『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:信念(帝京高・伊藤聡太)
東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」
もう覚悟は決まっていたのだ。10番が刻まれたカナリア色のユニフォームに初めて袖を通した瞬間から、このチームのためにすべてを捧げると。得意なことも、得意ではないことも、やるべきだと思ったことは、全部引き受けて、ピッチに立つ。それが自分に与えられた使命だと信じてきたから。
「みんなには、また『ごめん』で終わっちゃったなって。今日も結果を残せなかったですし、個人的なところで言えば悔しい想いばかりだなと思いますけど、チームとしては全員でお互いの目を見て、お互いに声を掛け合って、帝京らしいサッカーで終われたのかなと思うので、今後の帝京に繋がる負けになったんじゃないかなと思います」。
13年ぶりとなる冬の全国を目指しながら、西が丘の舞台でその行き先を阻まれた伝統のカナリア軍団、帝京高(東京)を信念で牽引してきた10番のキャプテン。FW伊藤聡太(3年)の表情に、この日は最後まで涙はなかった。
ジュニアユースまで所属していた東京ヴェルディでは、ユースに昇格できなかった。「中学生の時の自分になかった強さの部分を得ようとして、高体連のチームを探していた中で、帝京の練習に参加した時に日比先生が『自由にやれ』と声を掛けてくれて、周りの選手の雰囲気も凄く良かったので、『ここでやりたいな』と思ったんですよね」。高校サッカー界きっての伝統校の門をくぐったものの、最初はそこまでこのチームでプレーする意味を、理解できていなかったという。
FW齊藤慈斗やDF入江羚介、DF藤本優翔を筆頭に、今回の西が丘でもメンバーに名を連ねていた多くの同級生が1年時から公式戦に起用されてきた中で、なかなか出場機会を得るまでには至らない。だが、2年生に進級すると、チームを率いる日比威監督はエースナンバーの10番を伊藤に託す。
「帝京で初めてもらったのがこの10番で、こんなありがたいことはないと思って日比先生にも感謝していますし、その重みは感じます。2年生で試合に出られるようになって、ようやく帝京の代表として11人の中に入って、試合に出ることへの自覚が芽生えたんです」。
スタメンの大半が2年生を占めるチーム構成の中で、少しずつその存在は際立っていく。「キャラ的にも明るい人だと思うので(笑)」と自ら口にする抜群のキャラクターが最大の武器。伊藤の周りにはいつも笑顔が集まってくるイメージがある。
印象的だったのは昨年の夏。数人で練習取材に伺った際、我々に対してチームを代表して行う挨拶に、日比監督は負傷離脱中であり、“学ラン姿”でグラウンドに現れていた伊藤を指名する。一言でさらった大爆笑。本人は「結構こういうの、僕がやるんです」と笑っていたが、その度胸と頭の回転の速さに舌を巻いた。
インターハイでこそ全国出場を経験したものの、選手権予選では準決勝で敗退した昨年度を経て、いよいよ最高学年を迎えた2022年。「キャプテンだった岸本(悠将)さんからは『オマエがキャプテンやれよ』と言われていましたし、チームの雰囲気的にはちょっと感じていました」という伊藤は、当然のようにキャプテンへ任命される。シーズンが始まったばかりの頃に、本人はこういう言葉を残している。
「キャプテンだと強く言わなきゃいけない時もあって、そういうのはあまり得意ではないですけど、頑張ってやらなきゃいけないなって。そういうところで妥協していたらチームにも甘さが出てくると思いますし、そこのメリハリは去年よりも意識するようになりました。たとえば練習が始まっても、雰囲気が引き締まっていないような状況がある時に、全体にしっかり伝えないといけないことを、みんなを集めて喋ったり、あとは円陣を組んでから行くようになったり、締める人や状況を変える人がいないといけないので、その役割は頑張ってやっています」
「勝ち切れるチームにするためには私生活を含めた日常から変えていかないといけないわけで、その雰囲気を変える役目が自分なのかなと思っているので、そこは妥協せずに、多少ツラいことがあっても、自分の立場を考えてやっていかないといけないと思いますし、今年はそういう役回りなのかなと。そういうところでも存在感を示していかないと“二流”かなって」。
真夏の徳島は躍進の舞台となった。2年続けてインターハイの全国出場を手繰り寄せたカナリア軍団は、準優勝という大きな成果を手にしてみせる。とりわけ伊藤が輝いたのは、前回王者の青森山田高と対峙した2回戦。前半で1点をリードされたものの、MF松本琉雅(3年)のゴールで追い付き、チームが勢いを増す流れの中で、10番に決定的なチャンスが巡ってくる。
「もう『ここしかない』と思って、あまり優れた例えではないかもしれないですけど、『気持ちで押し込んだ』という感じですね」。ゴールネットが揺れると、伊藤は一目散にピッチサイドで待つベンチメンバーの元へ走り出す。
「『よし!やってやったぞ!どうだ、青森山田!これが下から這い上がってきたヤツの意地だ』と。やってやった感がありました。でも、バックアップのメンバーを含め、途中から出たベンチメンバー、スタメンの全員、先生たち、応援の人たち、全員の力が最後にチームの勝利に繋がるような、走り切れるような力になったと感じるので、本当に全員に感謝したいですね」。2-1。逆転勝利を収めた帝京が、この試合で大会の“波”を掴んだのは間違いない。
試合後。取材エリアにやってきたこの日の主役は、笑顔であることを明かしてくれた。「試合前に同部屋のヤツらと『今日はオレらが“トレンド”になるぞ』と言っていたんです(笑)」。もともとサービス精神も旺盛。以降の試合もキャプテンとして必ず取材に応じてくれた伊藤の“その日のキラーフレーズ”は、メディア側にとっても1つの楽しみにまでなっていく。
セミファイナルでは昌平高に1-0で競り勝ち、決勝進出を堂々と決めた試合後。キャプテンは大会のメンバーに入ることが叶わず、東京から彼らの勝利を願っている3年生のチームメイトたちに想いを馳せる。
「下級生が出ていたり、もう少しでメンバーに入れそうだったりした彼らにもいろいろな気持ちがあると思いますし、その気持ちを背負って戦わなくてはいけないので、みんなの気持ちもいつも以上に入っていますし、それが口だけじゃなくて、実際プレーで見せられて、結果に繋げられているので、胸を張って『優勝したぞ』と東京の仲間たちに会いに行くためにも、あと1つどうやっても勝ちたいですね」。
前橋育英高の選手が歓喜に沸き、カナリア色のユニフォームがピッチに崩れ落ちる。決勝は後半のアディショナルタイムに生まれたゴールで決着が付いた。伊藤は悔しさを隠せないチームメイト1人1人に声を掛け、相手の選手と健闘を称え合い、応援してくれたみんなが待つスタンドへ足を向ける。
自分で音頭を取った挨拶が終わると、もう我慢できなかった。涙が止まらない。「やっぱり応援してくれる人のところに行った時が、一番『ああ、負けたんだな』と感じますよね」。藤本に抱き起こされ、ようやく立ち上がったものの、さまざまな感情があふれ出る。
だが、すぐに気を取り直して表彰式に臨む。「正直もう1ミリも見たくなかったですけど、あれを見ることが一番悔しさを感じられることですし、負けたんだからしっかり相手のことは称えなきゃなと思って、ずっと見ていました」。誰よりも前橋育英の歓喜をまっすぐに見据え、拍手を続けていた姿が印象深い。
この大会で6度目の取材に応じた伊藤は、もういつも通りの明るいキャプテンに戻っていた。「こうやって試合があるたびにたくさんメッセージをもらったり、自分たちの知らない徳島の現地の方々もたくさん見に来てくれて、そういう中でプレーすることは本当に幸せなことだと思いますし、その中で好きに楽しくやらせてもらえたので、本当に最高の大会でした」と周囲への感謝を述べたあと、朗らかに、サラッとこう言い切ってみせる。
「帝京高校は主役なので、夏を獲れずに、冬を獲ったらみんな感動できるんじゃないかなと思うので、1つのエンターテインメントとして良かったんじゃないかなと。冬を楽しみにしてください」。この男が口にすると、そんな強気な発言にも不思議と周囲には笑顔しか生まれない。隣にいた記者が「アイツ、凄いなあ」と呟いた。スタンドの前で流した涙と、ミックスゾーンで浮かべた笑顔と。伊藤が見せた2つの相反する表情が、とにかく記憶に残っている。
全国準優勝というインパクトは、言うまでもなくチームの見られ方に変化を及ぼしていた。「それはメチャメチャ感じます。試合の時に『これって全国2位のメンバー?』って聞かれたりしますし、結構今までとは違う目をしてくることは感じますね。街中でもちょっと見られちゃったり。でも、僕は練習着は2番を付けているので、1回だけ『アレ、帝京の10番じゃね?』って言われたんですけど、一緒にいた子が『違うよ、2番だろ』って。『オレが10番なんだけどなあ……』と思いました(笑)」と伊藤もその影響を、ユーモアを交えてこう語る。
選手権では周囲がさらに強い気持ちで立ち向かってくることは、容易に想像できる。だからこそ、今まで以上に危機感を持つ必要性も十分に理解していた。「夏はあそこまで行っても、結局最近は冬の全国を経験していない自分たちはチャレンジャーなので、『絶対に全国に行かなきゃいけない』ということや、『絶対に日本一にならなきゃいけない』ということはもちろんなんですけど、東京予選は今まで以上に厳しくなると思いますし、高いところを目指しながらも、地に足をつけて、一戦一戦慎重に、かつアグレッシブに戦わなくては、厳しくなってくるなと思いますね」。
『2022年の帝京高校サッカー部』としての価値をより証明するためには、やはり冬の全国でインターハイ以上の結果を出すことは絶対に外せない。何よりみんなで掲げてきた「胸の星を10個に増やす」という目標を達成するために、これまで苦しい練習にも耐えてきたのだ。例年以上に周囲の期待も背負い、自分たち自身にも強い期待を抱き、最後の選手権へと歩みを進めていく。
11月5日。西が丘。ちょうど1年前に敗退を突き付けられた会場に、彼らは帰ってきた。選手権予選準決勝。相手は國學院久我山高。インターハイ予選では準々決勝で対峙し、延長戦の末に帝京が勝利を収めているだけに、並々ならぬ気合で食らい付いてくることは重々承知していた。それでも、そう簡単にリベンジを許すわけにはいかない。オレたちにも、オレたちが目指し続けてきた夢がある。有観客のバックスタンドを黄色とオレンジが染める。熱気に包まれた大一番が、いよいよ幕を開ける。
「自分たちのサッカーができないことが、自分たちのストレスになっていました」。伊藤が語ったように、立ち上がりから國學院久我山の勢いが鋭い。好リズムそのままに前半10分には先制点を献上。前半のうちに逆転まで持っていったものの、帝京がいつものパフォーマンスを発揮できていないことは明らかだった。
後半に入ると交代カードも切りながら、アクセルを踏み込んだ國學院久我山に再逆転を許す。ビハインドを追い掛ける帝京は、丁寧にボールを動かしながら懸命にチャンスを窺うが、相手の堅陣を崩し切れないまま、時間ばかりが経過していく。
「焦って蹴るよりもあのサッカーの方が点を獲れる自信は全員にあったので、それは今までの積み重ねが出せたのかなと思いますけど、本来やりたいことはああいうことなのに、あの展開にならないとできなかったので、やっぱり自分たちのサッカーができなかったなと」(伊藤)。
西が丘の青空に試合終了のホイッスルが吸い込まれる。2-3。國學院久我山の選手が歓喜に沸き、カナリア色のユニフォームがピッチに崩れ落ちる。みんなで目指してきた夢に挑戦するための舞台には、今年も辿り着くことは叶わなかった。
伊藤は悔しさを隠せないチームメイト1人1人に声を掛け、相手の選手と健闘を称え合い、応援してくれたみんなが待つスタンドへ足を向ける。ただ、この日のキャプテンの表情には最後まで涙はなかった。
「ここで泣いたらダメだとは思っていたので、みんなを引っ張って帰っていきました。一番ダメだったヤツが一番泣いていても、『何しに来たんだ』と言われちゃうので、本当にピッチ内では全然ダメでしたけど、試合以外のことでできることは最後までやろうかなということで、家に帰って一人でしくしく泣いておこうかなと思います(笑)。悔しいですけどね」。らしい言葉でその時を振り返る伊藤。悔しくないわけはないけれど、涙は出てこなかった。
日比監督は試合後のロッカールームの様子を、こう教えてくれた。「僕が何かを言う前に伊藤が全部仕切ってやっていたから、アイツは素晴らしいですよ。こっちが先に言うべきことを、全部伊藤が言ってくれたから。こちらがそこまで言わなくても、本当によくやってくれるキャプテンだと思います」。
取材エリアに出てきた伊藤の表情は、いつもと何も変わらなかった。「あまり何も考えられないというか、正直インターハイの決勝ではこれ以上の力は出せないというか、もうやり切った感じはありましたけど、今日はちょっと力を出し切れなかったかなとは思いました。キャプテンという立場として1年間やってきて、最後にチームを救えなかったなというのは凄く感じます」。自身の反省を述べながら、話題は仲間への感謝へ移っていく。
「不思議な人間ばっかりの集団で、自分がまとめるとかは特にしていなかったですし、いろいろな“変なヤツら”が同じ目標を持ってやれたのかなって。星を10個に増やすということをずっとみんなが共通目標として戦えたことが、この仲の良さに繋がっているというか、それが試合にも影響してくるのかなと思って、本当にみんなに助けられてばかりの1年間でしたね」。
一拍置いて、これまたいつも通りの“キラーフレーズ”を忘れないあたりも、何とも彼らしい。「いやあ、もう国立で優勝してヒーローインタビューしてもらうのに憧れていたんですけど、それができないのはマジで悔しいです。もうメッチャイメージして、夢に何度出てきたかというぐらいだったのに(笑)」。つられてこちらも笑ってしまう。伊藤にしてみれば、これまでのサッカーキャリアのすべてを懸けてきたであろう、高校最後の選手権が終わってしまったばかりだというのに。
それは表彰式直後のことだった。ロッカールームへと引き上げる導線上にいた我々メディアへ向かって歩いてきた伊藤は、真っすぐな視線で、口を開く。「皆さんの期待に応えられなかったことは凄く残念ですけど、これからの帝京高校のことも、後輩たちのことも、よろしくお願いします」。
決して強烈なリーダーシップでチームを牽引していくタイプではない。周囲を黙らせてしまうようなサッカーセンスで圧倒していくタイプでもない。だが、気が付けば誰もがその人柄に惹き付けられていく。それもかけがえのない立派な才能だ。取材の最後の最後。その人間性の素晴らしさを称えると、笑いながら返ってきた言葉に本音が滲んだ。
「ありがとうございます。でも、プレーで素晴らしくなりたかったです(笑)。そこは悔しいですね」。
2022年の帝京を、唯一無二の空気感でまとめ上げてきた10番のキャプテン。伊藤聡太が自分らしく貫いた信念と、あえて繰り返したい人間性の素晴らしさに、最大限の敬意と感謝を。
■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」
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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史
●【特設】高校選手権2022
もう覚悟は決まっていたのだ。10番が刻まれたカナリア色のユニフォームに初めて袖を通した瞬間から、このチームのためにすべてを捧げると。得意なことも、得意ではないことも、やるべきだと思ったことは、全部引き受けて、ピッチに立つ。それが自分に与えられた使命だと信じてきたから。
「みんなには、また『ごめん』で終わっちゃったなって。今日も結果を残せなかったですし、個人的なところで言えば悔しい想いばかりだなと思いますけど、チームとしては全員でお互いの目を見て、お互いに声を掛け合って、帝京らしいサッカーで終われたのかなと思うので、今後の帝京に繋がる負けになったんじゃないかなと思います」。
13年ぶりとなる冬の全国を目指しながら、西が丘の舞台でその行き先を阻まれた伝統のカナリア軍団、帝京高(東京)を信念で牽引してきた10番のキャプテン。FW伊藤聡太(3年)の表情に、この日は最後まで涙はなかった。
ジュニアユースまで所属していた東京ヴェルディでは、ユースに昇格できなかった。「中学生の時の自分になかった強さの部分を得ようとして、高体連のチームを探していた中で、帝京の練習に参加した時に日比先生が『自由にやれ』と声を掛けてくれて、周りの選手の雰囲気も凄く良かったので、『ここでやりたいな』と思ったんですよね」。高校サッカー界きっての伝統校の門をくぐったものの、最初はそこまでこのチームでプレーする意味を、理解できていなかったという。
FW齊藤慈斗やDF入江羚介、DF藤本優翔を筆頭に、今回の西が丘でもメンバーに名を連ねていた多くの同級生が1年時から公式戦に起用されてきた中で、なかなか出場機会を得るまでには至らない。だが、2年生に進級すると、チームを率いる日比威監督はエースナンバーの10番を伊藤に託す。
「帝京で初めてもらったのがこの10番で、こんなありがたいことはないと思って日比先生にも感謝していますし、その重みは感じます。2年生で試合に出られるようになって、ようやく帝京の代表として11人の中に入って、試合に出ることへの自覚が芽生えたんです」。
スタメンの大半が2年生を占めるチーム構成の中で、少しずつその存在は際立っていく。「キャラ的にも明るい人だと思うので(笑)」と自ら口にする抜群のキャラクターが最大の武器。伊藤の周りにはいつも笑顔が集まってくるイメージがある。
印象的だったのは昨年の夏。数人で練習取材に伺った際、我々に対してチームを代表して行う挨拶に、日比監督は負傷離脱中であり、“学ラン姿”でグラウンドに現れていた伊藤を指名する。一言でさらった大爆笑。本人は「結構こういうの、僕がやるんです」と笑っていたが、その度胸と頭の回転の速さに舌を巻いた。
インターハイでこそ全国出場を経験したものの、選手権予選では準決勝で敗退した昨年度を経て、いよいよ最高学年を迎えた2022年。「キャプテンだった岸本(悠将)さんからは『オマエがキャプテンやれよ』と言われていましたし、チームの雰囲気的にはちょっと感じていました」という伊藤は、当然のようにキャプテンへ任命される。シーズンが始まったばかりの頃に、本人はこういう言葉を残している。
「キャプテンだと強く言わなきゃいけない時もあって、そういうのはあまり得意ではないですけど、頑張ってやらなきゃいけないなって。そういうところで妥協していたらチームにも甘さが出てくると思いますし、そこのメリハリは去年よりも意識するようになりました。たとえば練習が始まっても、雰囲気が引き締まっていないような状況がある時に、全体にしっかり伝えないといけないことを、みんなを集めて喋ったり、あとは円陣を組んでから行くようになったり、締める人や状況を変える人がいないといけないので、その役割は頑張ってやっています」
「勝ち切れるチームにするためには私生活を含めた日常から変えていかないといけないわけで、その雰囲気を変える役目が自分なのかなと思っているので、そこは妥協せずに、多少ツラいことがあっても、自分の立場を考えてやっていかないといけないと思いますし、今年はそういう役回りなのかなと。そういうところでも存在感を示していかないと“二流”かなって」。
真夏の徳島は躍進の舞台となった。2年続けてインターハイの全国出場を手繰り寄せたカナリア軍団は、準優勝という大きな成果を手にしてみせる。とりわけ伊藤が輝いたのは、前回王者の青森山田高と対峙した2回戦。前半で1点をリードされたものの、MF松本琉雅(3年)のゴールで追い付き、チームが勢いを増す流れの中で、10番に決定的なチャンスが巡ってくる。
「もう『ここしかない』と思って、あまり優れた例えではないかもしれないですけど、『気持ちで押し込んだ』という感じですね」。ゴールネットが揺れると、伊藤は一目散にピッチサイドで待つベンチメンバーの元へ走り出す。
「『よし!やってやったぞ!どうだ、青森山田!これが下から這い上がってきたヤツの意地だ』と。やってやった感がありました。でも、バックアップのメンバーを含め、途中から出たベンチメンバー、スタメンの全員、先生たち、応援の人たち、全員の力が最後にチームの勝利に繋がるような、走り切れるような力になったと感じるので、本当に全員に感謝したいですね」。2-1。逆転勝利を収めた帝京が、この試合で大会の“波”を掴んだのは間違いない。
試合後。取材エリアにやってきたこの日の主役は、笑顔であることを明かしてくれた。「試合前に同部屋のヤツらと『今日はオレらが“トレンド”になるぞ』と言っていたんです(笑)」。もともとサービス精神も旺盛。以降の試合もキャプテンとして必ず取材に応じてくれた伊藤の“その日のキラーフレーズ”は、メディア側にとっても1つの楽しみにまでなっていく。
セミファイナルでは昌平高に1-0で競り勝ち、決勝進出を堂々と決めた試合後。キャプテンは大会のメンバーに入ることが叶わず、東京から彼らの勝利を願っている3年生のチームメイトたちに想いを馳せる。
「下級生が出ていたり、もう少しでメンバーに入れそうだったりした彼らにもいろいろな気持ちがあると思いますし、その気持ちを背負って戦わなくてはいけないので、みんなの気持ちもいつも以上に入っていますし、それが口だけじゃなくて、実際プレーで見せられて、結果に繋げられているので、胸を張って『優勝したぞ』と東京の仲間たちに会いに行くためにも、あと1つどうやっても勝ちたいですね」。
前橋育英高の選手が歓喜に沸き、カナリア色のユニフォームがピッチに崩れ落ちる。決勝は後半のアディショナルタイムに生まれたゴールで決着が付いた。伊藤は悔しさを隠せないチームメイト1人1人に声を掛け、相手の選手と健闘を称え合い、応援してくれたみんなが待つスタンドへ足を向ける。
自分で音頭を取った挨拶が終わると、もう我慢できなかった。涙が止まらない。「やっぱり応援してくれる人のところに行った時が、一番『ああ、負けたんだな』と感じますよね」。藤本に抱き起こされ、ようやく立ち上がったものの、さまざまな感情があふれ出る。
だが、すぐに気を取り直して表彰式に臨む。「正直もう1ミリも見たくなかったですけど、あれを見ることが一番悔しさを感じられることですし、負けたんだからしっかり相手のことは称えなきゃなと思って、ずっと見ていました」。誰よりも前橋育英の歓喜をまっすぐに見据え、拍手を続けていた姿が印象深い。
この大会で6度目の取材に応じた伊藤は、もういつも通りの明るいキャプテンに戻っていた。「こうやって試合があるたびにたくさんメッセージをもらったり、自分たちの知らない徳島の現地の方々もたくさん見に来てくれて、そういう中でプレーすることは本当に幸せなことだと思いますし、その中で好きに楽しくやらせてもらえたので、本当に最高の大会でした」と周囲への感謝を述べたあと、朗らかに、サラッとこう言い切ってみせる。
「帝京高校は主役なので、夏を獲れずに、冬を獲ったらみんな感動できるんじゃないかなと思うので、1つのエンターテインメントとして良かったんじゃないかなと。冬を楽しみにしてください」。この男が口にすると、そんな強気な発言にも不思議と周囲には笑顔しか生まれない。隣にいた記者が「アイツ、凄いなあ」と呟いた。スタンドの前で流した涙と、ミックスゾーンで浮かべた笑顔と。伊藤が見せた2つの相反する表情が、とにかく記憶に残っている。
全国準優勝というインパクトは、言うまでもなくチームの見られ方に変化を及ぼしていた。「それはメチャメチャ感じます。試合の時に『これって全国2位のメンバー?』って聞かれたりしますし、結構今までとは違う目をしてくることは感じますね。街中でもちょっと見られちゃったり。でも、僕は練習着は2番を付けているので、1回だけ『アレ、帝京の10番じゃね?』って言われたんですけど、一緒にいた子が『違うよ、2番だろ』って。『オレが10番なんだけどなあ……』と思いました(笑)」と伊藤もその影響を、ユーモアを交えてこう語る。
選手権では周囲がさらに強い気持ちで立ち向かってくることは、容易に想像できる。だからこそ、今まで以上に危機感を持つ必要性も十分に理解していた。「夏はあそこまで行っても、結局最近は冬の全国を経験していない自分たちはチャレンジャーなので、『絶対に全国に行かなきゃいけない』ということや、『絶対に日本一にならなきゃいけない』ということはもちろんなんですけど、東京予選は今まで以上に厳しくなると思いますし、高いところを目指しながらも、地に足をつけて、一戦一戦慎重に、かつアグレッシブに戦わなくては、厳しくなってくるなと思いますね」。
『2022年の帝京高校サッカー部』としての価値をより証明するためには、やはり冬の全国でインターハイ以上の結果を出すことは絶対に外せない。何よりみんなで掲げてきた「胸の星を10個に増やす」という目標を達成するために、これまで苦しい練習にも耐えてきたのだ。例年以上に周囲の期待も背負い、自分たち自身にも強い期待を抱き、最後の選手権へと歩みを進めていく。
11月5日。西が丘。ちょうど1年前に敗退を突き付けられた会場に、彼らは帰ってきた。選手権予選準決勝。相手は國學院久我山高。インターハイ予選では準々決勝で対峙し、延長戦の末に帝京が勝利を収めているだけに、並々ならぬ気合で食らい付いてくることは重々承知していた。それでも、そう簡単にリベンジを許すわけにはいかない。オレたちにも、オレたちが目指し続けてきた夢がある。有観客のバックスタンドを黄色とオレンジが染める。熱気に包まれた大一番が、いよいよ幕を開ける。
「自分たちのサッカーができないことが、自分たちのストレスになっていました」。伊藤が語ったように、立ち上がりから國學院久我山の勢いが鋭い。好リズムそのままに前半10分には先制点を献上。前半のうちに逆転まで持っていったものの、帝京がいつものパフォーマンスを発揮できていないことは明らかだった。
後半に入ると交代カードも切りながら、アクセルを踏み込んだ國學院久我山に再逆転を許す。ビハインドを追い掛ける帝京は、丁寧にボールを動かしながら懸命にチャンスを窺うが、相手の堅陣を崩し切れないまま、時間ばかりが経過していく。
「焦って蹴るよりもあのサッカーの方が点を獲れる自信は全員にあったので、それは今までの積み重ねが出せたのかなと思いますけど、本来やりたいことはああいうことなのに、あの展開にならないとできなかったので、やっぱり自分たちのサッカーができなかったなと」(伊藤)。
西が丘の青空に試合終了のホイッスルが吸い込まれる。2-3。國學院久我山の選手が歓喜に沸き、カナリア色のユニフォームがピッチに崩れ落ちる。みんなで目指してきた夢に挑戦するための舞台には、今年も辿り着くことは叶わなかった。
伊藤は悔しさを隠せないチームメイト1人1人に声を掛け、相手の選手と健闘を称え合い、応援してくれたみんなが待つスタンドへ足を向ける。ただ、この日のキャプテンの表情には最後まで涙はなかった。
「ここで泣いたらダメだとは思っていたので、みんなを引っ張って帰っていきました。一番ダメだったヤツが一番泣いていても、『何しに来たんだ』と言われちゃうので、本当にピッチ内では全然ダメでしたけど、試合以外のことでできることは最後までやろうかなということで、家に帰って一人でしくしく泣いておこうかなと思います(笑)。悔しいですけどね」。らしい言葉でその時を振り返る伊藤。悔しくないわけはないけれど、涙は出てこなかった。
日比監督は試合後のロッカールームの様子を、こう教えてくれた。「僕が何かを言う前に伊藤が全部仕切ってやっていたから、アイツは素晴らしいですよ。こっちが先に言うべきことを、全部伊藤が言ってくれたから。こちらがそこまで言わなくても、本当によくやってくれるキャプテンだと思います」。
取材エリアに出てきた伊藤の表情は、いつもと何も変わらなかった。「あまり何も考えられないというか、正直インターハイの決勝ではこれ以上の力は出せないというか、もうやり切った感じはありましたけど、今日はちょっと力を出し切れなかったかなとは思いました。キャプテンという立場として1年間やってきて、最後にチームを救えなかったなというのは凄く感じます」。自身の反省を述べながら、話題は仲間への感謝へ移っていく。
「不思議な人間ばっかりの集団で、自分がまとめるとかは特にしていなかったですし、いろいろな“変なヤツら”が同じ目標を持ってやれたのかなって。星を10個に増やすということをずっとみんなが共通目標として戦えたことが、この仲の良さに繋がっているというか、それが試合にも影響してくるのかなと思って、本当にみんなに助けられてばかりの1年間でしたね」。
一拍置いて、これまたいつも通りの“キラーフレーズ”を忘れないあたりも、何とも彼らしい。「いやあ、もう国立で優勝してヒーローインタビューしてもらうのに憧れていたんですけど、それができないのはマジで悔しいです。もうメッチャイメージして、夢に何度出てきたかというぐらいだったのに(笑)」。つられてこちらも笑ってしまう。伊藤にしてみれば、これまでのサッカーキャリアのすべてを懸けてきたであろう、高校最後の選手権が終わってしまったばかりだというのに。
それは表彰式直後のことだった。ロッカールームへと引き上げる導線上にいた我々メディアへ向かって歩いてきた伊藤は、真っすぐな視線で、口を開く。「皆さんの期待に応えられなかったことは凄く残念ですけど、これからの帝京高校のことも、後輩たちのことも、よろしくお願いします」。
決して強烈なリーダーシップでチームを牽引していくタイプではない。周囲を黙らせてしまうようなサッカーセンスで圧倒していくタイプでもない。だが、気が付けば誰もがその人柄に惹き付けられていく。それもかけがえのない立派な才能だ。取材の最後の最後。その人間性の素晴らしさを称えると、笑いながら返ってきた言葉に本音が滲んだ。
「ありがとうございます。でも、プレーで素晴らしくなりたかったです(笑)。そこは悔しいですね」。
2022年の帝京を、唯一無二の空気感でまとめ上げてきた10番のキャプテン。伊藤聡太が自分らしく貫いた信念と、あえて繰り返したい人間性の素晴らしさに、最大限の敬意と感謝を。
■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」
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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史
●【特設】高校選手権2022