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伝説のPKストッパー…驚異のPK阻止率の“秘密”に迫る:前編

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2016年10月2日のバレンシア対アトレティコ・マドリー戦。GKジエゴ・アウベスは2本のPKを止めた

 今夏より母国のフラメンゴでプレーするGKジエゴ・アウベス(32)はリーガ・エスパニョーラ史上最高のPKストッパーとして“伝説”を残した。07年からアルメリア、11年からはバレンシアのゴールを守り、48回のPKのうち実に22回をストップ。驚異のPK阻止率の“秘密”はどこにあるのか。PKの真実とは何なのか。蹴る側と止める側、双方について英紙「フィナンシャル・タイムズ」が総力取材。大型ルポルタージュとして展開した。以下、「クーリエ・ジャポン」より抜粋し、前編・後編に分けて掲載する。

From Financial Times (UK) フィナンシャル・タイムズ(英国)
Text by Murad Ahmed


 2016年10月2日、リーガ・エスパニョーラで驚くべき記録が達成された。

 バレンシアは本拠地のメスタージャ・スタジアムで、同じくスペイン最大のチーム、アトレティコ・マドリーと対戦していた。前半終了間際、スコアは0-0だったが、審判がアトレティコにPKを与えた。双方のサポーターから拍手と抗議の声が沸き起こった。

 大観衆が見守る中、フランス代表FWでもあるスター選手、アントワーヌ・グリーズマンは腰を屈めてボールを拾い上げた。

 グリエーズマンの身長は175cm。この金髪のストライカーは、他の選手と比べても背が低く華奢な体つきだ。だが彼は相手チームの守備陣の間に隙間を見つけて、その隙間を通るように蹴ったボールを変化させ、ゴールに叩き込む技術にかけては世界最高とも称される選手だ。その技術で、EURO2016において彼は母国の準優勝に貢献し、「ゴールデンブーツ(得点王)」ならびに最優秀選手賞(MVP)を獲得している。

 PKはどれも与えられたものだ。約11m離れたところから自由にシュートをするのだが、邪魔する相手はゴールキーパーしかいない。それゆえ一流のサッカーチームでは、PKの成功率は75%に達する。

 しかし、試合開始から44分経過したこのとき、グリエーズマンはイライラしている様子だった。「彼の顔を見ると分かるよ。すべて彼の顔に書いてあるから、見てみればいい」。この日、グリエーズマンの前に立ちふさがっていた31歳のブラジル人キーパー、ジエゴ・アウベスはのちにこう語った。鮮やかなグリーンのジャージに身を包んだアウベスには、自信があったのだ。

 それはヨーロッパのトップリーグで最高のPK阻止率を挙げた男が持つ自信だった。計算法により異なるが、彼のPK阻止率は50%を超えるという。

 実際、これまでアウベスは世界最高のキッカーによるPKを止めてきた。その相手は、クリスティアーノ・ロナウド(2回)、リオネル・メッシ、ジエゴ・コスタ、イバン・ラキティッチ、マリオ・マンジュキッチ……挙げていけばキリがない。

 双方の選手たちはペナルティーエリアの後ろに下がり、キッカーとキーパーだけがペナルティーエリア内に残った。それからキッカーがペナルティースポットにボールを置くまでの、わずかな時間が重要なのだ。この間、キーパーがストライカーに話しかけてはいけないというルールはない。

「グリエーズマンは前にもPKを失敗しているんだ」とアウベスは語った。「あのとき、『今度も失敗したらひどい目にあうだろうね。そのプレッシャーは理解できるよ』と彼に言ってあげたんだよ」。審判がホイッスルを吹くと、決定的なアクションは一瞬で完了する。

 グリエーズマンはボールに向かって走り寄る。アウベスはゴールライン上でシミーダンスを踊っているかのように体を揺らしている。グリエーズマンが左足の内側でボールを強く蹴り上げる。ボールは高速でアウベスの右側を襲った。アウベスはバネのように弾け飛び、体全体が地上すれすれになった。伸びた左腕がボールに触れ、ゴールの外に弾き出した。

 5万5000人の観客が絶叫した。アトレティコのディエゴ・シメオネ監督は手を叩いて悔しがった。「あのシュートを止めたあと、1週間は肩が痛かったよ」。アウベスは静かな笑みを浮かべながら話した。

 まだ終わらない。試合後半にアトレティコは再びPKのチャンスを得た。今度のキッカーは「ガビ」というあだ名のMF、ガブリエル・アリーナスだ。ガビはアウベスの逆を突くつもりで、シュートを左側に柔らかく蹴った。だが、ボールは簡単に止められてしまった。そのときのガビは「こうなることは分かっていた」とでも言いたげな表情をしていた。

 この一戦を終えて、アウベスはリーガ・エスパニョーラでダントツとなる通算PK阻止記録を達成。その数は19となった。バレンシアは公式サイトで“11mの伝説”としてアウベスの偉業を称えた。

 バレンシアの練習場は、市の中心部からオレンジの木が立ち並ぶ道路に沿って車で20分ほどのところにある。ある冬の朝、トレーニングを終えたばかりのアウベスと落ち合った。

 リオデジャネイロで生まれたアウベスはブラジルの数百万の少年たちと同様に、サッカーに夢中になって育った。11歳のころ、病気でステロイド治療を受けた。

「すると体重が増え始めて太っちょになった。それでキーパーをするようになったんだ。学校で試合がある前の日、親がこう尋ねてきたんだ。『だれがゴールキーパーをするの?』。だから正直に『僕だよ』と答えた。するとみんな笑うんだ。それで僕は、どんなシュートでも必ず止めるようにしたんだ。試合のあと、みんなで祝ってくれるからね」

 こうして身につけたシュート阻止能力は、アウベスの体重が落ちたあとも変わらなかった。18歳になると、彼はブラジルでトップのクラブチームであるアトレティコ・ミネイロに加入した。その後スペインに渡り、リーガ・エスパニョーラのアルメリアに移籍し、さらにバレンシアに移籍した。

 アウベスにとってPKは「心理戦」だという。

「もし試合がPK戦にもつれ込んだら何が起こるか、ということを試合前にシミュレーションしておくようになったよ。何通りかのストーリー、何通りかの状況をね。でもそれだけでなく、その瞬間に、キッカーの考えていることや、緊張の度合いなども知りたいと思っていた。だから相手キッカーに話しかけて何かを感じ取り、予想通りに相手が蹴るかどうかを探ろうとしていたんだ」

 こうして多くのサッカー選手は、PKを蹴る前に自分たちの心を読んでいるように見えるアウベスの能力を恐れるようになっていった。

「メッシの同僚のネイマールやクリスティアーノ(・ロナウド)の同僚のマルセロといったブラジル人の仲間に話しかけると、自信のなさそうな顔をするよ。みんな私にシュートを打つときどうやって蹴ればいいか聞いてくるんだ。ネイマールやマルセロは僕のトリックに気づいてないんだね」

 彼の阻止率は、トップクラスのサッカーリーグでの平均阻止率25%をはるかに超えている。ドイツのウェブサイト「トランスファーマーケット」によると、アウベスは46回のPKのうちほぼ半数の22回を阻止しており、これは同程度の数のPKを受けている一流キーパーたちの中でも一番の阻止率だとのことだ。

 PK戦では、PKに慣れていない選手が120分の試合で疲れ果てている状態でキッカーを任されることも多い。そんな選手でもPK戦できっちりとシュートを決めるための秘訣はあるのだろうか。そこで「PKの神様」とも呼ばれ、1986年から2002年までプレーしたサウサンプトンで数々のPKを成功させたマット・ル・ティシエを取材することにした。

 彼がPKに臨むときの姿勢は、記者の予想以上に計算されたものだった。「私自身、必ず決められると思っていました。PKの機会があると私はいつもキッカーを志望していましたし、その点でも少し有利にスタートできたでしょうね」。こう語るマットは、どうしてPKが得意になったのだろう。

「同じクラブのユースチームのキーパーをゴールに立たせて、PKを阻止するたびにバイト代を出す、という練習をしていました。たしか1回PKを阻止するごとに、10ポンド紙幣(当時約2000円)を渡すようにしたのです。そのお金は効果があったようで、キーパーは必死になって止めようとしていました。私も身銭を切りたくはなかったので、この練習はPKを決めるという自分に対するプレッシャーにもなりました。そうしないと一文無しになってしまいますからね」

 ル・ティシエはゴールポストの1ヤード内側を狙って速いボールを蹴り込む練習をすることで、自分の技術に磨きをかけた。そんなシュートに手を届かせるために、キーパーはボールを蹴る前の早い段階でどこに飛ぶかヤマを張る必要があった。だが、そうなると事態はさらにマットにとって有利になった。なぜなら、彼は「ボールとキーパーを同時に見る」という不思議な能力を持っていたからだ。

 ボールを蹴る直前、彼は目の焦点を「ボールの4mくらい前」に合わせていたという。

「ボールの前を見ることで、同時にキーパーも見ることができます。そうすると、キーパーのポジショニングがどこにあるのか、どのような体勢になりつつあるのか、重心はどこにあるのか、ということを感じ取ることができるのです」

 どのサッカー選手も、ゴールのどちら側だとボールを蹴りやすいか、という「ナチュラルサイド」を持っている。利き足が右のキッカーのナチュラルサイドはゴールの左側で、利き足が左のキッカーではゴールの右側がナチュラルサイドとなる。ナチュラルサイドに蹴り込むと、キッカーの足は自分の体の前を横切るような動きをする。この動きにより正確にキックできると同時に、簡単にボールに力を乗せることができる。

 だが、利き足が右のル・ティシエは自分のナチュラルサイドとは逆側、つまりキーパーの左側に、自分の体を開きながらボールを蹴り込むのを好んでいた。もしキーパーが早く左側へ動いていることに気づくと、彼はとっさに蹴る方向をナチュラルサイドに変えることができた。

「逆は無理です。初めにキーパーの右側に蹴り込むと決めておいて、途中で気が変わって反対側へ蹴り込もうとしたら、おそらく膝の靱帯を切ってしまうでしょう」

 ル・ティシエはサッカー人生を終えるまでに、49回のPKのうち48回でゴールに成功している。これはプレミアリーグの中で、そしてサッカーの歴史の中で、今でも一番の記録だ。

▼後編はこちら
★記事全文は「クーリエ・ジャポン」よりご覧ください

(c)The Financial Times Limited 2017. All Rights Reserved. Not to be redistributed, copied or modified in anyway. Kodansha is solely responsible for providing this translation and the Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.

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