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愛媛を契約満了…慶大へ戻ったMF近藤貫太、人間教育の場で“1年生”からの再スタート

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 約10か月前にはJリーガーとして、ピッチへ立っていたその選手は、大学リーグのピッチではなくスタンドにいた。身につけた慶應義塾大のユニフォーム、背番号は80番。応援団の端に身を置き、黄色いメガホンを片手に声を張っていた。

 昨年12月に愛媛FCを契約満了になったMF近藤貫太(3年=愛媛)は今春に慶應義塾大へ復学。かつて慶應義塾大ソッカー部で11番をつけてプレーしていたMFが約3年ぶりに戻ってきた。現在はCチームへ身を置き、部内では“1年生”として仕事をこなすなどしているという。

 2012年に愛媛ユースから慶大へ進学した近藤。MF端山豪(現・新潟)の同級生であり、一学年上にはMF武藤嘉紀(現・マインツ)がいた。2013年には2年生ながら背番号11を背負っていたが、夏の総理大臣杯を最後に海外挑戦を決断。大学側が慰留するなかで意志は固く、大学サッカー界から姿を消した。しかし海外への交渉はまとまらずに2014年1月に“古巣”である愛媛FCへの入団が決定。大学を休学して、一転してJリーグ入りした。

 しかし1年目は13試合1得点に終わり、2年目の昨季は11試合1得点。昨年7月22日の金沢戦(1-1)で途中出場したのを最後に愛媛で出番はなかった。そして12月に契約が満了。退団が決まった。

 12月中旬、近藤は慶大の須田芳正監督へ契約満了になったと報告の電話をしたという。連絡を受けた指揮官は「一度会おう」と提案。直接会って話す中、近藤は「自分は出て行った立場だったので、簡単にここでプレーできるとは思っていないです。でもこのチームのために何かできることがあるのであれば、サッカーに限らずにやらせて欲しい」と思いを打ち明けたという。

 須田監督は「迷うことなくいいよと言いました」と当時を振り返り、「入れてくださいというのは勇気が必要だったと思う」と22歳の決断を思いやると、「それを許してあげられる社会じゃないといけないし、ここは人間教育の場だから」と胸中を明かした。

「ただサッカーをしようと戻ってくるのならやめたほうがいいとは言いました。もし戻るのならば、チームのために君が何をやるか、やるべきかは指導して話していくよと。そういうなかでもう一度やるのであれば戻ってきたらと言いました」

 その後に須田監督が慶大の総監督やスタッフ、4年生へ話を通し、近藤の復帰が決まった。近藤は「出て行った身ですが、ありがたいことに受け入れてもらいました」と感謝を口にする。

 とはいえ大学では3年生だが、ソッカー部内では“一年生からやり直す”というのに加え、Cチームからスタートという条件付き。指揮官は「上手いのは当たり前。サッカーがどうだとかではなく、期間は決めていないけど、Cチームでどう行動するか見ている」と言う。

 Cチームの指揮を取る福士徳文コーチに対して、「よく話して、人間教育をしてくれ」と頼んでいる。現在は1年生とともに仕事をこなし、加えてクラブハウス内のトイレ掃除などの雑務も今の近藤の役割の一つ。淡々と日々の仕事をこなしているようだ。

 Cチームでは下級生とのプレーも多くなるが、かつて慶應のエースだったMFは「皆が真面目なので自分も同じ目線でやっている。AもBもCも変わらず、ただソッカー部の勝利のために自分に与えられた立場で頑張るというだけ」と話した。近藤は今月14日に行われたIリーグの明海大戦にも出場。ハットトリックの大活躍で6-1の勝利に貢献している。ピッチ内外で果たすべき役割は多い。

 ここまでの数ヶ月、近藤の姿勢を見てきた指揮官は「今のところはしっかりやってくれているし、会えばよく話すし、意外と楽しそうにやっている。1年生とも仲良くやっている。そういうものを彼は持っているものがあるのじゃないのかな。人間的にいい青年だからね」と微笑んだ。だがトップチームで近藤がプレーする日がやってくるかどうかは不透明。須田監督は「彼次第だけど、そんなに甘くないし簡単ではない」と語気を強めた。

 近藤自身ももちろんそれは理解している。「それがチームのためになるならそうですけど、今は慶應が勝つためにというのを一番にやっているので。それがCチームだったら、Cチームのためにすればいいし、トップチームだったら、今日のように応援で関われることもあるし」と言う通りだ。あくまでトップチームにこだわらず、慶應義塾大ソッカー部全体にいかに貢献するかを念頭に置いているようだ。

 ハングリー精神の塊のようだったかつての姿とは、また違った近藤の姿がそこにある。「自分で言うのは変ですけど、試合に出てサッカーをするというところとは別で、組織の一員としてという気持ちの変化というか、そういうものは自分でも感じていますし、周りも感じてくれているといいなと思います」と恥ずかしそうに話した。

「戻してくれたチームへの感謝を感じていますし、信頼関係を築いていかないといけない」。そう話した近藤は、再びJリーグを目指すのか?という質問に少し考えてから口を開いた。「サッカーをやっている以上、後々は考えていきたいとは思っています。でも今はそこにいくのがゴールではなく、慶應のために戦った結果、そういうことがついてきたら、その時に考えたいです。今は慶應の勝利のために何ができるかということだけ考えて日々やっているので」とぶれずに語る。

 今は自らの夢や目標を一旦胸にしまい、組織のために出来ることを最優先にやっている。それは決して屈辱的なことではなく、必ず未来につながっていく。誰かのために一所懸命になる日々はいつか自分に返ってくる。慶應義塾大ソッカー部トップチームの一員として、再びプレーしたとき、かつては見えていなかった景色、仲間の顔がそこにあるはずだ。

(取材・文 片岡涼)
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