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ソーシャルフットボール元日本代表GK原田が引退へ。戦い続けた男が捉える次なる「戦い」

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ゴールマウスを守る原田洋行

[9.8 ソーシャルフットボール全国大会決勝 エストレージャあいち2-1Espacio](丸善インテックアリーナ大阪)

 精神障がい者がプレーするフットサル、「第3回ソーシャルフットボール全国大会」は愛知県代表のエストレージャあいちが前回大会覇者である千葉県代表・Espacioを2ー1で下して初優勝を飾った。

 Espacioは大会連覇を目指してきたが、あと一歩及ばなかった。試合終了を知らせるホイッスルが広大なアリーナに響き渡ると、悔しさをにじませたまま立ち上がれないEspacioの選手たち。そんな中、GK原田洋行は淡々と目の前の現実を受け入れていた。戦いを振り返った原田の声は静かで優しかった。

「結果的に全国大会で2位ですから、『十分に素晴らしい結果だ』と言って構わないはずですが、我々はこの結果に満足をしていないのです。なぜなら、我々は前回大会と同様の『優勝』、『連覇』という結果を目指して、この2年間を戦ってきたからです」

 「優勝」と「連覇」――。この明確で困難にも映る目標を逃した原田はその総括として自らやチームに矢印を向けて話を続けた。声とは対照的に、その表情は厳しく、額をつたった汗は原田の目尻を通り過ぎようとしていた。

「ただ、私はこの2年間の努力というものが全て無駄だったとは思ってはいませんし、本当に悔しい。最後の最後で優勝を逃してしまったのは、我々の努力があと少し足りていなかったということ。本当に悔しいので、今後はもう一度チームをしっかりと作っていかなくてはいけませんね」

 Espacioのサッカーは極めて集団的。大会の頂を目指す中、本能と本能が激しく衝突するようなシーンも目立ったが、Espacioはボールを大切に扱って、チーム全体でボールを動かしていく。ボールを失えば、チーム全体で奪い返しにいく。チームの最後尾からきめ細やかな声を掛ける原田を中心にコート内に飛び交うポジティブなコーチングの声の数や質の高さ、コミュニケーションの多さは大会でも傑出していた。そのスタイルを支えているのは時間を掛けて歩みを進め、丁寧に、平等に、時に陽気に積み重ねてきた信頼関係だ。

「私たちは障がい者なのですが、障がい者同士ではお互いに障がい者としてではなく接していこうと決めています。もちろん、それぞれに『特性』を持っていますが、そのあたりを理由にせず、平等に接することを最も大切に考えています。サッカーのような集団競技で最も大切なのは『チームワーク』ですからね。我々は普段から仲が良いので練習後の食事や飲み会が定例になっているんですよ(笑)。最初は来ない仲間もいたけど、次第に集まっていった。練習も楽しくて、そのあとも楽しく過ごして、それぞれの仕事や生活へ戻っていくという流れがあるので。その意味でチームというものは『ゆりかご』なんだなと思いますね」


 納得はせずとも、そんな仲間たちと戦った3回目の全国大会。その頂こそ逃したが、44歳の原田だからこそ見える「次の世界」とはどのようなものなのかについて聞くと原田は希望に満ちた表情でこう話した。

「我々Espacioはソーシャルフットボール界の開拓者的な立場を担ってきました。現在のチームは常時20人弱の選手が在籍していますが、昔はそうではなかった。そして、昨今ではソーシャルフットボールプレーヤー人口が劇的に増加しているのですが、まだまだ受け皿が足りていない現状もあります。我々も沖縄県に住む選手を招いていたこともあるくらいで……。だから、私はソーシャルフットボールの普及活動に力を入れたいと。JSFA(日本ソーシャルフットボール協会)の理事を務めさせていただいている1人でもありますので、プレーヤーとしては…もう限界を感じてしまったので(笑)、第一線を退かせていただき、指導であったり、競技の普及を含む、理事としての業務に力を入れていきたいと考えています」

 Espacioや日本代表GKとして日本のソーシャルフットボールを牽引してきた原田が捉える次の世界とは、ソーシャルフットボールを通した「ソーシャルインクルージョン」(一般社会との交流、参加)への挑戦だ。

「ソーシャルフットボールを通じて、Espacioの一員として、社会の中に溶け込むことができる障がい者を1人でも多く輩出していけたら、と本当に強く思います」

 プレーヤーとして最前線で戦い続けた男が持つ多くの経験や様々な知見は今後のソーシャルフットボール界の財産となるだろう。コートの中での戦いを終え、原田はまた新たな戦いへ歩みを始めた。

(取材・文 神宮克典)

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