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やりきった現役生活、納得の引退後、第二の人生を家族と過ごす澤穂希の次なる夢とは?

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 日本サッカーが誇るレジェンドが引退してから4年が経った。15歳で日本女子代表にデビューし代表通算205試合出場83得点、2011年女子W杯優勝と同大会MVP&得点王獲得、アジア人初のFIFA女子最優秀選手受賞……。記録にも記憶にも残る“世界一のプレイヤー”として、澤穂希の名前は多くの人々の心に刻まれている。

 現役中の2015年8月に入籍を発表、引退後の2017年1月には第1子となる長女を出産し、現在は育児の真っただ中だ。新たな家族とともに歩む“第二の人生”は、愛と希望に満ちている。澤さんの溢れる笑顔がそう物語っていたーー。

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変わりゆく
女子アスリートの結婚観


“澤穂希電撃結婚”のニュースが流れたのは、2015年8月。カナダ女子W杯決勝のピッチに立ってからわずか1か月後のことだった。

「当時、女子アスリートがシーズン中に結婚することもあまりなかったですが、私たちは自分たちのタイミングで結婚の日にちを決めました」

 INAC神戸でもレギュラーとして活躍しているトップアスリートの結婚は、やはり驚きをもって受け止められた。

「たしかに女子サッカー選手は結婚したら引退する、というイメージがありました。でもいまは時代が変わってきていて、結婚、出産しても復帰できる環境です。そういう選手が一人でも増えたらいいなと思っています」

 長らくなでしこジャパンでともに戦った日テレ・ベレーザの岩清水梓が第一子を3月に出産、産後の現役続行を表明している。「後輩たちにとっていいお手本になると思います」と期待を寄せている。

納得しているから
ボールを蹴りたくならない


 強豪国との力の差が明白だったころから「世界一になる」ことを公言してきたサッカーの申し子・澤穂希でも、10代のころは少し違う将来を想像していたという。

「10代のころは、『28歳くらいで結婚して、子どもがほしい』という未来予想図を描いていたのですが、全然思うようにいかなかったです。でも、20代になって自分がサッカーでできること、やれることが多くなって、選手としての幅が広がっていきました」

 澤さんが30歳になる年に迎えた2008年の北京五輪でなでしこジャパンは4位に。世界大会で初の快挙だった。「サッカーが楽しくて仕方がない、もっともっと上手くなりたい」という澤さんの熱量とシンクロするように、なでしこジャパンは世界トップクラスへの階段を駆け上がる。ドイツ女子W杯優勝(2011年)、ロンドン五輪準優勝(2012年)、カナダ女子W杯準優勝(2015年)――。ところが、翌年にリオデジャネイロ五輪を控えていた2015年12 月に、澤さんは選手生活を終えることを表明した。

「普通だったらリオ(リオデジャネイロ五輪)までやる感覚なのかもしれません。でも、私は体と気持ちが一致しなくて、トップレベルでやれるとは思えませんでした。37歳まで好きなことを散々やってきた、やりきったサッカー人生。だからまったく未練はありません」

 きっぱりと選手を退いたとはいえ、半生をともに過ごしたサッカーが恋しくなることはないだろうか。「試合はよく見るのですが、『サッカーしたいな、ボール蹴りたいな』という気持ちがいまだにわいてこないんです(笑)。それは自分の中で(引退を)納得できているからだと思います」と白い歯をこぼした。

引退試合となった皇后杯決勝では、自らのヘディングゴールで優勝。「本当にサッカーの神様はいた」

母になったからこそ
わかる親心


 中学生のときに両親が離婚し、それからは母親が澤さんと1つ年上の兄を育てた。そのことは澤さん自身を強くしたが、同時に家族に対する思いも強くしていた。

「小さいときは父親、母親、兄と一緒に海に行ったりした思い出があったので、楽しいイメージもありつつ、両親の離婚で寂しさを感じていました。自立しないといけないという気持ちが生まれたことはその後の人生のプラスになっていますが、その反面、家族への憧れも持っていたというのが正直なところです」

 すでにLリーグ(現なでしこリーグ)で活躍していたころだったが、ピッチを離れれば思春期の女の子。ほかの中高生と同じ道を通った。

「母に対して反抗的な態度をとってしまったこともありましたが、子どもを産んで思うのは、娘に同じことをされたらとてもショックを受けるなと……。子どもを育てるのは大変なことだと実感しているいま、『本当にごめんね』と母に謝りました」

 同じ母という立場になり、「親のサポートがなければ自分の好きなことをできなかった」と、その偉大さを再認識しているところだ。「世の中のお母さんたちを心からリスペクトしています」と声を大にした。

「家事は完璧にはできていないですけど、がんばって自分なりにはやれています」

子どもと一緒に
母として成長する日々


 24年にわたる選手生活を終え、現在は夫と娘、そして2匹の犬に囲まれた生活を送っている。

「独身生活が長く、ずっと一人のペースでやってきました。反面、子どもは言うことを聞かないこともありますし、自分の思うようにいかずイライラしてしまうことも……。でも、子どもにも考えがあります。いままで自分が見えていなかったこととか、感じていなかったことを子どもにたくさん教えてもらっています」

 いままでと違う気持ちになれたエピソードも紹介してくれた。

「犬のトイレ掃除をしていたときに、子どもが私のところにコーヒーを持ってこようとしてくれていたのですが、途中で床や本にコーヒーをこぼしてしまって……。でも、この子は私にコーヒーを飲んでほしいんだという気持ちがすぐにわかったので、『ありがとう』と言いました。昔はイラっとしていたかもしれませんが、娘の行動でありがとうという気持ちになれました」

 子育てで心がけているのは、「わが家は少しでもできたことはたくさん褒めてあげる」こと。「しつけとして厳しくしなくちゃいけない部分もありますが、両親が一緒に叱ってしまうと、子どもの逃げ場がなくなってしまう。私か夫のどちらかが叱ったら、どちらかがサポートするよう意識しています」

 話が子どものことになると、相好を崩し、会話を加速させる。

「最近はいろいろなことを話すようになってきています。夫とは、『自分の思っていることを伝えられる子になってほしい』という話をしています。けっこう我が強くて『想像以上だね』と、夫とは言っているんですけど(笑)」

 両親ともに元サッカー選手。いやが上にもサッカー選手としての資質に期待してしまうが、それは無粋な考えなのだろう。

「サッカーをやってほしいという思いはまったくありません。人にやらされてやることは長続きしないことが多いですよね。私もそうでした。水泳やピアノ、サッカーというようにいろいろな選択肢として与えたいとは思っています。私は個人競技も団体競技も経験をして、小学6年生のときに『サッカー1本に絞りたい』と自分で選択しました」

 3歳の長女はまだ習い事はしていないという。選択肢を用意はするけど、自ら選択してほしい。少し先の未来に思いを馳せた。

「夫が娘と遊んでいる間に、ショッピングやジョギングを楽しんでいます」

いまの夢は
おばあちゃんになること


 現役時代は、東京、デンバー(アメリカ)、アトランタ(アメリカ)、ワシントン(アメリカ)、神戸と多くの都市で生活し、現在は夫の勤務地である仙台で暮らしている。「緑が多いですし、食べ物は美味しいですし、子育てする環境として仙台はとてもいいと思います」。ピッチから退いた澤さんの顔には、変化が見られている。

「元チームメイトたちからは『表情が優しくなった』『お母さんの顔だね』とよく言われます。チームメイトたちは仲間だけどライバルでもあったので、負けたらいけない日々を送っていました。いまも家庭で戦っていますけど(笑)、本当の戦闘モードとは違いますよね。自分でもお母さんの顔になったなと思うときがあるくらいですから」。

「親バカですけど」と前置きしつつ、娘の日々の成長が楽しみで仕方がない様子だ。「好奇心が旺盛で、2歳のときにひらがなを覚えて、いまは3歳になったばっかりですけどひらがな、カタカナ、アルファベットの大文字小文字を全部覚えています。記憶力がいいので下手なことを言えません(笑)。頭がいいのと、身体能力が高いのはお父さん譲り。サッカーのドリブルだったり、ボールを投げたりするのが上手で、楽しそうにやっています。勉強もスポーツも、いろいろなことに取り組んでほしいです」。

 文武両道の片鱗を見せる長女は、この春から幼稚園生活をスタートさせる。娘の新生活を想像しながら話す澤さんは、お母さんの顔をしていた。

「私が仕事をしているときは母や知人に娘をあずけているので、娘が私から離れるのは大丈夫だと思います。問題は私です(笑)。お母さんが泣くと子どもが泣いちゃうので、笑顔で送り出して、笑顔でお迎えしたいです」

 “第二の人生”を謳歌する澤さんだが、“100年人生”ということを考えると、まだまだ先は長い。当然、思い描くライフプランがある。「もう一人家族が増えたらいいなという願いはあります」。もう少し先の未来への展望もある。「家族で旅行に行ったりして楽しい時間をつくりながら、子どもが巣立った後には、夫と旅行に行ったりして夫婦としての時間もつくりたいです」

 妻となり、母となり、そのつぎは……? 「(私の)母は一人で住んでいるのですが、孫に会える喜びで元気になりました。そんな母と娘を見ていると、私も娘の子どもを見てみたいなと。だから、おばあちゃんになることがいまの夢です」。澤さんは家族とともに、新たな夢へ歩みを進めている。



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(取材・文 奥山典幸)

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