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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:伝統の護り人(市立船橋高・石田侑資)

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市立船橋高伝統の「5」を背負うCB石田侑資主将

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 小学生の頃に一目で心を奪われた、あの青いユニフォームを纏うことの意味は、誰よりも深く理解しているつもりだ。だからこそ、あの青いユニフォームが戻るべき場所も、やはり誰よりも深く理解している。「やっぱり『高校サッカーと言えば市立船橋』とならなくはいけないですし、最終目標は選手権での日本一なので、そこに向けてやり続けていきたいと思っています」。伝統と歴史を受け継いだイチフナの5番。石田侑資(3年)の決意は、固い。

 9月27日。高円宮杯プレミアリーグ関東第3節。連敗スタートとなった市立船橋高は、今年に入って初めての“ホームゲーム”を迎えていた。船橋市法典公園球技場、通称グラスポでは保護者の方々が受付も含めた試合運営に携わっており、ようやく実現した公式戦をみんなで作っていく雰囲気が心地良い。

 ピッチ上では選手たちがウォーミングアップを開始する。「1つ1つの練習や、1日1日が凄く楽しいですし、公式戦であれば1つのミスで負けてしまうので、本当に少しのミスもしてはいけないことも楽しいですし、集中し続けることも楽しいですね」。石田侑資。今年の市立船橋のキャプテンに指名された17歳は、サッカーのできる喜びを、それこそ全身で感じているようだ。

「1つのミスで負けてしまう」と口にしたのには、理由がある。リーグ開幕戦の浦和レッズユース戦。石田は前半に痛恨のクリアミスを相手に拾われ、そこから先制点を献上。試合はそのまま1-0で終了し、チームは敗戦を突き付けられる。「試合が終わった瞬間も『ウワー…』って思っていて、『あんなミスをゴール前で…』と。あんなことは今までもほとんどなかったですし、しかも開幕戦で、キャプテンマークを巻いていて、注目も集まっている中でしたし」。試合後はあまりの悔しさから、涙を流していたという。

 ただ、実は石田が泣くのは決して珍しいことではない。たとえば昨年のプレミアリーグ。ホームで柏レイソルU-18相手に完敗を喫した時も、自身とチームメイトの不甲斐なさが許せず、号泣していた姿が思い出される。たとえば昨年の選手権予選。決勝で永遠のライバル、流通経済大柏高に競り勝って全国大会出場を決めた時も、ピッチの上で彼は男泣きしていた。

「落ち込む時は本当に底辺までボーンと行きますし、勝ったらもう『やった~!』となりますし、感情豊かと言っていいのかわからないですけど(笑)、いろいろなことを感じられるというか、正直な気持ちを出せるのは自分の良さかなと思っています」。泣く時は思いきり泣き、笑う時は思いきり笑う。感情の起伏をストレートに表わすことのできる部分は、見ている側からしても清々しい。

 加えて、前向きな思考も好印象。「浦和戦でああいうミスをしたので、1つ吹っ切れたというか、『やってやろう』という想いが改めて出てきていて、そこはもうポジティブに考えています」。ハキハキした口調。大人相手でもしっかりと自分の言葉で話せる所も、周囲から慕われる大事な資質だと思う。

 グラスポのピッチに両チームの選手が登場する。真剣勝負の場。それゆえに付随してくるものも小さくない。「公式戦は全然違いますね。運営してくれているBチームの選手の想いも背負ってというのは凄く感じていますし、イチフナは負けてはならないという想いもあるので、その重圧を背負うことも楽しいです」。多くの人の支えの中で、自分たちがサッカーと向き合えていることも、今年だからより実感することができている。

「自粛期間中にもいろいろなプロの方々がオンラインの講演会をしてくださって、そういう機会を通して、自分もより一層プロを目指したいという気持ちが強くなったので、コーチの方やいろいろな方に感謝したいですね」。杉岡大暉(現鹿島)や原輝綺(現鳥栖)、高宇洋(現山口)の同級生トリオから、今やベテランとなった渡辺広大(群馬)まで、数々のレジェンドたちが後輩のために時間を割いてくれたそうだ。

 そんな中で、石田はある先輩の講演を熱望していた。「入学した時から二瓶(良太)コーチに藤井拓さんという6年前のキャプテンの方のことを教えてもらって、その方の話は聞いているだけで凄くタメになっていたので、二瓶コーチに『誰の講演会を聞きたい?』と言われて、『藤井拓さんでお願いします』と」。藤井拓。2014年度の市立船橋のキャプテン。その人間性には当時の朝岡隆蔵監督も一目置いていた、生粋のリーダーだ。果たして藤井の講演会は実現する。

「『キャプテンとして意識していたことは何ですか?』と尋ねたら、『周りを見て、自分を曲げてでも今するべきことを意識していた』と。『自分がやりたいことをするのではなくて、違うことを想っている人のことも考えて、それも擦り合わせた上で、チームがするべきことをやっていた』とおっしゃっていたので、『確かにそうだな』という部分もあって、それはかなり実践させてもらっています」。とにかくキャプテンとして共感できる部分が多く、貴重な機会になったことは言うまでもない。

 だが、それだけで石田の話は終わらない。「藤井さんは医学部で頭が凄く良いので、話されている中で知らない単語が出てきて、『ああ…』と言いながら『何のことやろ?』と思って、ちょっとスマホで調べたりして(笑) 『ああ、凄いな』と思いながら、『ちょっとこうはなれんな』とも思いましたね。サッカーならともかく、頭の良さはちょっとどうにもできないので(笑)」。素直過ぎる感想に、思わず笑ってしまう。

 FC東京U-18との試合は一進一退。やや押し込まれる時間が長い展開の中、石田は3バックの真ん中でチームメイトに声を掛け続ける。特に後半は防戦一方と言っていい流れを作られたものの、懸命のディフェンスで最後まで失点は許さず。「今日は守り切るという部分で収穫があったかなと思っています」と語った言葉の通り、スコアレスドローという結果で勝ち点1を手にすることとなった。

 キャプテンには今年の市立船橋が“正直”なチームだと映っている。「今年のチームはみんなを見ていて『正直だな』と。サッカーが本当に好きだという気持ちを凄く感じるので、そういうチームにしたい想いもあります。今は変化しつつある選手が多くなってきたので、“変わり切る”ということがチームとして目標としていることですね」。

「変わり切る」。大人でも難しい、これがキーワードになってくる確信がある。「自分たちは“やる、やらない”の波が激しい時があって、そこで本当に安定してずっとやれるようになるのも目標なので、そこができたら変わり切れて、なおかつそこからもう一皮剥けるのかなと。そのぐらいやらないとやっぱり青森山田にも勝てないですし、そこは凄く考えていますね」。

 図らずも口にした“青森山田”。このチームに対するライバル心を、石田は隠さない。「今は高校サッカーと言えば“青森山田”じゃないですか。それが僕は悔しくて。確かに青森山田は凄いですけど、『高校サッカーイコール市立船橋』というのを取り戻したいんです」。

 もともとは徳島県出身。本人曰く「こっちに来た最初の頃は、船橋駅の周りが明る過ぎて怖かったです(笑)」と振り返るほど、自然に囲まれた地域で育った。運命の出会いは小学校3年生の頃。テレビで見ていた高校選手権。和泉竜司(現鹿島)の活躍で日本一に輝いた青いユニフォームが、キラキラ輝いて見えた。

 中学生時代は徳島ヴォルティスのジュニアユースに所属。進路を考える際にもちろんユースへの昇格も頭にあったが、市立船橋が大阪遠征に来ると聞きつけ、徳島から家族と一緒に出向いて、躍動する青いユニフォームを目の前で見た時のインパクトが忘れられず、同校への入学を決意したのだ。

 1年時は予選決勝で流通経済大柏に敗れ、2年時はスタメン出場した全国大会の初戦でPK戦の末に敗退。今年の選手権に懸ける覚悟は揺るぎない。それは新型コロナウイルスの影響によって数々の大会がなくなり、活動自体の自粛も余儀なくされたタイミングだからこそ、石田にとってはより強いものとなっている。

「最初は『何でこの代でこんなことになるんやろ?』って思う部分もありましたけど、そこで自分の性格が出まして(笑)、『逆にここを乗り越えて日本一を獲ったら、より一層市船の歴史に名を刻めるんじゃないか』と強く思ったんです。自粛期間中でも自分たちはよりチームがガチッとまとまってきたのは感じたので、それは不幸中の幸いだなと思いました」。

 日本一奪還に向けて、残された時間は決して長くはない。これからの自身の役割を考えた時、2人の先輩のイメージが頭に思い浮かぶという。「藤井さんのおっしゃっていた通り、本当に1人1人にイメージだったり考え方があったりするので、それを共有することは凄く意識していて、なおかつそれをすり合わせていく作業には人一倍気を遣っているというか、気を配ってやっていることかなと思います」。

「あとは常に周りを見て、練習中でも雰囲気が悪い時には『もっとこうして欲しい』とか自分も要求しますけど、要求するからには自分が一番やっていなくては、納得されないですよね。それは去年のキャプテンの町田雄亮(現立正大)さんを見ていて『ああ、そうやな』と感じたことですし、鈴木唯人(現清水)さんも一番練習をやっていたから周りからの信頼もありましたし、彼がいたら負けないという信頼があったので、『そういう選手になり切れるように』ということは凄く意識しています」。

 イチフナの5番には伝統と歴史がある。鈴木和裕。羽田憲司。中澤聡太。大久保裕樹。増嶋竜也。渡辺広大。磐瀬剛。杉岡大暉。キャプテンマークを腕に巻き、チームの象徴として11人を掌握しつつ、試合後には必ず勝利を手にしている。これがイチフナの5番に託された唯一にして、最大のミッションだ。「スーパーな選手が付けてきた番号なので、重圧はありますね」と口にしながら、それを楽しめるようなメンタルも頼もしい。石田はこの伝統と歴史に、日本一のキャプテンとして名前を連ねられるのか。そのための戦いがいよいよ幕を開ける。

「ここからまだ3か月近くみんなと戦うために選手権がありますし、まだまだチームとしても完成形ではないですけど、1日1日をどう濃いモノにしていくかというのは自分としても思っているので、それは積み重ねていくこともそうですし、とにかくやり続けようというのが本当に一番の想いですね。さっきも言いましたけど、やり続けることが少し苦手なチームなので(笑)、そこは自分が常に言い続けようと思っています」。そう言い切った笑顔に、確かな覚悟が滲んだ気がした。

 小学生の頃に一目で心を奪われた、あの青いユニフォームを纏うことの意味は、誰よりも深く理解しているつもりだ。だからこそ、あの青いユニフォームが戻るべき場所も、やはり誰よりも深く理解している。「やっぱり『高校サッカーと言えば市立船橋』とならなくはいけないですし、最終目標は選手権での日本一なので、そこに向けてやり続けていきたいと思っています」。伝統と歴史を受け継いだイチフナの5番。笑顔も涙も似合う男。石田侑資の決意は、固い。


■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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