beacon

開幕戦で1試合7発から一転、沈黙。ブラサカの澤穂希・菊島が流した「涙」の理由

このエントリーをはてなブックマークに追加

取材に応じる菊島宙

[9.16 東日本第2節 埼玉T.Wings 0-0 松戸・乃木坂ユナイテッド]

 試合終了のホーンが鳴っている最中でも、菊島宙(そら)はシュートを打ちに行った。0-0のまま迎えたラストワンプレー。開幕戦で7発決める離れ業をやってのけたFP菊島はあきらめきれないように右足を振りぬいたが、ボールは相手DFにあたった。応援に来た関係者にあいさつした菊島は、うつむいたままそっと瞳に手をあてた。

「泣いた理由ですか? 点が取れなかったですし、チームも勝てないし、試合終盤には監督(父・充さん)から『宙(そら)、時間ないんだよ』と言われて。時間がないのはわかっていたんです。わかっていたのに言われたので…」

 わきあがってくる苛立ちを「ゴール」という形で解消したい。しかし相手の術中にはまり、それが叶わなかった。松戸・乃木坂ユナイテッドは日本代表でも守備で期待される寺西一がいて、菊島に角度のないところからシュートを打たせてGKが正面でキャッチできるよう、徹底して両サイドに追い込まれた。そこで菊島はDFが2、3人いるような場所でも強引に突破をはかったが、寺西らが体を当てて止めに来て何度も転倒。男女の体力差は簡単に埋まらないが、それでもふがいなく感じた菊島は、自分に対する怒りが涙となって頬を伝った。

「はっきりいって(余力が)ほとんど残っていなかった。(日本代表でチーム主将の)カトケン(加藤健人)さんから『そら、そら』とコールされても、パスする余裕がなかったです」

ドリブルする菊島に大声で指示を出す父・充さん(中央)

 監督として試合を見守った充さんは冗談も交えながら、こう言った。

「7点とった前回(2日)は試合後、焼肉に連れて行ったんですよ。ハットトリックできたときはいつも『ご褒美』みたいにそうするんです。でも今回の帰りの車は反省会です。とにかく体力がない。『試合後に泣くぐらいなら、ちゃんとやれよ』って。宙に対して、サッカーに限って言えば、障がい者としては接していません。『それを言い出すなら(サッカーを)やめてしまえ』ぐらいの気持ち。でもその厳しさに対して反抗してきたことはないし、そういう意味では強い子だと思います」

試合後、取材に応じるまでの約20分で涙がすっかり乾いた菊島は、同じ八王子盲学校に通う日本代表の黒田智成を引き合いに出し、次の試合に気持ちを切り替えた。

「次、とらないと黒田(智成)先生に追いつかれてしまう。毎試合点を取れたら気持ちいいし、泣くこともないので……」

 同じ日に4得点をあげ、通算6得点と急接近した日本代表戦士に無邪気にライバル心をのぞかせた16歳。ゴールを決めた後の笑顔が一番似合う。

(取材・文 林健太郎)

●障がい者サッカー特集ページ

TOP