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No Referee,No Football

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上手の手から漏れた水(判断の遅さが招いた判定ミス)
[J1第27節 大宮vs川崎F]

 2-2の引き分けに終わった大宮アルディージャ川崎フロンターレ。試合後、両チームのサポーターから岡田正義主審ら審判団に対するブーイングが起き、判定に納得いかない大宮の選手が岡田主審に抗議するなど後味の悪いゲームとなってしまった。

 最初の重要な判定は前半21分にあった。大宮の金澤慎選手がペナルティーエリア外から強烈なミドルシュートを放つと、シュートはクロスバーの下を叩いて真下に落ちた。ボールが完全にゴールラインを割っていたかどうか微妙なところだったが、岡田主審はノーゴールと判断。オフサイドラインを監視していた岡野宇広副審はゴールラインの真横からボールの落下地点を見極めるには間に合わず、岡田主審の位置からも判断は難しい場面だった。

 ボールの投影面の一部でもラインにかかっていれば、得点とはならない。この場面のテレビ映像をひとコマひとコマ止めて確認したが、斜め横からの映像とゴール裏からの映像では、ボールが完全にラインを越えていたかどうか判断するのは難しい。判定ミスとは言い切れないし、もしかすると素晴らしい判定だったかもしれない。しかし、選手やファンが試合後に不満をあらわにしたのはこのプレーだけが原因ではない。

 前半44分、川崎Fの黒津勝選手がペナルティーエリア内で倒された場面。川崎Fの選手はペナルティーキックをアピールしていたが、ノーファウルは妥当な判断だった。岡田主審はプレーを近くから監視しており、この場面は正しく判定できた。しかし、試合が後半に入り、終盤に差しかかってくると、徐々にミスが増え始めた。

 後半41分、象徴的なシーンかあった。川崎Fのカウンターから横山知伸選手がゴール前に抜け出そうとしたところで鈴木規郎選手に倒される。鈴木選手は後方から左手で横山選手の左の脇腹あたりを抑えた。ペナルティーエリア内でのホールディングのファウル。川崎Fにペナルティーキックが与えられるべき場面だったが、岡田主審は笛を吹かなかった。

 このプレーの直前、大宮にCKのチャンスがあった。そのCKのセカンドボールがペナルティーエリアの外側にこぼれたところで大宮の選手がファウルを犯す。FKを獲得した川崎Fは素早くプレーを再開。一気に前線へロングボールを蹴り、これに反応した横山選手が鈴木選手の前に体を入れ、相手ペナルティーエリア内に進入したところで交錯したのだ。

 岡田主審は展開の早さに付いていけず、完全に遅れていた。横山選手が転倒したとき、何が起きたのかはっきり分からなかったため、岡野副審の方を見やる。しかし、岡野副審からは反対サイドのペナルティーエリア内で起きたプレーであり、鈴木選手の左手の動きは横山選手の体に隠れ、完全に死角になっていた。これを岡野副審が見極めるのは難しい。岡田主審がしっかりとプレーに追い付き、適切な距離から判断しなければならなかった。

 実はこのシーンにつながる川崎FのFKは、ボールが動いている状態で蹴られていた。川崎Fの選手には焦りもあったのだろう。ボールは静止していなかった。FKが正しく行われていない以上、これはやり直しとならなければならない。岡田主審もボールが止まっていないのは見えていたはずだ。しかし、見えていたにもかかわらず、判断が遅れ、そのままプレーを流してしまった。岡田主審はこうした場面では細かくやり直しを命じるタイプの審判だっただけに、なおさら意外だった。

 本来であれば、しっかりボールをセットさせた上で、自分はすぐに前方に走っていき、センターライン付近にまでポジションを移動させ、次のプレーに備えておくべきだった。早いリスタートからのロングボールで大きく展開が動いたとはいえ、ボールが蹴られてから横山選手が倒されるまでは約7秒間あった。素早い動き出しをすれば、正しく判定するためのポジションへ移動する時間は十分にあった。

 FKのやり直しをさせる余裕もなく、動き出しのタイミングも遅い。2-2の同点で、試合時間も残り5分を切っていた。試合の流れを考えれば、川崎Fの選手がリスタートを急ぐのは分かっていたはずだ。そうした選手たちの意図も読めなくなっていたのだろうか。

 Jリーグの審判員に定年制はない。07年まで1級審判員の定年は50歳となっていたが、審判の評価制度やフィットネステストなどがしっかり確立されたこと、また年齢差別は正しくないということで、廃止した。定年制廃止の適用第1号となった岡田主審は今年5月で52歳となった。審判の能力を年齢で計るべきではない。能力があれば50歳を過ぎても現役を続けていいし、能力が低ければ50歳に達していなくても一線から退くべきだ。

 岡田主審もフィットネスレベルは決して低くない。鉄人レフェリーだ。Jリーグの審判は毎回のトレーニングや試合でハートレイトモニター(心拍計)を身に付けており、岡田主審の数値もトップレフェリーの範囲内に入っている。しかし、持久力は鍛えることで、ある程度持続できても、スプリント力や動き出しの早さは、年齢を重ねるにつれて落ちていくことは否めない。

 こうした瞬発力の低下や動き出しの遅れは、判断にも悪影響を与えるのではないだろうか。最初の一歩が遅れ、スプリント力がないため、プレーに追い付かず、適切なポジションで見ることができないから正しく判断できない。岡田主審の動きを見ると、動き出しの一歩を踏み出す判断自体も遅れ気味になっているのかと思う。

 若いレフェリーによくある課題として、一生懸命走り、ひとつひとつの判定は正しいにもかかわらず、選手マネジメントがうまくできず、結果としてゲームが壊れてしまうということがある。一方で、経験あるレフェリーは1試合の中でいくつかの判断ミスを犯しても、選手への対応がうまいため、信頼関係を築くことができ、多少のミスは選手も受け入れ、ゲームコントロールがスムーズにいく場合もある。

 岡田主審は経験あるレフェリーだ。98年のフランスW杯でも笛を吹いている。何か起きたときの対応力や選手とのコミュニュケーション能力はとても高い。しかし、そのベースとなる判定があまりにも間違っていたら、選手も納得できなくなる。この試合でも岡田主審は毅然とした態度で選手に接していたが、そこに信頼関係はなく、選手の不満ばかりが募る試合となってしまった。とても残念だ。

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