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一瞬張り詰めた記者会見…なでしこ佐々木監督の真意

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[7.31 ロンドン五輪F組 日本0-0南アフリカ カーディフ]

 わざとだったのかは分からない。試合後の記者会見を終えた佐々木則夫監督は、選手と同じようにミックスゾーンを抜けてチームバスに乗り込んだ。通常、監督がミックスゾーンを通る必要はない。少なくともグループリーグ第1戦、第2戦を戦ったコベントリーで、佐々木監督がミックスゾーンに姿を見せることはなかった。

 選手がミックスゾーンで取材を受けていると、その後ろを佐々木監督が「あんまり選手を責めないでよー」と言いながら通って行った。冗談交じりではあるが、本音だっただろう。すでに記者会見でひとしきり“引き分け狙い”の真意を語り尽くしたあとだったにもかかわらず、指揮官はミックスゾーンでも立ち止まり、報道陣の取材に対応していた。

「次の準備として何がいいか。それはここ(カーディフ)に残ることだった」。記者会見での佐々木監督の説明は単純明快だった。中2日で長距離移動が必要なグラスゴーではなく、同じカーディフで戦いたい。対戦相手については「どこでもよかった」と言うが、直前の親善試合で0-2の完敗を喫しているフランスよりは、FWマルタが不在だったとはいえ、4月に4-1で勝っているブラジルの方がくみしやすいだろう(日本の試合が終わった時点ではイギリスと対戦する可能性もあったが)。

 とはいえ、記者会見という公式の場で何もあそこまで正直にすべてを話す必要はあったのだろうかとも思った。佐々木監督が「テレビで応援してくれる人たち、試合を見ている少年少女にサッカーのスペクタクルさを見せるという意味では、申し訳なかった」と謝罪したように、ファンに向けての説明の意図もあっただろうが、何よりも選手を守るためだったように思う。

 もしも佐々木監督が記者会見であれほどまでに説明していなかったら、おそらく選手がミックスゾーンで試合前や試合中の監督の指示、言葉について根掘り葉掘り取材されていただろう。指揮官としては、それを避けたい。だからこそ、記者会見で懇切丁寧に説明し、「責任は僕にある。選手に指示をして、やらせたのは僕」と、すべての矛先を自分に向けた。ミックスゾーンに姿を見せ、記者会見の“続き”をしたのも、そのためだったのかもしれない。

 基本的に佐々木監督と報道陣の間は良好な関係にある。ユーモアあふれる指揮官の記者会見にはジョークや笑い声が付き物だ。そんな佐々木監督がこの日の会見で一瞬、語気を強めるシーンがあった。「次の試合に向けて選手の精神面への影響は心配されないか?」という質問に対し、「それは勝手に心配してくれて結構。それは僕が次の準備でしっかりやること」と強い口調で否定した。

 試合は引き分けに終わり、目論見どおり2位で通過した。だから、これ以上、選手が動揺したり混乱したりするような状況をつくりたくない。今、この瞬間から準々決勝に集中したい。そんな心境が見え隠れした。

 金メダルを目標としているチームにとって、大会を勝ち上がるうえでの戦略として今回の決断は十分、理にかなっている。当然、その是非は最終的な結果次第で問われることになるだろうが、まだ“結果”が分からない現時点では当然の策だったと思う。しかし、“異常”とは言わないまでも、“特殊”な指示だったことも確かで、少なくとも試合後の佐々木監督の言動が普段と多少違ったという意味で、チームに何の影響も残さなかったとはやはり言い切れない。

「ここ(カーディフ)での準々決勝に何が何でも勝たせて、ベスト4に行く。それに尽きる」。そう力説した指揮官。移動という負担はなくなっても、負けられないというプレッシャーは必要以上に大きくなった。もしかしたら、グラスゴーに行くよりも“イバラの道”だったのかもしれない。いかにこの状況を切り抜け、まずはベスト4へたどり着くか。あらためて佐々木監督のマネジメント力が問われることになる。

(取材・文 西山紘平)

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