beacon

「名護のために」「何が何でも勝ちたかった」…大サプライズ起こした名護、那覇西をPK戦で下して全国初出場!!:沖縄

このエントリーをはてなブックマークに追加

PK戦の末に勝利を収めた名護高が全国初出場!!

[11.11 選手権沖縄県予選決勝 名護高 0-0(PK4-3) 那覇西高 黄金森公園陸上競技場]

「名護のために」。その思いを共有させた彼らは、根底に潜むハングリー精神を大舞台で引き出し、大会最多17度の優勝を誇る那覇西高を破って初優勝という大サプライズを起こした。

 第102回全国高校サッカー選手権の沖縄県予選決勝が開催された11日は小雨模様。その光景に「自分たちにとってはチャンスだと思った」と、名護高の比嘉洋介監督は那覇西戦に向けたプランニングを遂行する意志を固めた。

 比嘉監督はJFA公認A級ジェネラルコーチライセンスを持つ石川広武前監督の右腕として5年前から母校のコーチとなり、今年から指揮官に就任。両雄が中心となって名護を一から鍛えあげ、石川監督が求むポゼッションサッカーは磨かれていった。チームは主に地元選手で構成されており、幼少の頃からサッカー熱の高い地域で鍛錬してきた。2003年のU-15全国フットサル大会で比嘉祐介(元横浜FMなど)を擁し準優勝に輝いたことのある名護市の大宮中は、3年前の県総体で準優勝しており、その後九州大会の舞台も踏んだ選手たちは今、名護高の主力メンバーとなっている。

 その一人がワイドストライカーのFW比嘉秀彩。50m6秒台の脚力を生かしチーム内でカウンターの起点となる彼は、誰よりも「打倒・那覇西」を誓っていたと話す。「大宮中の優勝を阻んだのが小禄中で、そこから那覇西に進んだ選手も多くいる。高校に上がってからも那覇西は自分たちにとって大きな壁。その相手とこの決勝で最後の戦いができる。何が何でも勝ちたかった」と、執念を燃やしていた。

 その選手たちの思いを汲んで決勝に臨んだ比嘉監督は、このときのためのプランニングを実行に移す。

「私が4月に就任してから選手たちに伝えたことは、『ひとつのやり方だけが正解ではない』ということ。他校から見ても『名護=ポゼッションサッカー』というイメージはここ数年でついていて、だからこそ相手はポゼッションの対策を練ってくる。それで術中にはまることもあったので、『つなぐだけじゃなく前に蹴っても良いんじゃないか』と」。

 ポゼッションサッカーに固執せず複数の戦術を併せ持って、相手に合わせた戦術を選択することで主導権を握る。就任後すぐにアップデートを施した比嘉監督の考えは、今までの名護のイメージを覆す「リトリート」で今大会31得点の那覇西高の攻撃を消す作戦に打って出た。

 戦い方を共有し、十分な覚悟を持って決戦に挑んだ選手たちは、堅守速攻型の5-2-3のシステムを敷き、序盤から繰り出す那覇西の波状攻撃に我慢の時間が続いた。ただ、この試合を前に地元大学の名桜大と実践練習を積んで準備をしてきた名護は、相手の攻撃を冷静に対処。自陣で相手を囲い込む、球際に激しく向かっていく姿勢を貫いた。それでも雨で水分を含んだピッチは那覇西の球足の早いパスワークを生みだし翻弄される場面も。それでも、腕章を巻くGK松瀬真之介がシュートストップを見せ、そのたびに轟く松瀬の声は確実に選手を後押した。

 そして、何よりも警戒したのがDFラインとGKとの間だった。中盤まで下がるFW頭山亮太のくさびのプレーでポケットへの進入を狙う那覇西の攻撃。それを抑えるため、名護は途中からシステムを5-3-2にし、中盤を厚くすることで頭山に対しマークをつけて起点潰しを徹底した。その術中がはまり、もどかしい状況の那覇西の攻撃を裏返し、比嘉秀彩が起点となる一貫としたカウンターで少ないチャンスをモノにしようとする名護という画が次第に見られるようになる。ただそこは那覇西もチャレンジアンドカバーでしっかりと対応し、簡単には自由を与えなかった。

 後半も終盤に差し掛かるころ、「もしも晴れていて、暑くなっていたら体力は持たなかったと思う」(比嘉監督)というスタミナ面も、雨天の環境でパフォーマンスは大きく崩れることなく、絶えず球際へ激しく向かう名護の守備は勢いを増す。それでも攻め切る姿勢の那覇西はCKなど再三セットプレーを得て高さ勝負に挑む。しかし、ハイボールに対しても強さを見せたGK松瀬が牙城を崩さなかった。

 80分で決着つかず、さらに延長戦もスコアレスで終わり、疲弊した選手たちが挑んだ決着のPK戦。5人目まで3対3でサドンデスに突入し6人目、先行の那覇西がネットを揺らせず。そして「足はもう棒になっていた」と、ロングキックを蹴り続けたGK松瀬が気迫十分にゴールネットを突き刺し、ついに両者の鍔迫り合いは解かれた。

「名護のために勝ちたかった」と、終始体を張った守備を見せたCB桃原泰空は答える。それは「名護高ではなく名護市」という意だという。名護の地でサッカーを続けてきた誇りを胸に育ててくれた人たちの前で、そして次代を担う地元の子供たちの前で勝利を届けたいという思いを募らせた彼らは、何度も跳ね返された難敵の壁を前に打ち克つ姿をしっかりと見せた。秘めたポテンシャルを発揮させた「名護のために」というその思いは、ついに全国の舞台で披露される。

(取材・文 仲本兼進)

●第102回全国高校サッカー選手権特集

TOP