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“J2のベンチ”からACL決勝進出の立役者に…横浜FMの歴史を変えたGKポープ・ウィリアム「自分で切り拓くのがサッカー選手の人生」

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GKポープ・ウィリアム

[4.24 ACL準決勝第2戦 横浜FM 3-2(PK5-4) 蔚山現代 日産ス]

 ゴール裏の大歓声が42番の背中に熱く向けられる中、万感の思いで繰り出した横っ飛びが横浜F・マリノスの歴史を切り拓いた。

 GKポープ・ウィリアムは両チーム成功が続いたPK戦の5人目、元JリーガーMFキム・ミヌのシュートに完璧なパンチングで反応。「ギリギリまで我慢して、自分を信じて、方向を決めて飛ぶだけ。意外にシンプル」。これが両軍キッカーに唯一土をつけるセーブとなり、29歳の守護神がクラブ史上初のACL決勝に導く立役者となった。

 データ勝負の要素が強いPK戦だが、ポープは事前のスカウティングよりも、自分の信念で勝ちにいっていた。

 松永成立GKコーチからはキッカーのデータを記した紙を受け取っていたというが、試合中のPKでは変化をつけられていたこともあり、「最後はデータよりも自分を信じてやります」と宣言。古巣対戦のMF天野純からも情報は入れ、FWマルティン・アーダームにはデータを活かした駆け引きを見せつつも、最後は自らの決断でキッカーと向き合った。

 そんな信念は止めた5本目だけでなく、止められなかった4本目との対峙でも実を結びかけていた。

 MFイ・チョンヨンはど真ん中のコースに蹴ってきたが、これは「最近トレンドみたいになっているので、どこかで一人は蹴ってくるだろうなと」予測していたもの。結果的には勢いのあるボールに手が滑ってしまい、「もったいなかった」と悔やむ形になったものの、微動だにせず立ちはだかる姿は、5本目の駆け引きを優位に運ぶのに十分な雰囲気を纏っていた。

 またこの日のポープの働きはPK戦だけでなく、展開が目まぐるしく入れ替わる120分間でも際立っていた。データサイト『Sofascore』によると、この一戦を通じたセーブ数は13。エリア内からのシュートを9本も止めており、独自レーティングでは2失点を喫したGKとして異例と言える「10点満点」を叩き出した。

 ポープ自身は「ありきたりだけど、来たシュートを止めることしか僕はできないので」と冷静に振り返り、「最後の最後まで粘り強く戦ってくれるチームメートに対し、誠心誠意やらなければならないという気持ちになっていた。頼もしかった」と同僚を称えた。だが、そこで事もなさげに口にした「日頃の積み重ねが本当にこの試合で出たと思う」という言葉からは大きな重みを感じさせていた。

 ポープの言う積み重ねの裏には、決して順風満帆ではないキャリアの経験もあった。

 2013年に東京ヴェルディユースからトップチームに昇格し、プロ12年目の今季は優勝候補の横浜FMで守護神に君臨しているポープだが、初めてJリーグでコンスタントに出場機会を掴んだのは川崎フロンターレからファジアーノ岡山に期限付き移籍した2020年。プロ8年目のことだった。

 また翌21年には完全移籍先の大分トリニータで初のJ1レギュラーを経験したが、年間を通してはわずか14試合の出場。翌22年からはJ2のFC町田ゼルビアに移籍し、昨季は31試合出場でJ1昇格に大きく貢献したものの、終盤は正GKの座を奪われる形で出場機会が激減しており、横浜FMへの移籍も他のGKの動向を受けてのものだった。

 それでも過去のキャリアよりも結果がモノを言うのがプロの世界。29歳の苦労人はACL準決勝というクラブ史上初の大舞台で、積み上げてきたものをこれ以上ない形で発揮してみせた。

「昨年の最後はJ2のベンチだった。苦しい時期もあったけど、でもその中でも自分を信じて、やり続けることでどんどん道は開いていくもの。自分で強い気持ちを持って、自分で切り拓いていくのがサッカー選手の人生。GKは4人いても1人しか試合に出られない。その中でもどれだけ自分を信じられるのか、どれだけ日々を大切に過ごしていけるのかがGKは大切。(19年に)川崎Fを出てから、(川崎Fで)本物のレベルを知れて、そこに追いつきたいとか、追い越したいとか、本当にその気持ちを持って、ここ5年くらいですかね。本当に毎日、地道にやってきた。そういったことがこの舞台につながってきたことが自分自身、感慨深いです」

 苦難もあったキャリアの記憶は、運命を分けるPK戦の最中にも頭をよぎっていたという。「今日のPK戦の中でもいろんなことを思い返しながら、あのPKを迎えることができた。悔しい思いだったり、つらい時期を乗り越えてきた自分自身のことだったり、そういうことが本当にパワーになった。今まで、頑張ってきて良かったなと思いますね」。延長PK戦を終えた深夜のミックスゾーンで、数多くの報道陣に囲まれながら静かに感慨をにじませた。

 もっともその一方、疲弊した苦闘を振り返る際には、揺るがぬプロ意識も垣間見せていた。ポープは終盤、プレーが切れたタイミングで足をつった仕草を見せており、濡れたピッチでハイジャンプを繰り出し続けた奮闘の跡を感じさせたが、この状況については「チームに迷惑をかけてしまった」と厳しく口にした。

「両足がつっていて、PKまで耐え切ればなんとかなるなという認識だった。でもそれは結構危ないというか、プレーに支障が出るくらいにゴールキックも全然飛ばなかったし、それでチームに迷惑をかけたと思う。こういうことはGKとして良くないことだし、僕の中では本当にあってはいけないことだと思っている。まだまだそういった準備とか、日々の過ごし方に改善できる部分があると思う。最後の砦が弱さを見せることは良くないことだと思っているので、改善しないといけない」。自身の活躍で勝利に導いた試合後であっても、妥協は許さなかった。

 こうした地道な姿勢はJ2で苦労が続いた日々の中でも、目の前にアジア決勝の舞台を控える立場になっても、変えるつもりはない。「(ACL決勝は)本当に大きな大会で、これを取るか取らないかでクラブの今後も変わってくる。でもそのプレッシャーを楽しみながら、どの試合も優劣をつけずに自分自身やってきたつもりなので、大きな大会だからといって特別なことをするわけでもなく、今まで積み重ねてきたことを愚直にやり続けるだけだと思っている」。アジア決勝の第1戦は5月11日。まずは先を見すぎることなく、中2日に迫るJ1次節・C大阪戦に向けての準備を進めていくつもりだ。

(取材・文 竹内達也)

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竹内達也
Text by 竹内達也

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