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未経験者4名の「やってみたい」から始まった県立新宮高女子サッカー部。和歌山南部地域に「サッカーができる」環境を創生し、創部3年目で県制覇!!

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創部3年目の県立新宮高が全日本高校女子サッカー選手権和歌山県大会で初優勝

 10月22日、第30回全日本高等学校女子サッカー選手権和歌山大会で、創部3年目の県立新宮高が初優勝を果たした。

 県内の高校で女子サッカー部があるのは、3校のみ。残念ながら近隣府県に比べれば強豪県とは言い難いのが現状だが、優勝を果たした彼女たちの真価は試合中だけで計れるものではない。

 新宮高に女子サッカー部が創部されるまで、和歌山県の南部に位置する新宮・東牟婁地域には、高校年代に限らず女子サッカーチームはなかった。男子サッカー部マネージャーの「私たちもサッカーがやってみたい」から始まった女子サッカー部は、すでに卒業したOGも含めた彼女たち自身の手でたくましく切り拓いてきた場所である。その地域の女子にもサッカーができる環境を創生した彼女たちは、いよいよこの日、その手でトロフィーを掲げるまでに至った。

 新宮高に女子サッカー部ができる前は、県内に女子サッカーチームは2つの高校と1つのクラブチームしかなかった。いずれも新宮・東牟婁地域からは100kmも200kmも離れていて、通うには物理的に厳しい。

 数年前、その地域の小学生チームでプレーしていた少女に、中学生になったらどうするかを尋ねてみたところ、「やめるか、引っ越すか。同じチームの女子の先輩たちは、中学に入ると同時にサッカーをやめた」と教えてくれた。少女はその後、女子チームでプレーすることを望み、中学に入るタイミングで親とともに県外へ引っ越している。

 この少女に限らず、これがこの地域の女子が持てるサッカーへの選択肢だった。

 創部当初から指導している下平崇弘監督は、男子サッカー部のマネージャーたちが「私たちもサッカーがやってみたい」と言い出した時、喜んで受け入れてやりたいものの「少子高齢化が顕著な状況下で、新たな部活動を立ち上げていいのだろうか」と不安も感じたという。この地域の県立高校ではすでに定員割れを起こしており、少子化は著しい。男子サッカー部においても、1つの学校だけではチームが成立せず、合同チームとなっている高校もある。新宮高でも、女子サッカー部を立ち上げる前年には、男子サッカー部が11名に満たない状況で県リーグを戦うような背景もあった。新たな部活動を立ち上げれば、他の部活動と少ない生徒をさらに取り合うことになる可能性も十分考えられる。下平監督が不安に思うのも当然である。

 ところが、下平監督の心配には及ばず、学校側は生徒たちの「やりたい」という気持ちと自主性を尊重し、勇気を持ってサポートすることを決断。「やりたい」と言い始めてすぐの2019年度から、女子サッカー部として正式に活動できることになった。

 立ち上げたメンバーは、3年生が1人、2年生が3人の合計4人。そこから新入生(現在の3年生)を勧誘して、活動を開始した。

 立ち上げ当初は、下平監督自身も「男子の指導をしたことはあっても女子を指導したことがなかったし、さらに部内には、経験者もいれば全く経験のない選手もいる状態。何をどのようにしたらいいか困惑した」というが、それでも選手たちと共に少しずつ前へ歩みを進めてきた。3年目となった今では年間の計画も立つようになり、「経験者と未経験者が入り混じる新年度の最初の1〜2か月は、止める・蹴るの基本、初歩的なドリブルの練習からスタートする。経験者も半数ぐらいいるので、うまくペアを組んで選手たち同士で教え合い、楽しい雰囲気で取り組んでくれている」そうだ。創部から3年たった今も、立ち上げたOGたちの気持ちと同じ「やってみたい」が叶う場所であり続けている。

 この地域においては、初の高校女子サッカー部。創部初年度の女子選手権和歌山大会は、同地域から電車で2時間ほど離れた試合会場にも関わらず、地元の女子中学生たちが足を運んで観戦したという。

 現チームでキャプテンを務めるDF関本咲彩(2年)も、その試合をスタンドで観戦していた1人。当時の関本は、地元中学の男子サッカー部に入ってプレーしており、サッカーを続けたい意志も強かった。「寮のある和歌山北高校に進学し、女子サッカー部でプレーしようと思っていた」という。しかし、和歌山北と新宮の対戦を見て、気持ちに変化が生まれた。1年前にはなかった選択肢が、本当はそうしたくてもしたいと言うことすらできなかったものが、今まさに目の前にある。「やっぱり地元の人たちと一緒にサッカーがしたい」。
 関本は新宮高に入学し、自身がキャプテンとなったチームで「地元の仲間たちとサッカーする」だけでなく、優勝をも現実のものとした。

 この結果により11月3日に行われる関西大会にも出場するが、対戦相手は前年の関西大会女王・大阪学芸高。「大阪学芸には、同じ地元の選手もいるんです。その子は大阪の学校への進学を選んだので、今は遠く離れてしまっている。それなのに、また試合で会える。これはすごいこと」だと関本は感じているという。

 男女問わず、どのチームに入るか選べるだけの環境下にいる人から見れば、当たり前のことかもしれない。でも、この地域の女子にとって、どれだけサッカーが好きでも、3年前までは続けることすら難しかった。関本たちは今、プレーできるチームが地元にあることで得られた喜びを噛み締めている。

 2011年に女子W杯でなでしこジャパンが優勝し、女子サッカーは広く認知されるようになった。今年9月には、待望の女子プロリーグであるWEリーグも幕を開けた。しかしながら地方では、女子にサッカーができる環境がないことも未だ少なくないだろう。

 未経験者4名の「やってみたい」から始まった新宮高女子サッカー部には、現在19名の選手がいる。優勝を決めた試合でも、スターティングメンバーの3分の1ほどが高校からサッカーを始めた選手だった。関本のように「サッカーがしたい」と入学してくる者も出てきたが、創部当時から変わらず部員の約半数は未経験者だ。

 経験者と同じだけの未経験者の入部は、その土地の女子にサッカーの選択肢がなかっただけで、「やってみたい」と思う者が潜在的に存在していたという証でもある。

「私たちもサッカーがしたい」と手を挙げること、周りの大人がサポートすること、いずれも環境や状況によってはとても勇気のいることだ。けれど、その勇気こそが、たくさんの少女たちが夢を抱ける多くの場所を生み、未来を切り拓く。

 これから先、新宮高女子サッカー部のように自分たち自身で切り拓いた環境から、その土地では夢見ることさえ叶わなかったWEリーガーが生まれてくるかもしれない。

(取材・文 前田カオリ)
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