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ベンチからチームを支えた「目立つの大好き」なムードメーカーが流した涙。明秀日立GK小泉凌輔に湧き上がった日本一の感情の行方

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明秀日立高GK小泉凌輔(3年=鹿島アントラーズノルテジュニアユース出身)はチームメイトのゴールに派手なガッツポーズ

[8.4 インハイ決勝 桐光学園高 2-2(PK6-7)明秀日立高 花咲スポーツ公園陸上競技場]

 ベンチやアップエリアから大声が聞こえてくれば、だいたいその声の主はビブスを着ている189センチの長身GKだと思ってもらって構わない。味方のゴールには、点を決めた選手以上のガッツポーズを繰り出し、アップ中でもカメラを向けられたらポーズを取ってみせる。ゴールマウスには“後輩”が立っているのだ。悔しくないはずがない。それでも、その男は常に自分にできることと真摯に向き合っていた。

「自分はサブに回ったんですけど、サブの関わり方が全国大会では大切だとわかっていたので、出ている人が思い切りプレーできるように、ポジティブな声掛けを意識しました」

 堂々と日本一に輝き、真夏の主役をさらった明秀日立高(茨城)の絶対的ムードメーカー。GK小泉凌輔(3年=鹿島アントラーズノルテジュニアユース出身)が時にはナチュラルに、時には意識的に作り上げていったチームのポジティブな雰囲気が、この最高の結果に与えた影響は絶対に見逃せない。

 明秀日立のサブメンバーたちは、とにかくにぎやかだ。選手たちはベンチに座っていても、アップエリアにいても、常にピッチの選手たちへさまざまな声を掛け続ける。そして、その中心にはいつだって、他の選手より頭1つ分ぐらい背の高い小泉の姿がある。

「勝ちたいという気持ちはみんなあると思いますし、試合に出ている人だけで戦っているわけではないので、ああいうふうに声を出しました。まあ、自然にやっていました(笑)」(小泉)。

 今シーズンはケガの期間が長かったこともあり、公式戦には1つ下の後輩のGK重松陽(2年)が出場することが多く、今大会に入っても準決勝までの5試合すべてで重松が先発フル出場。小泉に出番は回ってきていなかった。

「チームの代表として出ているので、『頑張ってほしいな』という想いがありましたし、出ているのは重松で、自分が出ていないということをちゃんと受け入れて、チームの結果が良くなるような働きを意識していました」。複雑な心境を押し殺しながら、あれよあれよと勝ち進んでいくチームのために、明るく振る舞い続ける。

 日本一の懸かった桐光学園高(神奈川1)との決勝でも、そのスタンスは変わらない。明秀日立は先に2点を先行したが、そのどちらのゴール時も歓喜の輪へ全速力で駆け寄ると、スコアラーより派手に報道陣のカメラへガッツポーズを決めてみせる姿に、見ているこちらも思わず笑ってしまう。

 印象的なシーンがあった。2-2で突入した運命のPK戦。大勝負に向かう重松と、大塚義典GKコーチと、3人で集まっていた小泉は、“後輩”を笑顔で勇気付ける。「良いライバルがいて、毎日隣でできているのは自分にとってもプラスのことが多いです」と話す重松もやはり笑顔。日頃から同じトレーニングを積み重ねてきた彼らの絆が垣間見えるような、そんなワンシーンだった。



 日本一を勝ち獲った試合後。表彰式が始まる少し前。小泉は突然あふれ始める涙を、押しとどめることができなくなった。あまりに唐突な出来事に、そのキャラクターも相まって、チームメイトたちは大笑いしていたが、その感情を本人はこう振り返っている。

「嬉しさもあったんですけど、悔しさもあって、泣いちゃいました。日本一はもちろん嬉しかったんですけど、『ケガがなければ自分が出ていたかも』という想いが大きくて、そこは凄く悔しかったんです」。

 3年生にとっては、高校最後の夏の全国大会。静岡学園高に勝ち、青森山田高にも勝ち、世間から注目を集めていくチームの中で、自分に出場機会が来ないであろうことは、もう大会前からわかっていた。笑顔でチームを盛り上げ、大声で仲間を鼓舞し、勝利をフルパワーで喜んでも、どこかに悔しさが引っ掛かっていないはずがない。

 もしかしたら自分でもその涙の意味は、よくわからなかったのかもしれない。だが、その複雑に絡み合った感情が、きっとこの先の未来へと歩み出していくためには、必要なものであることも、また間違いない。




 泣き止んだ小泉は「よくわからないですけど、何か選ばれたのでやりました」と、部長のDF若田部礼(3年)の次に優勝カップを『掲げさせられて』いた。それに対して、お約束の“スルー”で応えたチームメイトも、彼の貢献度はもちろんちゃんとわかっている。そんな一連にも明秀日立が日本一を逞しく手繰り寄せた要因の1つでもある、確かな一体感が垣間見えた。

 ここからも、たった1つしかないポジションを競い合う日常が待っている。この夏を経たからこそ、小泉の決意も今まで以上に固まったようだ。「選手権は3年生で最後の大会なので、何が何でもポジションを取り返して、チームを勝利に導けるようなゴールキーパーになりたいです。そのためにも、もう一度初心に戻って、練習から厳しくやっていきたいと思います」。

 日本一の“控えGK”から、日本一の守護神へ。次こそは、オレが、必ず。小泉は今度こそ全国大会のピッチに立っている自分をイメージしつつ、大きな体躯から大きな声を出し続けながら、日々のトレーニングへ真摯に向き合っていく。

アップ中にカメラ目線でガッツポーズを繰り出す小泉。最強のムードメーカーだ


(取材・文 土屋雅史)
●【特設】高校総体2023
土屋雅史
Text by 土屋雅史

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