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東北サッカー復興の狼煙(4)~ベガルタ仙台ホームゲームで見られた復興への強い思い

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 3月11日に発生した東日本大震災から東北のプロ、アマチュアサッカーチームの復興に向けての動きを伝える連載「東北サッカー復興の狼煙」第4回目は前回に引き続き、ベガルタ仙台を取り上げる。川崎に劇的勝利を挙げた仙台は、ホームスタジアムであるユアテックスタジアム仙台で4月29日浦和戦、5月3日福岡戦と2試合ホームゲームを行った。震災から50日以上が経過し、ようやくJリーグの試合が実現したスタジアムの内外は、復興への強い思い、サッカーのある風景を取り戻した喜びで満ちあふれていた。そしてその思いは、選手達をも突き動かしていった。

 浦和戦が行われた4月29日。この日から全線開通となった仙台市営地下鉄は泉区内に入ると、地上の高架橋上を走り、泉区の風景を眺めることができる。そして終点の泉中央駅に入る手前で、試合開始を待つユアテックスタジアム仙台を間近で見ることができる。震災前はそれが当たり前の光景だったが、震災後49日間、泉中央駅から台原駅での区間は運休となり、その「当たり前の光景」は奪われていった。地下鉄でユアスタに通う仙台サポーターはこの日ようやく、その「当たり前」を取り戻した。

 そうした光景が戻ったことに喜びながら、泉中央駅の改札口を出ようとすると、ベガルタ仙台と共に、野球の東北楽天ゴールデンイーグルス、バスケットボールの仙台89ersを支援する仙台プロスポーツネットが掲げた大きな文字のポスターが目に入る。ポスターの文言の一部を紹介しよう。「仙台へようこそ!ホームゲームにもようこそ!私たちはずっとこの日を待っていた」「我々は負けない。もちろん、今日の試合にも」「忘れられないシーズンにしよう」「あの時からくじけることはなかったのだと、子供たちに伝えようじゃないか」。仙台のプロスポーツチームを応援する人達や、関係者がこの文言を見て、胸が熱くならないはずがない。スタジアムの外で、既に試合への高揚感が高まったサポーターも多いことだろう。

 スタジアムでの試合前のイベントも、震災から立ち上がろうとする街の特別なイベントだった。29日浦和戦の前は陸上自衛隊による吹奏楽演奏が行われた。「明日があるさ」「どんな時も」などの曲を演奏する中、スタジアムのヴィジョンに映し出されたのは、自衛隊の今回の大震災における復旧・復興活動だった。自衛隊員ががれきの中を捜索する姿、人々を救い出す姿、避難所で炊き出しやお風呂などの支援をする姿……スタジアムに集まったサポーターも、そうした自衛隊員の姿を、多かれ少なかれ見てきている。改めて被災地を思う気持ち、震災復興に尽力している自衛隊員への感謝の気持ちは高まったことだろう。

 5月3日福岡戦前には、この震災で活躍の場を失われた人達が、様々なパフォーマンスを披露した。全国コンクールへの出場の夢を絶たれた仙台市立八軒中学校合唱部・吹奏楽部の演奏と、中止になった仙台青葉まつりで披露される予定だった伝統芸能「すずめ踊り」が披露された。こうしたイベントもまた、被災地を思う気持ちを強くするものであった。

 こうして、スタジアム内外で試合前から、サポーターの気持ちは大きく高揚させられていった。選手が入場すると、いつにも増しての大声援が選手を包んだ。29日浦和戦前、仙台サポーターは氣志團の曲「Swinging NIPPON」を替えた「Swinging SENDAI Forever」という歌詞のチャントを「Standing SENDAI Forever」という歌詞に替えて歌った。「立ち上がる」という強い決意を持った歌声が、スタジアムをさらなる高揚感で包み上げた。

 かくして、かつてない熱狂の中、浦和戦と福岡戦は行われた。試合結果はご存じの通り。浦和戦では、ゴールラインを割るかもしれないボールを諦めずに追い続けたMF梁勇基のクロスから、MF太田吉彰のヘディングシュートが決まって1-0で勝利。福岡戦ではCKのチャンスで、1回倒されたFW赤嶺真吾が諦めずに立ち上がり、DF鎌田次郎が折り返したボールに対し、福岡GK神山竜一に競り勝ってヘディングシュートを決めて再び1-0で勝利。なお、赤嶺は前半早い時間帯に既に左足首を捻挫していたが、後半交代するまで、全く痛い素振りすら見せなかった。サポーターのかつてない程の高揚感に選手も応えないわけにはいかなかった。絶対に諦めない、痛みも堪えて全力プレーを見せる、そうした姿勢がいずれの試合も勝利に結びついた。今回の震災への悲しみ、サッカーを取り戻せた喜び、いろんな感情が交ざったホームスタジアムで行われた浦和戦、福岡戦、2つの試合は最高の結果に終わった。

 今後は気持ちだけで勝てる試合は続かない。今見せている堅守を維持しながら、より得点力をアップしていかなければ、仙台の手倉森誠監督が目指す「上位に居続ける」ことはできない。さらに6月には、ユアスタの照明故障の関係で、平日昼間のゲーム2試合が待ち受ける。暑さの中での昼間の試合というだけでなく、観客動員が望めず、ホームのサポーターの後押しが少なからず減ることが予想される中、それでもチームには勝利が求められる。今後は、リーグ戦再開後ある程度固定されてきたスタメン以外の選手の奮起も望まれる。幸い、大卒ルーキーFW武藤雄樹がC大阪戦でベンチ入りを果たすなど、若手の押し上げも見られてきた。5月末頃からは、現在負傷離脱中のFW中原貴之、FW柳沢敦も続々と復帰する予定だ。今後の難局を乗り切るには選手全員の力が必要だ。

 手倉森監督は浦和戦前「復興の先頭に立って進んでいく使命と、本当により高みを目指すチームになるための意志を本気でピッチの上で示そう」と選手に語ったという。その使命と意志をクラブに関わる全ての人達がずっと持ち続けることが、ベガルタ仙台の一番の課題と言えるだろう。

(取材・文 小林健志)
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