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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:“2番目”に最高の思い出(都立国分寺高)

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都立国分寺高は青空の下、西が丘のピッチを全力で走り抜いた

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 きっと忘れない。この日の芝生の匂いを。きっと忘れない。この日のベンチの感触を。きっと忘れない。この日のスタンドから見た景色を。「僕がいつも言っていることは『楽しもう』って。それが一番大事だと思っているので、今日は楽しかったですし、結果は勝てなかったですけど、3年間一生懸命やってきたことは本当に幸せだと思います」。そう言って、キャプテンの栗原龍信郎は笑顔を見せる。目指し続けてきた『西が丘』のピッチで、ベンチで、そしてスタンドで、都立国分寺高48期の高校サッカーはその幕を下ろした。

 2017年10月。清瀬内山運動公園サッカーグラウンド。選手権の都大会2次予選初戦で東京実高に敗れ、国分寺の47期は引退の時を迎える。「2年で出させてもらっていて、『もっと絶対できたのに』というのがあって、本当に悔いしかなかったです」と石原大地はその試合を振り返る。「去年の方が能力の高い子はたくさんいたんですよね」とはチームを率いる元木明監督。選手権予選を勝ち上がるのは簡単なことではない。頼れる先輩たちが抜ける不安と、自分たちがどこまでできるのかという期待。相反する気持ちを携えて、48期にとって最後の1年間はスタートした。

 もともと『西が丘から全国へ』を大目標に置いていたものの、新チームの立ち上げに際し、彼らは改めて『西が丘へ』という目標を掲げる。ただ、栗原が「もちろん目指してはいたんですけど、目標は目標であって、そんなにイメージは湧かなかったです」と話せば、石原も「正直に言っちゃうと、あまり『西が丘』を想像はしていなかったです」と明かす。その時の国分寺は、そういう立ち位置だったのだ。

 新チーム初の公式戦となったT3(東京都3部)リーグの順位決定戦を経て、初めての大会となる新人戦は3つの白星を重ね、創価高との準決勝に挑む。しかし、勝てば翌春の関東大会予選に出場できる大事なゲームで、2点を先制したにも関わらず、まさかの3失点を喫して逆転負け。翌日にクリスマスイブを控えた彼らは、新しい年へ向けた自分たちへのプレゼントを掴み損ねることになる。

 明けて2018年。48期にとっての高校ラストイヤー。「春先は割と良いサッカーをしていましたし、『そんなに悪くはないだろう』と思っていました」(石原)「今年のチームはコレといった特徴のある選手はいないんですけど、全員攻撃、全員守備が非常に良く徹底されていたので、手応えはありました」(元木監督)。冬場の厳しいトレーニングにも耐え、練習試合で実戦感覚を養いながら、チームをじっくりと創り上げていく。4月3日のT3リーグ開幕戦は、かえつ有明高と打ち合い、最後は3-3のドロー決着。悪くない感触も手にしていた。ところが、その後の彼らを待っていたのは大きな失望だった。

 高校総体の支部予選。同じ国立駅が最寄り駅。そこから北へ進む国分寺に対し、南に位置する都立国立高のグラウンドで同校と対戦した2回戦は、1点のビハインドを最後まで跳ね返すことができず、「為すすべなく普通に完封負け」(石原)。4月の時点で3年生に残されたトーナメントの大会は、最後の選手権予選だけになってしまう。

 この前後。チームの雰囲気は最悪に近かった。「ミーティングしても、とにかくヤバかったです。『どうすんの、この先?』『こんなとこで負けてたらマジでやってられなくね?』みたいな」と石原。3年生マネージャーの小松明日香も「みんなもその空気を感じていたし、私でさえ感じていたから、『どうなっちゃうんだろう?』って。本当に怖いなと思いました」と当時を思い出す。半年前に掲げたはずの『西が丘へ』という目標は、彼らの視界の先で遠く霞み、ほとんど見えなくなりつつあった。

 キャプテンの栗原は小さくない責任を感じていた。「僕は本当にキャプテンって柄じゃないんですけど、この代にあまりそういう人がいなくて… 自分が頼りない分、みんなに『キャプテンに頼っちゃダメだ』というのはあったと思うんです。いろいろ問題が発生して、うまく行かない時期があって、本当にそれはみんなもツラかったと思います」。窮地になればなるほど、組織も人も少しずつ本音が建前を上回っていく。「もう何回もチームを壊して、イチから作り直すという考えで、みんなで意見をケンカみたいな感じで言い合っていました」と栗原。様々な問題を内包しながら、48期は負けたら終わりの“真夏の選手権”へと突入する。

「本当に一発勝負」(元木監督)の1次予選。初戦はまだ蝉の鳴き声響く8月16日。3年間の汗が染み込んだホームグラウンドで、都立杉並総合高を3-1で下すと、立正大立正高には4-0で快勝。最後は都立石神井高にも2-1で競り勝って、2年連続となる2次予選への進出権をもぎ取ってみせる。元木監督が「国分寺の伝統で、インターハイが終わって3年生に『どうする?』なんて話は全然しないです。夏の合宿もみんなで行って、最後まで戦おうというのがウチなので」と語ったように、国分寺は基本的に3年生も選手権が終わるまで“現役”を続行する。彼らの引退は少なくとも2か月は先送りとなった。

「練習やって、そのまま塾に行って死にかけたりとか(笑) でも、周りはもう部活がない中で勉強をやっているので、どうしても焦っちゃって」と石原も苦笑するが、指揮官もこう言及する。「我々のようないわゆる進学校は、10月半ばの2次予選に向けて、特に試合に出られない子たちがモチベーションを保つのはキツいんですけど、誰もやめずにみんなで残ってやってくれた所も、このチームを成長させてくれたのかなと」。サッカーと勉強と。両輪をフルパワーで駆動させる。みんなわかっているのだ。もうこの日々がそう長くはないことを。この時間が永遠ではないことを。

 2次予選の幕が上がる。初戦の都立立川高戦を延長の末に3-2で制すると、2回戦の相手は近年の都立勢で最も結果を残している都立東久留米総合高だったが、劣勢が予想されたゲームも「相手のシュートがポストに当たったりとか、運もあって」(小松)1-0で勝ってしまう。「1次予選が終わってそこからグッと伸びましたね」と口にしたのは元木監督。こうなると、おのずとチームの雰囲気もまとまってくる。「ミーティングでもいつも話さない人とかも積極的に話して、みんなでみんなを支え合って頑張っていました」と小松も嬉しそうに笑ってみせる。

 彼らの“目標”に王手を懸けた準々決勝。「正直『オレらなら行けるかな』とは思っていました」という石原の予感は現実のものとなる。2度の全国出場を誇る都立駒場高を2-0で撃破。「能力的に言えばもっともっと高い子たちのいた代はいくらでもありました。でも、彼らは自分たちの力を少しずつ、少しずつ伸ばしていって、この結果が出たんじゃないかなと思っています」(元木監督)。苦しんで、もがいて。「上手い選手とかいなくて、『この人に頼ればイケる』みたいな、そういうのもなかった」(栗原)48期は、半年前には遠く霞んでいた“憧れのピッチ”を、確かな集団の成長と共に力強く手繰り寄せる。『西が丘へ』。みんなで“目標”を掲げた日からは、ちょうど1年が経っていた。

 11月10日。緑のユニフォームを纏った選手たちが、『西が丘』のピッチへ歩みを進めていくと、バックスタンドの北側は緑一色に染まっていた。「授業はあったんですけど、まあ自己責任でこっちに来た子とか(笑)、授業が終わってから駆けつけてくれた子とか、OBも全部で200人くらい来てくれたんですかね」と元木監督。応援席にとっても晴れの舞台。自然と気合も入る。「一番凄かったのは応援ですね。あの応援があったから、変に浮き足立たずにできたので、とにかく感謝です」(石原)。あと一歩。あと半歩。スタンドにこだまする緑の声援が、選手の足を衝き動かしていく。

「正直試合が終わった瞬間は何もなくて、『とりあえず高校サッカー終わった』って感じしかなかったです」と栗原はその時を表現する。0-2。後半24分と32分に失点を許し、国士舘高がファイナルへの切符を獲得した。「率直に言えば、やりきった所もあるし、悔しさもあるし、という感じですけど、後悔はそんなにないです」とは石原。負けた悔しさがないと言ったら嘘になる。でも、“憧れのピッチ”に立てた喜びもまた確かな感覚として残っている。「負けた悔しさはあるんですけれども、彼らが『西が丘に行こう』という目標を作って、それをやり遂げたことに凄く満足していますし、感謝しています。やっぱり勝ち上がるのがこの大会ですので、それじゃいけないのかもしれないですけど、このメンバーでここまでやれたのは本当に評価して良いんじゃないかと思います」。教え子の奮闘を称える元木監督の顔も晴れやかだった。

 試合が終わってから1時間は経過していただろうか。全体でのミーティングが終わると、48期だけが再び集められる。監督、コーチ、トレーナー。スタッフ1人1人が挨拶していくあたりに、“最後”の雰囲気が増幅されていく。熱いコーチが涙ながらに語るメッセージに、彼らの涙腺も刺激される。ある教員のスタッフが言葉に詰まりながら贈った言葉が印象深い。「この仕事をしていて心掛けているのは、“最高の思い出”を作らせないことだ。君たちの人生には、必ずまた“最高”のことが待っている。だから、今が“最高”だと思うだけではなく、またいつかやって来る“最高”の時のために、これからの毎日毎日をしっかり過ごすことが大事なんだ」。多少の違いはあっても、こういう趣旨の話だったと記憶している。『西が丘』を経験したばかりの彼らには、あるいはピンと来ない話だったかもしれないが、その意味を理解する日が、彼らの未来にはきっと来るだろう。

“最後のミーティング”が終わり、スタッフや保護者も交えて『記念写真』を撮る頃には、48期の面々もすっかり笑顔を取り戻していた。栗原と石原、小松の3人にはその後に話を聞いている。栗原はポツポツと言葉を紡ぎ出し、石原はテンポ良く喋っていく。その対照的な性格にも笑ってしまう。小松と向き合った時には、もう辺りもすっかり夕闇に包まれていた。突然の指名に少し戸惑いながら、丁寧に重ねてくれた会話も終わろうとした時。彼女はこんなエピソードを教えてくれた。

「私、本当は今日ベンチに入らない予定だったんですけど、部員みんなが話し合って、先生に言ってくれて、ベンチに座れたんです。それが本当に嬉しかったし、本当になんかもう、日々感謝していて、最後の最後まで迷惑掛けたけど、本当にありがとうって言いたいです。本当に楽しかったです。みんな本当にカッコいいし、誇りに思うなって。本当にこの代のマネージャーで良かったなって思いました」。そう言い終わった小松は、足早に仲間の元へ走り去って行った。48期の3年間を窺い知ることのできる、これ以上に素敵な言葉があるだろうか。

 高校を卒業すれば、それぞれにそれぞれの道を歩み出す。良いことも悪いことも、楽しいことも悲しいことも、きっとあるだろう。それでも、彼らは新たな“最高”に出会う必要がある。なぜなら、それぞれの未来で、それぞれの“最高”を見つけることが、3年間の素晴らしい時間を共有した仲間への恩返しであり、惜しみなく愛情を注ぐことで3年間の彼らをサポートしてくれた、『記念写真』の中で微笑む大人たちへの恩返しになるからだ。

 ピッチで、ベンチで、そしてスタンドで。それぞれの立場で『西が丘』まで辿り着いた3年間を、キラキラ輝くようなみんなとの3年間を、“2番目の思い出”として大事に大事にとっておけるような新たな“最高”に出会える日々が、国分寺高サッカー部48期のこれからに待っていることを願ってやまない。

“聖地”西が丘は、都立国分寺高48期の選手たちの「“2番目”に最高の思い出」に



■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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