判の役員が参加チームに出向き、大会のレフェリングの基準を説明する。審判員に対する研修も行う。日本でも毎年、シーズン前になれば、そのシーズンの判定や競技規則の解釈を統一するため、各クラブに対し、さらには1級審判研修会などで審判員に対し、Jリーグの「スタンダード」を説明している。

 イングランドのFA Community Shield(かつてのCharity Shield)のように、日本でもJリーグ開幕前に昨シーズンのリーグ王者と天皇杯(カップ戦)優勝チームが富士ゼロックススーパーカップを戦う。一種、お祭りのようでもあるが、シーズンの開幕1週間前ということで、Jリーグ担当審判員にとっては、新シーズンのスタンダードを最終確認する重要な試合になっている(この機会を用いて、シーズン開幕前審判研修会が開催される)。

 今年の富士ゼロックススーパーカップを担当した審判団は、昨年の最優秀主審と最優秀副審である西村雄一主審、相樂亨副審に加え、新しく国際副審になった田尻智計副審。第4の審判員は、最近徐々に力を付けてきている今村義朗氏である。しっかりとスタンダードに基づくレフェリングをお願いした。

 名古屋グランパス鹿島アントラーズ、両チームともに選手はとてもフェアだった。4人のレフェリングも良かった。西村主審は時に笑みをもって選手に接していた。選手も事前のスタンダードの説明をしっかりと聞いていたのだろう。相手を傷つけるようなプレーもなく、試合はクリーンに展開された。

 今年のスタンダードの目標には、昨年に引き続き、フェアプレーの尊重、タフなプレーの助長、異議や反スポーツ的なジェスチャーへの対応、相手競技者の安全への配慮のほか、競技規則を正しく理解し、スピーディーなプレーを目指すというものがある。

 手のファウルは今年も正しく判定すると宣言しているためか、この試合ではCK時のゴール前のポジション取りで相手を引っ張ったり押したりする行為はほとんど見られなかった。

 警告は3つ。前半3分、16分に注意されていた鹿島のアレックス選手が前半22分にもファウルを犯し、繰り返しの違反による警告。前半35分には金崎夢生選手の岩政大樹選手に対する無謀なチャレンジへ警告。そして後半16分、名古屋の中村直志選手が相手の進行を後方からのファウルチャージで止めたものに対して警告。手によるホールディングが皆無ではなかったが、著しく悪さを感じるものはなかった。選手も分かっていたし、審判団も分かっていた。

 昨シーズンと同じ轍は踏みたくない。バランスを取る手、相手との距離を測る手などはホールディングの反則ではない。逆に露骨でなくても、相手の進行を止めたり、ボールに向かうチャンスをつぶすようなものであれば、警告の対象だ。正しい判定を求めている。

 FKやスローインを規則通りに行う。これも目標だ。前半33分、名古屋のスローインがファウルとされたとき、選手は今後さらに気を付け、同時に審判も正しく判定するようになるだろうと感じた。ただ、近くの選手にボールを投げるときには、まだぎこちなさが見える。

 後半20分、小川佳純選手のファウル。笛が鳴った直後、興梠慎三選手がファウルの場所と異なったところからボールを蹴ったため、西村主審がプレーを戻させた。その結果、野沢拓也選手の素晴らしいFKから得点が生まれた。正しい位置からのFK。これもスタンダード通りだ。しかし、もう一瞬早く笛を吹く方が良かっただろう。鹿島のクイックFKは外に流れ、大きなチャンスに結び付かなかった。鹿島が勝手にFKを失敗したにもかかわらず、審判がもう一度チャンスを与えたようにも見える。名古屋の選手は納得していたが、失点となったこともあり、良いイメージとはならない。

 ファウルをした選手が謝りに行き、倒れている相手に手を差し伸べるシーンが至るところで見られた。リスペクトあふれる行為であり、スタンダード通りだ。良いイメージを広く発信できたと思う。FKをもらったとき、大きなジェスチャーで警告を求めるような行為は警告の対象だと説明していたが、この試合ではまったく見られなかった。

 一方、スタンダードとは離れるが、ケネディ選手絡みのチャレンジが多いことが気になった。すべてがファウルにはならなかったし、前半42分には逆に鹿島の岩政選手がファウルを取られたが、前半だけで5つのチャレンジがあった。ポストプレーも含め、背の高い選手をプレーのターゲットとすることが増えるのだろうか? 選手の身長差によるファウルの見極めの難しさ(背の高い選手の腕は低い選手の顔付近にいくことが多い。また、腰の部分の接触の高さも違う)、周りとの感じ方の違いもある。

 ジェフユナイテッド千葉オーロイ選手という204cmの長身選手が加入したという。柏とのちばぎんカップでは、これまでにない制空権争いがあったと聞く。事実、この試合唯一の得点はオーロイ選手の肩に手をかけたファウルによるPKであった。ターゲットプレイヤーを感じながらのレフェリングも、今シーズンの見どころかもしれない。

 富士ゼロックススーパーカップで、もう1点。PK戦に入ったとき、鹿島のGKである曽ヶ端準選手が、ボールが蹴られるまで必ず右足をゴールライン上に残していたことはうれしかった。08年の同大会で起きた、PKのやり直しに起因する混乱は今でも苦い思い出である。一番厳しいなと感じた楢崎正剛選手の1本目。それであっても、映像にははっきり映っていないものの、左足の一部がライン上にあるように見える。

 世界を見ると、まだまだGKの飛び出しに対する理解、判定は甘い。ここは日本が1つも2つも進んでいるところである。これ以外のすべてにおいても、正しいサッカーが展開できるよう、そしてそれが世界をリードできるよう、まずはJリーグからスタンダードをしっかり守っていければと思う。

[写真]2011年シーズン幕開けを告げる富士ゼロックススーパーカップを担当した西村雄一主審

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