beacon
TOP > NEWS > 記事詳細

2年時から先発、地元出身の責任、不調も…。山梨学院DF中根悠衣は乗り越えて「山田を倒して優勝」の目標達成

このエントリーをはてなブックマークに追加

山梨学院高DF中根悠衣は壁を乗り越えて目標の日本一達成。(写真協力=高校サッカー年鑑)

[1.11 選手権決勝 山梨学院高 2-2(PK4-2)青森山田高 埼玉]

 大きな、大きなモチベーションになっていた「山田を倒して優勝したい」の誓い。山梨学院高DF中根悠衣(3年)は、最後のチャンスでその目標を実現した。

 2回戦から準決勝まで左SBとして先発出場した中根は、CB板倉健太(3年)が復帰したこともあり、青森山田高との決勝でベンチスタート。2-2の延長前半6分から出場し、セカンドボールの回収などで奮闘した。そして、チームはPK戦の末、勝利。日本一を勝ち取った。

 決勝で先発できなかった悔しさはもちろん、ある。それでも、幼い頃からの目標だったという日本一を高校生活最後のチャンスで実現した。それも、絶対に倒したい相手と決勝を戦い、掴み取った頂点。その嬉しさは格別だったようだ。

「自分は、高校行く時に山田も一つ選択肢に考えていて、進学する際にセレクションを受けたんですけれども落ちてしまって、ここに入学して、選手権とかで山田を倒して優勝したいというのが一つ自分の中のモチベーションであって、3年間のどこかで絶対にやりたいなということで、これが最後の達成できる場所でした。別山だったけれど、山田は決勝に来ると思ったので、あとは自分たちだと。決勝まで来てスタートじゃなかったのは悔しかったんですけれども、その悔しい思いは決勝の舞台で晴らせたかなと思っています」。憧れから、最も倒したいチームへと変わった青森山田。そのチームをわずかに上回って、高校サッカーを終えることができた。

 対人守備の強さを特長とする中根は、2年時からのレギュラーだ。だが、2年時の選手権は山梨県予選準決勝で敗退。また、山梨学院は2年前もインターハイで日本一になりながら、同年の選手権予選準決勝で敗れている。中根が実感したのは選手権の難しさだったという。

「県予選が自分たちの中で一番難しいことの一つで、そういうことを(同じく2年時からのレギュラーだった)熊倉(匠)だったり、鈴木(剛)だったりと知っている人たちが伝えていかないと、今年も去年や一昨年と一緒のことになってしまうと思った」。だからこそ、「自分たちの役割」と考え、引き締める言葉がけを継続してきた。

 だが、全国への思いが強すぎたか、自身は3年目の選手権予選で不調に。プレーで迷い、ボールを失うこともあった。「選手権が一つの理由が分からないですけども、本調子じゃなくなって、悩む時期が少しずつ増えていって選手権の期間に当たってしまったので、選手権は自分が出て全国決めたり、全国優勝したいという思いがあったので、そういう思いも一つプレッシャーになったと思います」と振り返る。

 県予選は準決勝まで先発も、前年の思いをぶつける舞台だった決勝は出番なし。嬉しさと悔しさの入り混じった全国出場だった。それでも、再び信頼を勝ち取り、全国大会では特長である自分のサイドから侵入されないこと、対人で絶対に負けないことを実行できたと考えている。再び決勝の舞台でベンチスタートとなったが、納得の日本一だった。

 中学時代、FCラーゴ河口湖U-15でプレーしていた中根は、山梨学院の先発メンバーで数少ない地元・山梨出身選手だ。競争に1人でも2人でも多く勝ち残ることを目指してきたという。「そこも県内出身者ということで『自分たちが学院を引っ張るんだよ』と確認し合っていて、結局、県内は自分と一瀬(大寿)の2人だけになってしまったんですけれども、スタートで県内が2人いて全国優勝できたのは良かったと思います」。山梨出身選手の責任も果たした。

 卒業後は一瀬とともに山梨学院大へ進学予定。現在東京都1部リーグの山梨学院大を「一瀬も県内出身で学院大なので、2人で関東リーグに行こうと。まずスタートを取るというのが目標なんですけれども、2人で関東リーグに上げようと思っています」。最後のチャンスで日本一を勝ち取った高校時代同様、大学でも壁を乗り越えて目標を実現する。

(取材・文 吉田太郎)

(※山梨学院高の協力により、リモート取材をさせて頂いています)
▼関連リンク
●【特設】高校選手権2020

TOP