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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:グリーン・ラプソディ(帝京長岡高)

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「頑張り屋さんの学年」の3年生を中心に全国ベスト8まで勝ち進んだ帝京長岡高

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 グリーンのユニフォームを纏った選手たちが、長い影の伸びたグリーンの芝生へ崩れ落ちる。小さい頃から一緒にボールを蹴ってきた“仲間”とのラストステージへ、静かに幕が下りていく。キャプテンの小泉善人は前を見据えながら、自らの想いを口にした。「自分たちの代は中学校の時から『弱い弱い』と言われてきたので、反骨心というか、そういう沸々としたものを湧かしてきた3年生だと思います」。古沢徹監督も「頑張り屋さんの学年」と表現する、帝京長岡高の3年生たちが勝ち獲った全国ベスト8という立派な勲章は、常に抱えてきた“反骨心”と“意地”の結晶だった。

 3年生はキャプテンの小泉善人、長渡彗汰小池晴輝。2年生は吉田晴稀谷内田哲平晴山岬。大会を通じて不動だったスタメンには、6人の長岡ジュニアユースFC出身の選手が名前を連ねる。「ずっと一緒なので、もう家族みたいな感じですし、仲間を通り越して、もっともっと良い関係になっていると思います」と“後輩”の晴山が笑えば、「ずっと一緒にやってきているので、そこで敬語とか使われても逆に気持ち悪いです(笑)」とは“先輩”の長渡。彼らを包む雰囲気は、少しチームを観察していればすぐにわかる。

「やっぱり中学年代に(長岡)JYがあって、上下関係はそこからないので、高校に入ってきてからも、そういう流れにJY以外の選手も乗っかってくる感じです」(小泉)。彼らの日常にはそのノリが端々に滲む。2回戦の試合後にターゲットとなったのは3年生の梨本夢斗。新潟市内のFC五十嵐ジュニアユースで中学時代を過ごした彼は、「新潟の方の高校に行こうかなと思っていたんですけど、ヨシヒトは中学の時に県トレセンで一緒にやっていて仲が良かったですし、『ここに来れば全国大会に出られるかな』と思って来ました」と電車通学を決断した選手だ。

 大会史上最長となる19人目までもつれた旭川実高とのPK戦。4人目で登場した梨本のキックは、相手GKにストップされてしまう。再び回ってきた15人目ではきっちり成功させたものの、チームメイトが“4人目”の失敗を見逃すはずもない。ミックスゾーンで梨本に話を聞いていると、つかつかと近付いてきたのは“JYコンビ”。長渡が無表情でマイクに見立てた右手を突き付ければ、谷内田は「俺らのおかげで負けなかったんだからな」とニヤリ。これには梨本も「ナガトは同級生ですけど、テッペイは一応後輩です(笑) 上下関係はまったくないですね」と苦笑い。学年を超えた仲の良さは、この一連からも十分に窺えた。

 ただ、今の3年生は決して順風満帆に進んできた世代ではない。「中学校の頃はクラブユースとか高円宮杯とかで全国に出れたんですけど、全部1回戦負けでした」と明かした長渡は、「高校1年の時も『オマエらはヘタクソだ』って言ってずっと走らされたりもしていましたね」と言葉を続ける。その1年時からコンスタントに公式戦へ出ていたのは小泉ぐらい。むしろ、まだ中学3年だった谷内田や晴山が出場機会をもらい、プリンスリーグのピッチで躍動する。

「1個上も強いと言われていましたし、試合では常に1個下の人数が多くて、悔しい部分は凄くありました」。小泉が語った想いは、おそらく彼らの学年が抱え続けてきたジレンマだったに違いない。だが、同じグラウンドで肌を合わせているからこそ、後輩たちの実力も十分に理解している。「生意気なので『2年生の方が先輩なのかな?』ってたまに思う時もありますね」と笑ったキャプテンも、「それでもやっぱりいいヤツらですし、助けてくれますし、そういう所では信頼できる、頼もしい2年生だと思います」と言い切れるだけの時間を重ねてきたことは、このチームの大きな強みになっている。

「ヨシヒトだったりナガトだったりが後ろから声を掛けてくれて、自分たちを自由にやらせてくれているので、それが攻撃陣としては一番大きいと思いますね」。“呼び捨て”なのはご愛嬌。1回戦でハットトリックを達成し、2回戦でも1ゴールを積み上げた晴山は、守備陣の“先輩”へ言及しつつ、中学時代からのパートナーでもある“先輩”への想いを隠さない。「自分は2トップを組んでいるコイケに点を凄く取らせたくて、まだコイケが点を取れていないのは自分の責任ですし、自分の力不足が原因なので、自分が取ることも大事ですけど、しっかり点を取らせて、最後は3年生を笑顔で終わらせたいなと思っています」。

 3回戦の長崎総科大附高戦は、岡山から長岡の地へ渡ってきた2年生の田中克幸が終了間際に劇的な決勝点を叩き込み、準々決勝へと勝ち上がる。帝京長岡にとって今までの全国最高成績は、小塚和季(現・大分トリニータ)を擁した6年前のベスト8。それはそのまま新潟県勢の最高成績にも重なる。「さっきも『嬉しくねーよ』とか『当たり前だよ』みたいに言っていた選手もいるんですけど、3年生はそういう学年なので、素直に受け入れないというか(笑) 。でも、心の中ではニコニコしていますし、そういうみんなの笑顔が見られたのは良かったと思います」。小泉がロッカールームでの様子を教えてくれる。「まだ新潟県はベスト4に行ったことがなくて、次に勝たないと今日勝った意味がなくなってしまうので、しっかり勝てるように頑張りたいと思います」と力を籠めたのは梨本。『弱い弱いと言われてきた代』が“史上最高”に王手を懸ける。

 サッカーの神様は、時として柔和に微笑み、時として冷徹に顔を背ける。埼玉スタジアム2002への切符を巡る、尚志高とのクォーターファイナル。まず帝京長岡は先に後者の表情に魅入られてしまう。前半22分。「パスを出そうと遠くを見たけど、近くが見えてしまって、一瞬迷った」小泉が最終ラインでボールをかっさらわれると、そのまま相手に先制点を奪われる。彼の安定感を考えれば、にわかには信じがたい形での失点。選手たちは円陣を作り、再度自分たちのやるべきことを確認する。

 後半は帝京長岡が圧倒的にペースを握ったが、1点が遠い。14分に小池が掴んだ決定機はGKに弾き出され、長渡が放った19分のミドルはクロスバーに阻まれる。さらに終了間際の38分には“長岡らしい”崩しで細かくパスを繋ぎ、小池がシュートまで持ち込むも、DFをかすめてサイドネットの外側へ。40+2分に谷内田が枠へ収めたシュートもGKのセーブに遭い、しばらくしてから試合終了を告げる笛の音が耳に届くと、グリーンのユニフォームを纏った選手たちが、長い影の伸びたグリーンの芝生へ崩れ落ちる。『弱い弱いと言われてきた代』の冒険は、“史上最高”に並んだ所で終焉を迎えることとなった。

 少しだけ目を赤くした長渡は、すっきりとした顔で取材エリアに入ってきた。失点シーンを問われると、毅然とした口調で言葉を並べる。「ヨシヒトのミスってみんな思うかもしれないですけど、アイツがいなかったら絶対ここまで来れなかったし、別にそれはみんな全然気にしてなかったです」。話していく内に“仲間”への感謝が溢れてくる。「テヅカも最後までああやって頑張ってくれていたし、3年生はユメトもコイケも、交替で入ってきたトウジとかヒナタも最後に自分を出せたと思うし、やりきったと思います。自分たちの代はずっと『弱い弱い』と言われていて、『絶対見返すぞ』という気持ちでずっとやってきて、そういう意味では『弱くてもできるんだぞ』っていうのを後輩には見せられたと思うし、あとはアイツらなら絶対に日本一を獲れると思うので、頑張ってもらいたいです」。“後輩”へエールを送り、去って行く長渡の背中には、確かな“やりきった感”が漂っていた。

「最後にコイケのシュートが入ったかなと思ったんですけど、良いブロックをされてしまって…」。トータルで4得点を挙げながら、大声でチームを鼓舞するなど、躍進を最前線で牽引した晴山については、キャプテンも「2年生ではミサキが一番自分の声に反応してくれるんです」と、その姿勢を評価していた。「3年生は『弱い弱い』って言われていて、その反骨心で頑張っていたのかなという部分は凄く感じていたんですけど、最後は自分たち全員が学年関係なく1つになって戦えたので、そこはこの1年間での成長だったかなと思います」。

 全国の舞台では今まで以上に一体感を感じただけに、仲間を通り越した“家族”との別れに実感は湧いてこないようだ。「なんか毎日会ってた人と急に会わなくなるというのは、凄く不思議な感じもありますし、『寂しいな』という感じもあるんですけど、そんなことは言ってられないですね。自分が最高学年になって、チームを引っ張っていかなきゃいけないので、それは胸に置いて1年間やっていきたいなと思います」。“先輩”から未来を託された晴山にとって、最後の1年はもうスタートを切っている。

 語り落とせない3年生の名前は、古沢監督から発せられた。「小泉と副キャプテンの土岡を中心に、みんなで本当に一生懸命やってきた代ですので、そういう部分では頑張り屋さんの3年生だったかなと思います」。土岡優晟。JY出身の背番号1。チームのキーマンとも言うべき副キャプテンは、2年生守護神の猪越優惟を献身的に支える姿が印象深い。とりわけ2回戦では、いつ終わるかも見えない壮絶なPK戦の中で、懸命に“後輩”を鼓舞していた。

 小泉は絶対的な信頼を口にする。「自分は大雑把なんですけど、細かい所はいつもユウセイがやってくれて、自分が言えない所も言ってくれたんです。中学から自分がキャプテンでアイツが副キャプテンで、いつもずっとそばにいて、2人でチームについてああだこうだ言ってきたので、チームを創っていく中でユウセイの存在は一番大きかったかなと思います」。1回戦の高知西高戦では、残り15分でピッチサイドに現れた土岡が、猪越との交替でゴールマウスへ走って向かうと、応援スタンドから大きな歓声が上がっていた。出場機会は限られていても、彼の存在がこのチームにとってどれだけ大きなものだったかは、知っておく必要があるだろう。

 しっかり話せる小泉の周囲にはこの日だけではなく、常にメディアが幾重にも連なっていた。気丈に失点シーンを振り返りつつ、長渡の言葉を伝え聞くと、盟友への想いが口を衝いて出る。「ナガトは部屋もずっと一緒で、中学校から一緒にサッカーしたり遊んだりしてきた仲間なので、そう言ってもらえるのは頑張ってきた甲斐があったなと思います。アイツとは『保証された試合は明日だけだ』という話をしていて、『最後まで楽しまないと俺らじゃないし、それでもまだまだ一緒にやりたい』とも言ってくれたので、今日は勝てなかったですけど、最後に2人でコンビを組めたのは本当に嬉しかったです」。

 あるいはずっと試合に出てきたからこそ、同級生への感謝もより増していたのかもしれない。「自分たちの代は中学校の時から『弱い弱い』と言われてきたので、反骨心というか、そういう沸々としたものを湧かしてきた3年生だと思います。それでも3年生の力だけではここまで来られなかったので、1年生と2年生が付いてきてくれたのは本当に大きいですけど、それも3年生の人柄があったからかなと。ベンチの外で応援してくれた3年生の存在というのは本当に心強くて、メンバーとかメンバーじゃないとか関わらず、3年生には感謝しています」。

“長岡”と名の付くチームでのプレーには終止符が打たれる。「長岡は凄く温かい所で、本当にいろいろな周りの支えがあってできているチームだと思うので、そういう所から離れるのは少し寂しい気持ちがあります」。だからこそ、最後の選手権はとにかく楽しみたかった。「本当に3年間で一番幸せな時間でしたね。1年生の時は自分が体調不良で出られなかったですし、2年生の時も本当に苦しい想いばかりだったので、ベスト8止まりでしたけど、ここまで大会を通してみんなと戦えたのは幸せな時間でした」。そう話した小泉の顔にも、『弱い弱いと言われてきた代』のキャプテンとして、確かな“やりきった感”が浮かんでいたように思う。

 今の帝京長岡を取り巻く環境や、指導するスタッフ陣の熱量、育ってきている選手たちの質を考えれば、きっとそう遠くない日に“史上最高”を颯爽と塗り替える未来が待っているのではないだろうか。ならば、その時に思い出したい。『弱い弱いと言われてきた代』が見せてくれた雄姿を。『弱い弱いと言われてきた代』が与えてくれた勇気を。そして、『弱い弱いと言われてきた代』が教えてくれた諦めないことの大切さを。

 常に抱えてきた“反骨心”と“意地”の結晶。帝京長岡の3年生たちが勝ち獲った全国ベスト8という立派な勲章に、最大限の敬意と拍手を。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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