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J3今治内定の東海大10番FW武井成豪、「諦めかけていた」J挑戦が“ジャイキリ日本一”で現実に

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東海大FW武井成豪(4年=東海大高輪台高)

 大学日本一に輝いた東海大の10番を背負ったFW武井成豪(4年=東海大高輪台高)が今季、FC今治に加入することが決まった。今季特例の全国大会『#atarimaeni CUP』に進路未定のまま挑んだが、優勝に導いた活躍が評価されてキャンプ参加のチャンスを獲得。「楽しみでしかないので、自分がどれだけできるか出し切るだけ」という覚悟で臨んで見事にオファーを勝ち取った。

 大会直後には『ゲキサカ』の電話インタビューで「このまま最後の大会でも決まらなかったら、何かやりたいことを見つけて就活をし直そうと考えている。すでに諦めかけている状況だったけど、キャンプのお話をいただいてあらためてサッカーを続けたいと強く感じた」と決意を語っていた武井。まさにサッカー人生を続けるかどうかという瀬戸際から自身の未来を切り拓いた。

■「あの時期があったから…」
 そんな武井にとって、コロナ禍に見舞われた昨季は激動の一年だった。

 自粛期間の活動停止中には就職活動にも取り組んでいたが、サッカー面では負傷の影響もあり、シーズン序盤はチームの中心になれず。「パフォーマンスが出なくて、ベクトルを自分に向けることができていなかった」と語るとおり、全国大会出場をかけて臨んだ再開直後のアミノバイタル杯でも当初はベンチメンバーにさえ入れなかった。

 チームはその間、昨季3冠王者の明治大、関東2部所属の青山学院大を連破して全国大会に王手。準々決勝ではようやく武井に先発機会が訪れたものの、日本大に1-3で敗れてしまい、下位トーナメントに回る形となった。武井は当時の心境を「自分は出られないのに勝ち上がっていたあの時は一番キツかった」と振り返る。

 しかし、武井はここから奮起した。続く5位決定戦初戦の桐蔭横浜戦、0-2で迎えたハーフタイムにピッチに立つと、反撃の狼煙を上げる追撃の1点目をマークし、延長戦での逆転勝利に貢献。立正大との全国決定戦でも途中出場から逆転劇を演出し、見事に『#atarimaeni CUP』出場権獲得に導いた。

「試合に出られていると気づけないものも多いけど、出られない時期、うまくいかない時期にどうするかを意識してきた。大学生は時間もあるし、昨年は自粛期間もあったので、自分一人で考える時間が多かった。投げやりになりそうになる時もあったけど、このままじゃダメだなと思えた。あの時期があったから、ここまで来ることができた」。

 その後、東海大は神奈川県リーグで全勝優勝を成し遂げ、昇格決定戦も突破して1年での関東2部リーグ復帰を達成。下級生に置き土産を残すという義務も果たし、良い流れで年明けの『#atarimaeni CUP』に臨むこととなった。

■「一人ひとりがしっかり取り組めた」
 そうして迎えた最後の全国大会。チームは昇格決定戦で接戦が続いていたこともあり、「自信があったかといえばあったとは言えない」という状態だったという。それでも初戦で鹿屋体育大を破って手応えを深めると、2回戦ではアミノ杯のリベンジに燃える明治大をPK戦で撃破。3回戦ではアミノ杯で敗れていた日本大を下し、県リーグ勢史上最高のベスト4入りを果たした。

「多くのプロ内定者がいるチームと対戦して、通用しない部分もあったけど、できるという部分はあった。そういう強い相手とやれて楽しかったし、もっとこういう相手とやって勝ちたいという欲が出てきた」(武井)。

 徐々に頂点を見据えるようになったチームは準決勝の順天堂大戦に勝利した後も満足せず、「まだ腰が引けているし、これじゃダメだよなとみんなでケツ叩いて、勘違いしないようにやっていた」(武井)。そして決勝の法政大戦では、前半こそ後傾姿勢を受け入れたが、後半は持ち味のハイプレッシャーで相手を圧倒。セットプレーで奪った先制点を守り切り、1-0での勝利に持ち込んだ。

「うまい相手に対して引いたら自分たちは何もできない。みんなが走れるので、走れるなら前から行こうよということでやってきた」という持ち味を発揮しての日本一。「動員でスタンドから見ていた試合に自分が立っているんだなという驚きで、実感はあまりなかった」という武井にとっては自身初の全国制覇となった。

「昨年、関東リーグに落ちたときに試合に出ていたメンバーが大半だったので、悔しい思いを持ってチームを始めて、すべてを変えないといけないと思った。私生活も見直そうということで、一人ひとりがしっかり取り組めた。普段の走り一つにしてもラインまでしっかり行こうとか、練習でも簡単にシュートを打たれる選手がいれば要求し合ってきたし、サボっていたら試合に出られなくなる。厳しくやってこられたことが優勝の要因だった」。

■「見ている人に何かを与えられるような選手に」
 この大会の活躍でプロへの扉を開いた武井自身も、このチームにいることで成長できたという手応えがあるという。

 これまで大和田ジュニアーズ、グランデFC、東海大高輪台高と「ボールを大事に攻めていこうというサッカーをやっていた」が、東海大は走力を活かした堅守速攻型のスタイル。個人としての適応しなければならないだけでなく、他大学の選手からも「いろいろな言葉を言われることもあった」という。

 だが、将来を見据えて「これから上に行きたいなら、“これしかできない”という選手はダメ。どのサッカーでも自分の良さを出せるようにならないとはいけないし、どんな監督でも良さを出せるようにならないといけない」と決意。「自分が前線から体を張ってプレーすることで、後ろのみんなにそれを感じ取ってもらい、チームの意識づけになる」という現在のプレースタイルに行き着いた。

 そこにはもちろん、かつてのチームでの経験も生きていた。「中学校、高校までは考えてサッカーをすること、『相手がこういう状況だからこうだよな』ということをずっと言われてきた。いまでも自分がドリブルすれば食いつくからここが空くとか、相手が寄ってきたからこっちに行けるとか、そういった意識をすることができている。周りの指導者、チームメートに恵まれてきたので恩返しをしたい」と感謝を語る。

 そうして挑む新たなステージでは、最後の大会では発揮し切れなかった武器も表現していく構えだ。「ゴール前の駆け引き、マークを外す動きには自信があって、前を向いてボールを受けられれればドリブルや仕掛けも得意。そういうところもできるし、なおかつ泥臭く頑張れるというところを売りにしていきたい」。無得点に終わった『#atarimaeni CUP』の課題も活かし、ストライカーとしてプロの舞台に挑む覚悟を見せる。

 そんな武井が目指すのは「見ている人に何かを与えられるような選手」だという。「自分のプレーを見て感動したとか、自分も頑張ろうと思ったと言ってもらえることが一番うれしいし、そういう人たちのためにサッカーをやってきた。プロになっても、そういうところを表現していきたい」。まずは四国・今治の地で新たな挑戦がスタートする。

※学校の協力により、『#atarimaeni CUP』の大会後に電話で取材をさせて頂きました
(取材・文 竹内達也)

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