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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:取り戻す(三菱養和SCユース・後閑己槙)

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三菱養和SCユースの元気印、DF後閑己槙(2年=クリアージュFCジュニアユース出身)

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 一度は“不合格”を突き付けられたチームに、あえて戻ってきたのだ。自分にできることを全力でやらない理由なんて1つもない。絶対に戻してやる。我々が居るべきステージへ。我々が誇るべき立ち位置へ。そのためにだったら、今持っている力のすべてを捧げてみせる。

「個人の目標はプリンス1部昇格で、それはチームの目標でもありますし、養和は2部にいていいクラブではないので、早く強い養和を取り戻さなくてはいけないですし、自分が養和に戻ってきた意味を結果で示さないといけないと思っています」。

 街クラブの雄として知られる三菱養和SCユースを心から愛する、アグレッシブな右サイドバック。DF後閑己槙(2年=クリアージュFCジュニアユース出身)が携えている強烈な磁力は、きっとチームを進むべき方向へと導いていくはずだ。


 新チームで初めて挑む公式戦となった東京都クラブユースサッカーU-17選手権の決勝リーグも、最終戦となる3試合目。2連勝を飾っている三菱養和ユースが対峙するのは、年代別代表選手も数多く揃えたFC東京U-18。19番は左腕にキャプテンマークを巻いて、ホームグラウンドのピッチへと歩みを進めていく。

「今シーズンは楠本達彦がキャプテンなんですけど、先週の試合後にインフルエンザになって、キャプテンがいないFC東京戦だったので、『アイツのためにも』という気持ちもありましたし、『自分がキャプテンマークを巻いたから負けた』とは意地でも思われたくなかったですね」。チームの副キャプテンながら、腕章を託された後閑は気合十分でキックオフを迎える。

 だが、試合開始直後からすぐさま相手にペースを握られると、前半9分にはイージーミスから先制点も献上。「相手の強度、スピード、パワー、それは普段我々がやっているレベルではなかったから、選手がもう面食らっちゃったし、そこで変なミスから失点して、『ああ、まだこんなレベルなんだな』というのは立ち上がりから感じていましたね」と今季から5年ぶりにユースの指揮官に復帰した増子亘彦監督も序盤の戦いぶりを振り返る。

「見てもらってもわかる通り、FC東京さんの方が全然レベルが高いですし、1つ1つの個のところも違いますし、プロサッカー選手により近い人たちとの差をメチャメチャ見せつけられましたね」。後閑の言葉はおそらくチームの共通認識。大きな差を体感しながらも、三菱養和ユースの選手たちは少しずつそのレベルへとアジャストしていく。

 凌いで、凌いで、1点差のままで迎えた前半43分。“ホームチーム”に絶好のチャンスが訪れる。相手陣内でスムーズにボールを繋ぐと、MF中村圭汰(2年)が右サイドへ浮かせたパスへ、オーバーラップしていたサイドバックが突っ込んでくる。

「もう『来るかな』っていう感覚ですね。仲間を信頼している部分もありますし、ディフェンダーですけど点を獲りたい気持ちが一番にありますし、味方の動く位置やスペースを認知して、行くべきタイミングで前に出るのが自分の良さだと思っているので、そこで出ていって、もう触るだけでした」。

 後閑がボレーで叩いたボールは鮮やかにゴールネットを揺らす。「自分はビッグゲームになればなるほど燃えるタイプで、そういう時に点を獲れるタイプだと思っているので、素直に嬉しいですね」。応援席へと駆け出したスコアラーは、ひとしきり大声で吠えてみせると、いとこの子どもがお気に入りだというパフォーマンスで自身をアピール。「今シーズンはそれをやろうかなと思っています(笑)」と言い切る明るさも、何とも“養和っ子”らしくて微笑ましい。

 指揮官もそのゴールを苦笑交じりに振り返る。「まあ出来過ぎだったんじゃないですか。普段の練習ではあんなの見たことないけど(笑)。でも、前に行く推進力のある子なので、その良さをチームのオーガナイズの中で出してあげられればと思いますね」。前半終了間際の1点で、チームが大きな勇気を得たことは間違いない。

 後半も苦しい展開は変わらない。だが、三菱養和ユースはセンターバックのDF高橋大稀(1年)とDF大石優生(2年)を中心に、相手の攻撃を粘り強く防ぎ続けると、31分にはMF岡新大(2年)が、41分にはMF今井颯大(1年)が続けてゴールを奪取。「点を獲ってくれた前の選手に『ありがとう』と言いたいですね。本当に助かりました」と後閑も口にしたように、少ないチャンスをアタッカー陣が生かし切り、終わってみれば3-1で勝利。23日に西が丘で開催される決勝戦へと駒を進める結果となった。


 だが、彼らの中に慢心はない。「自信には繋げてほしいと思うけど、それが過信にはなってほしくないし、実際に今日も試合をやりながら、自分たちが積み上げていかないといけないことなんて山ほど出てきていて、攻撃でも守備でもセットプレーでも、そういうことが出たのは凄く良かったです」という増子監督の言葉に続き、後閑も「シンプルに勝ったことは嬉しいですけど、1人1人の体格も、上手さも、頭の良さも全然違って、『このままじゃダメだな』という気持ちは正直ありました」と話している。

 2023年シーズン。三菱養和ユースはプリンスリーグ関東1部を戦っていたが、思ったように白星を積み重ねられず、結果は最下位で2部へと降格した。

「プリンス1部で全然通用しなかったとは思っていないですけど、細かいところの技術の差はありましたし、ザ・高校サッカーみたいなチームにも打ち勝てなかったわけで、競り合い1つもそうですし、そういう強さのベースを去年は出し切れなかったので、それを作った上で、自分たちの良さである技術や連携をうまく出せたら、今年は良いチームになると思います」(後閑)。

 今季の目標はハッキリし過ぎるほど、ハッキリしている。「去年も自分はずっと出させてもらっていたのに、結果としては2部に落としてしまったので、今年はより責任を持ってやらないといけないですよね。僕たちは明確に昇格しないといけない代で、それが達成できると本気で思っていますし、それぐらいパワーを出せる良い代なので、それを自分が引っ張っていきたいです」と後閑もこの代の果たすべき使命を公言する。

 だからこそ、この日の試合で満足しているわけにはいかない。それは個人としても同じこと。「『代表を目指す』なんてことを言うのはまだまだおこがましいですけど、それぐらいの気持ちでやっていかないとプロサッカー選手にはなれないと思っているので、今日はFC東京さんの選手に違いを見せられましたし、まだまだ足りないところだらけで、自分の良さをもっとどこで出すのかも考えていかないとなと痛感させられた試合でした」。シーズンの最初で味わったトップレベルとの差を、ここからどれだけ縮めていけるかは、そのままチーム力の向上へと直結していくことになる。


 試合中に送り続ける大声の指示。ゴールを決めた時の咆哮やパフォーマンス。大人ともしっかり話せるパーソナリティ。後閑が見せる数々のそれは、このクラブに脈々と流れているような、いわゆる“養和らしさ”にあふれているが、そこに辿り着くまでの道のりには紆余曲折があったという。

「僕は小学校6年生の最初に『もっと上手くなりたい』と感じて、養和のスクールに入ったんです。そこで1年間やったことで、『もう養和のジュニアユースに絶対行きたい!』と思ってセレクションを受けたんですけど、絶対に受かる自信があったのに不合格で、それが自分の人生の中でも初めてサッカーで味わった挫折みたいな感じでした」(後閑)。

 非情な宣告に柔らかい12歳の心へヒビが入る。中学時代は都内の強豪、クリアージュFCでプレー。そこでは改めてサッカーの楽しさと奥深さに触れることになった。「クリアージュではメチャメチャ素晴らしい監督の下で良い指導をしていただいて、『オマエは養和に戻って見返してやれよ』と言ってもらっていたんですけど、僕は『養和から合格をもらって蹴ってやる!』ということを目標に頑張っていました」。

 地道に実力を培っていった後閑は、3年生になると改めて三菱養和ユースのセレクションを受験。重ねた努力が実った形で、今度は念願の合格を勝ち獲ってみせる。

「クリアージュの監督からの電話で知ったんですけど、今日の試合中と一緒でメチャメチャ吠えましたね(笑)。『見たか!』と。それでどうやって養和に一度は見切られた選手の想いを見せようかなと考えたんですけど、冷静に監督とも話して、養和なんて言うことのないぐらい素晴らしいクラブなので、『やっぱり養和でやりたいな』と思いましたし、いざ合格をもらったら『はい!行きます!』となっちゃいましたね(笑)」。このあたりにも素直な性格が垣間見える。後閑は3年越しのリベンジを見事に果たし、晴れて三菱養和の一員になったのだ。


 改めて三菱養和で日々を過ごす中で、後閑が特にこのクラブの強みだと感じている部分があるという。「小学生の頃からスクールに通っていても感じましたけど、コーチの質が凄いんです。メチャメチャ良いコーチの方ばかりで、みんな話し掛けてくれますし、サッカーを教えてくれることで人間性も鍛えられますし、その監督やコーチの方々の存在が一番大きいですね。『ここだったらサッカーが上手くなれるし、プロサッカー選手になるための育成をしてもらえるな』と思っています」。

 今季からユースに帰ってきた増子監督に対しても、既に強い信頼を寄せている。「増子さんとは今まで1回も関わったことがなかったんですけど、メチャメチャ良い人なのは伝わってきますし、勝たせてくれる人だとも感じているので、それに絶対応えようと思いますね。もう『増子さんのために』という気持ちもあります」。いきなりの公式戦3連勝も、チームにとっては確実に追い風となっている。

 だからこそ、今年は必ず望んだ結果を引き寄せる。「それこそ僕は養和を背負いたくてここに来たのに、去年は結果的にカテゴリーを落とす結果になってしまって、メチャメチャ責任も感じましたし、ショックも受けました。でも、僕にはまだ1年残っています。やっぱりJリーグの下部組織のチームを倒すのが養和の意義でもありますし、養和は絶対にプレミアにいないといけないクラブなので、何としてでも強い養和を取り戻さないといけないと思っています」。

 さらにその先には、自分の心のど真ん中に、ずっと掲げ続けてきている夢がある。「僕の小さい頃からの夢は鹿島アントラーズでプレーすることなんです。鹿島アントラーズファンの一家で、自分では鹿島の血が流れていると勝手に思っているので(笑)、まだまだそんなレベルにはないと思っていますし、まだまだ努力は必要ですけど、諦める必要はないですし、それに近付くために日々やるべきことをやっていることは、自信を持って言えると思います」。

 諦めない気持ちが何かを起こすことは、もう自分の経験がハッキリと証明している。養和らしさを全身に纏った、アグレッシブな右サイドバック。後閑己槙の発する大きなエネルギーがポジティブな化学反応を起こすたびに、自ずと望んだ成果は向こうから歩み寄ってくることだろう。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』

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土屋雅史
Text by 土屋雅史

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