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“サッカーと本気で向き合える時間”は残りわずか…和歌山工が1点守り抜いて平成元年以来の選手権へ:和歌山

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30年ぶりの優勝を果たした和歌山工高

[11.17 選手権予選決勝 和歌山南陵0-1和歌山工 紀三井寺]

 17日、第98回全国高校サッカー選手権大会の和歌山県決勝が紀三井寺陸上競技場で行われた。初優勝を狙う和歌山南陵高と30年ぶり4回目の優勝を目指す和歌山工高の一戦は、前半39分のゴールが決勝点となり、和歌山工が全国行きを決めた。

 今年のインターハイで全国8強に名を連ねた初芝橋本高は、選手権予選2戦目となる準々決勝で近大和歌山高を相手にPK戦までもつれ込み、涙の敗退。そして、その近大和歌山を準決勝で3-2と下したのが、和歌山南陵(前身は和歌山国際海洋高、国際開洋二高。2011年に休校としたのち、2016年に和歌山南陵として再開校)だった。

 インターハイ予選決勝で初芝橋本と優勝を争った和歌山北高も、初戦となる3回戦で和歌山工とのPK戦で敗退。インターハイ予選の結果からシード権さえ持っていなかった和歌山工は、その後、準々決勝でも田辺高にPK戦で競り勝ち、準決勝では近大新宮高を4-0の完勝で退けてきた。

 11月9日から12日に行われた、ねんりんピック紀の国わかやま2019の兼ね合いで、準々決勝から準決勝までは12日を挟み、準決勝と決勝は中1日で行われた。難しいスケジュールの中で勝ち上がってきた両校の対戦は、和歌山南陵が中央寄りにポジショニングして前線のFW江川公亮(3年)やFW川邊海人(3年)にボールを集れば、和歌山工は広く開いた位置を取ってサイドや中盤にスペースを生み出し、突破を図った。

 準決勝での疲労と決勝の舞台への緊張から、お互いに中盤でボールを奪うものの、うまく繋ぐことができない展開がしばらく続いたが、両チームとも時間の経過とともに少しずつ本来の姿を取り戻し始める。長く続いた沈黙を破ったのは、和歌山工だった。前半終了が近づいた39分、FW武山遼太郎(3年)の放ったシュートは相手DFに弾き返されたものの、そのこぼれ球にMF神森渚生(2年)がしっかりと右足を合わせ、ゴールを決めた。

 ハーフタイムに「DFラインが低くなってしまっていたので、もう一度高い位置をとって攻撃を仕掛けよう」と、羽畑公貴監督から檄を飛ばされた和歌山南陵は、後半立ち上がりからチャンスを作る。後半から出場したFW土居豊典(2年)が放った2本のシュートは、惜しくも枠外。26分には、土居が相手DFを抜いてゴール前へ突破するシーンもあったが、和歌山工GK山田尚輝(2年)が飛び出してセーブした。

 一方、和歌山工は「相手が得点を狙って前に来ることで、逆に後ろが空いてくる。相手が中央寄りであることから後ろのサイドは特に空いてくると思ったので、そこを突こうと考えていた」(大宅光監督)。サイドからゴール前中央にボールを運ぼうとするも、和歌山南陵の守備に阻まれ、シュートまで至らない。

 一進一退となった後半は、互いにスコアレス。和歌山工が前半にとった1点を守りきった結果となり、平成元年以来30年ぶりとなる、令和元年の全国大会出場を掴みとった。

 シュート本数は、和歌山工が2本だったのに対し、和歌山南陵が9本と上回っていた。和歌山南陵の羽畑監督は「決定機で決めきることができなければ、優勝をつかめないと痛感した。先制され、焦りも出てしまった。成長していかなければいけない課題を得たので、一から出直し、また決勝戦に戻ってきたい」と悔しさをにじませた。

 和歌山工では、多くの生徒が進学ではなく就職する進路をとる。サッカー部員もしかりで、今年の3年生の中でスポーツ推薦の大学進学が決まっている選手は1名のみ。他の選手たちは卒業後に就職する予定で、和歌山に工場を持つ花王や日本製鉄、地元企業などにすでに内定している。

 和歌山工の選手たちにとっては、“このチームでサッカーができる時間”が残り少ないのではなく、“サッカーと本気で向き合える時間”が残りわずかなのだ。そのような背景があって、キャプテンFW田中彪(3年)は、全国大会で1つでも多く勝てるようにしたいという意気込みを「少しでも長く、あっち(試合が行われる首都圏)にいたい」と表現した。

 試合終了のホイッスルが鳴ったあと、手で目元を覆う姿を見せた大宅監督。指揮官自身、初めての全国大会になるが、「選手たちも全国大会に出るのが初めてという選手がほとんど」だという。「経験したことがないことを経験し、一生懸命やる中で学べることもある。他の出場校と違って今後のサッカー人生に繋がっていくわけではないが、選手権を良い人生経験とし、立派な社会人になってもらいたい」と、選手たちへの思いを語った。

 就職する選手たちにとっては、サッカーに本気で取り組めるのはこの選手権が最後となる。残された大舞台は、「みんなで楽しみに行く」(大宅監督)。今後の人生の糧となるような戦いを期待したい。

(取材・文 前田カオリ)
●【特設】高校選手権2019

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