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「地元の公立高校でサッカーしようと思っていた」。岡山学芸館DF福井槙に重なる偶然と努力は日本一へと繋がっていた

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ロングスローでゴールを演出した岡山学芸館高DF福井槙(写真協力『高校サッカー年鑑』)

[1.9 選手権決勝 岡山学芸館高 3-1 東山高 国立]

 人生とは、わからないものだ。もともとは真剣にサッカーを続けるかどうかすら迷っていたにも関わらず、周囲のアドバイスもあって偶然門を叩いた高校のレギュラーとして、日本一になってしまうのだから。

「もうなんか実感がなさ過ぎますね。優勝が決まった瞬間も嬉しくて涙が出たんですけど、あまり状況が理解できていなくて、今になってようやく『日本一になったんやな』って感じますし、今までに感じたことのない嬉しさや達成感があります」。

 岡山学芸館高(岡山)の最終ラインを支えてきた右サイドバック。DF福井槙(3年=GAフロンティア大阪出身)の不思議な運命の巡り合わせは、国立競技場のピッチで、多くの人への感謝とともに結実した。

「もうグラウンドに入った時は、見たことのない人の量で、かなり緊張しました」。東山高(京都)と対峙する全国ファイナル。スタンドには5万人を超える観衆が押し寄せていた。準決勝以上の雰囲気に飲み込まれてしまいそうになりながら、福井は改めて自分自身に言い聞かせる。「こんなに良い舞台は、人生で一度しかないかもしれないぞ」。

 キックオフしてしばらくすると、ようやく気持ちが落ち着いていく。「開始から5分くらい経ったらもう観客のことは忘れて、プレーに集中して、いつも通りのプレーができました」。高校生なら誰もが憧れる国立の決勝。楽しまないと、損だ。福井は冷静に、丁寧に、自分のプレーを続けていく。

 先制する展開の中で、前半のうちに追い付かれたが、岡山学芸館の攻守に渡る集中力は途切れない。「相手は1人1人の技術が高くて、組織で頑張って守っても個で打開されるところはあったんですけど、みんなで相手の枚数を上回る人数でボールに集中して寄せられたので、チームとしてはしっかり守れたんじゃないかなと思います」と話す福井も含め、キャプテンのDF井上斗嵩(3年)、DF田口大慎(3年)、DF中尾誉(3年)で組んだ4バックで熟成させてきた連携は、そう簡単に崩れない。MF木村匡吾(3年)のゴールで勝ち越すと、終盤に右サイドバックへ見せ場がやってくる。

 後半40分。右サイドで得たスローイン。タッチライン際に福井が向かう。「今大会は県予選の時に比べてあまりロングスローをうまく投げられていなくて、そこからの得点もなかったので、最後の1試合は思い切って投げようと思っていました」。全身を使って投げ込んだ軌道はエリア内まで届き、こぼれたボールを木村がゴールへ叩き込む。

「点が入ったことが嬉しすぎて、自分がロングスローを投げたことも忘れていました(笑)」。ひたすら磨き続けてきた“武器”が、ようやく決勝の舞台でゴールに繋がる。タイムアップの笛が聞こえると、自然と涙が頬を伝った。「涙が出たのは、やっぱり感謝の気持ちが大きかったです」。全国の頂から見た景色は、思っていた以上に最高だった。

 中学時代は自宅のある兵庫から、GAフロンティア大阪の練習に通っていた。高校進学を控え、いくつかの学校から声は掛かっていたものの、「本気でサッカーするかも迷っていたので、『地元の公立高校でサッカーしようかな』とも思っていたんです」とのこと。そんな時にずっと自分のサッカーを応援してきてくれた親から、別の選択肢のアドバイスを受ける。

「親から真剣にサッカーを続けることを勧められて、インターネットで調べたりしていた中で、たまたま学芸館が候補に挙がってきて、それで『1回練習会に行こうかな』という感じで行ったら、結果的に入学することが決まったので、正直ここを選んだのもハッキリとした理由はなかったんです(笑)」。

 いくつかの偶然が重なって辿り着いたこの高校で、出会った最高の仲間と達成した日本一。「この道もあることを言ってくれた親には本当に感謝しかないですし、ホンマに奇跡みたいな結果でしたけど、ホンマに学芸館に来て良かったなと思います」。それでも福井が積み重ねてきた努力が、この奇跡のような結末を手繰り寄せたことも、疑いようのない事実であることは言うまでもないだろう。

「ここまで来られたのは家族やスタンドで応援してくれているみんなとか、全ての人の支えがあったからなので、結果という形で恩返しできたことが一番嬉しかったです」と改めて感謝を口にした福井は、関西の大学でサッカーを続けるつもりだという。

「今はプロを目指すことはあまり考えていなくて、この高校で味わった日本一を自分の力にして、大学でも結果という形で親に恩返しできるように頑張っていきたいです。ああ、でも、高校でもここから少しは勉強しないといけないので、それも頑張ります」。笑顔を浮かべた表情は、ごくごく普通の高校生のそれだった。

 きっとこれからは『日本一の右サイドバック』というフレーズが付いて回る。それでも、ほんの少しの偶然と、たゆまぬ努力が重なる先にあるものを知っている福井なら、そんな見られ方も軽やかに乗り越えていくはずだ。

(取材・文 土屋雅史)

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