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「小嶺先生」の教え子が抱いた思い…101回目の選手権に、新生・国見が帰ってくる

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「小嶺先生」の教え子によって鍛えられた国見高が12年ぶりの選手権へ

[11.13 選手権長崎県予選決勝 創成館高 1-2 国見高 トランスコスモススタジアム]

「101回目の選手権で『小嶺先生の国見が戻ってきた』と言われる。今回はそれでいいんです」

 国見高・木藤健太監督はそう言って破顔した。偉大な恩師である小嶺忠敏元監督が逝去し、「先生が亡くなってからその存在が自分の中での大きさを感じていた」と言うように、その双肩には小さからぬプレッシャーもかかっていた。

 昨年までは“長崎総合科学大学附属高の小嶺監督”なのだから、国見の木藤監督にとっては乗り越えるべき壁という部分が大きかった。「先生に勝って全国へ」という思いで選手権予選にも臨んでいたが、今年はちょっと違っていた。

「決勝を前にして『先生がどこかで観てくれている』という気持ちになった。『先生だったら、どう言うだろうな』とか考えたりもしていました」(木藤監督)

 どちらかと言うと、木藤監督のイメージは「脱小嶺路線」のイメージが強いかもしれない。「髪の長さは礼儀や人間性に関係はないと思っている」(木藤監督)と、約2年前に国見のトレードマークだった丸刈り頭を廃止したのは典型だろう。

 また「サッカーに対する考え方は違いがある」とハッキリ言うように、タフネスを前面に押し出す、いわゆる小嶺スタイルとは異なる方向性で戦術を練り、チームを作ってきた。

 一方で、「僕の中でも先生の教えは濃いんですよ」とも言う。

「勝負師としての感覚、選手交代でもリスク管理にしてもマネジメント……。例えば、『先生はあのときこういう言い方をしていたけれど、なんでだったんだろう?』と考えることはよくあるんです。そうやった上で『じゃあ、僕はこう言おう』と実践しています」(木藤監督)

 その上で「自分でもビックリしたんですけれど」と前置きした上で、こうも言った。

「『先生のために勝ちたい』という思いが自分の中で出てきていたんです」

 恩師へ抱く感情は、一筋縄で語られるようなものでもないだろう。ただ、この大会に向けて抱いた思いはシンプルだった。

「国見がここで勝つことによって『小嶺先生の国見が』と、またなると思う。そうなってくれればと思っています。小嶺先生が亡くなられて、101回目の選手権がやって来て、そこに国見が帰ってくる。そうしたいという思いが出ていた」(木藤監督)

 もっとも、木藤監督は選手権出場を果たして満足しているわけではない。それは「勝利への執着心が本当に凄かった」という恩師の教えとも異なるからだ。

「やっとスタートラインに立てただけです。ここから全国で勝つことを目指していきたい」

 101回目の選手権に、「小嶺先生」の教え子によって鍛えられた新生・国見が帰ってくる。

(取材・文 川端暁彦)
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