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「思い切ってPKを蹴ってくれ。必ず高木駿が止める」信じて笑った大分・片野坂監督、J3→J1躍進劇は“最終章”聖地・国立へ

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GK高木駿、片野坂知宏監督が歓喜の『芝刈り機』

[12.12 天皇杯準決勝 川崎F 1-1(PK4-5) 大分 等々力]

 劇的な同点ゴールで望みをつないだ延長戦の終了後、大分トリニータ片野坂知宏監督は120分間の死闘を演じた選手たちを笑顔で迎えていた。J3時代の2016年から続いた6年間の長期体制は今季がラストイヤー。J2降格が決まった後もチームの士気は高まるばかりで、その勢いはクラブ史上初の天皇杯決勝をかけた大舞台でも失われることはなかった。

 PK戦が始まる直前、片野坂監督は円陣で選手たちに次のような言葉をかけていたという。

「ここまで川崎さんと対等に90分間、延長戦も含めて戦えている。PKは運もあるし、外してもとにかくいい。ここまでやってくれたみんなが思い切ってPKを蹴ってくれれば、必ず高木駿が止める。思い切ってやってくれ」。続いて吉坂圭介GKコーチが円陣で声を上げると、選手たちからは笑顔もこぼれた。

 指揮官はその後、アウェーゴール裏に陣取るサポーターに向かって大きなジェスチャーで鼓舞。コーチ陣と満面の笑みで握手をかわした。そうして明るく迎えた運命のPK戦。スタッフ陣が順番を決めたキッカー陣が冷静にキックを沈めていくと、“予言”どおりにGK高木駿が2本のキックをセーブ。片野坂監督はテクニカルエリアに倒れ込んで喜びを爆発させた。

 さらに指揮官のパフォーマンスは、ここで終わらなかった。ピッチ上での歓喜がひと段落した後、選手たちとともにゴール裏のサポーターのもとへ。最前線に立って勝利のダンスセレブレーションに参加すると、SNSなどで話題を呼んだお笑い芸人ワッキーさんのモノマネ『芝刈り機』まで即興で披露するなど、誰よりも激しく歓喜を表現していた。

 実は1週間前、J1最終節の柏レイソル戦後にも指揮官はアウェーに集まったサポーターと同様の形で喜びを分かち合っていた。すでに来季のJ2降格が決まっており、今季限りでの退任が決まった指揮官の振る舞いとしてはなかなか見られない異例な光景だったが、残された最後の舞台である天皇杯に向けてポジティブな機運が作り出されていた。

 もっともその一方、チーム内では地道なコミュニケーションが行われ、「最後まで戦い抜く」ための意思統一も進んでいたようだ。片野坂監督は天皇杯準決勝後のオンライン会見で、降格決定後・自身の退任発表後のチームマネジメントについて次のように振り返った。

「リーグ戦の鹿島戦で降格が決まって、残りの2試合はすごく大事だと思っていた。選手も悔しい思いはあるけど、ファン・サポーターに感謝、戦う姿勢を見せないといけないし、応援に来ていただける方々がたくさんいるので、最後まで諦めずに最大値を出してやることが使命だと選手に話した、僕自身も残り2試合と天皇杯は自分の勝てるゲームをするための準備をしていきたいと話をして、選手がそこで奮起してくれた」

「そういう思いになってくれたし、ピッチの中でも一人一人が責任を持って戦ってくれた。リーグ戦を2連勝して、その勢いが今日の川崎戦でも出たと思う。天皇杯はノックアウトで、今日も絶対王者の川崎さん相手なので簡単なゲームじゃないし、今季の成績から言えば川崎さんが間違いなく決勝に勝ち上がるだろうと思っているところをわれわれらしい戦いができた。事実上の決勝戦だということを話して、思い切って自分のやりたいこと、やれること、最後まで出し切るとか、最後までファン・サポーターに見せようよと話して、選手たちは奮起してくれたし、気持ちのこもったプレーをしてくれた。メンタル的なリバウンドのところをを持ち直して強い気持ちを持って戦ってくれたからこういう結果につながったと思う」

 挫折からの“持ち直し”といえば、快挙の立役者となった高木はその象徴的な存在でもあった。高木は今年4月、シーズン中盤に差し掛かったタイミングでGKポープ・ウィリアムにポジションを奪われ、昨季に続いて2年連続でのレギュラー落ちを経験。それでも8月中旬、14試合ぶりに先発に返り咲くと、そこからは再びポジションを奪い返し、終盤の快進撃を最後尾で支えてきた。

「前半戦になかなか結果が出ず、ミスもあったりして、少しパフォーマンスが悪くなっていたので、自分は普段のトレーニングからGKも見ているし、GKコーチとも話し合いながらポープに代えた。ポープをトライさせながら、お互いを競争させながら、ゲームやパフォーマンスによって選ぶようにした」。

 当時の決断を振り返った片野坂監督は、そこからの高木の奮闘を目を細めながら語った。

「その中でも高木駿は切らさずにチームのために貢献するためにトレーニングから集中して、トライしてくれていた。そしてレギュラーを取り、ゲームでも非常に存在感を出してくれていた。フィード、クロス対応、背は決して高くないけど、私自身がGKに求めるものをチャレンジしてくれて、貢献してくれた。リーグ戦は良い結果につながらなかったが、天皇杯のパフォーマンスを見れば彼が日頃からどれだけチームのために集中してできるやっているかがわかると思う。普段からそういうパフォーマンスをしているので、高木駿にとっては当たり前かもしれないが、素晴らしいプレーをしてくれた。そしてキャプテンとしてチームを引っ張ってくれた」。

 試合のディテールに触れる際にも「高木駿のビッグセーブがなければ勝ち上がることができなかったゲーム」「高木駿のビッグセーブがなければ敗退していたトーナメント」と何度も口にした指揮官。J2昇格初年度となった2017年終盤から正GKを任せ、J1昇格を果たした18年とJ1初年度の19年には全試合でゴールマウスを委ね続けた守護神の大活躍に賛辞は止まらなかった。

 選手を成長させ、信じて起用する——。こうした手腕の成果は守護神の活躍以外にも、川崎F戦のピッチ上から随所に見て取れた。今季初採用となった4-3-1-2システム、FW渡邉新太の中盤起用、MF下田北斗による相手アンカー潰し、DFエンリケ・トレヴィザンとMFペレイラのCBコンビによるFWレアンドロ・ダミアン対策、苦しくなった時間帯でのMF井上健太の最前線投入、失点直後のパワープレー戦法。いずれもリーグ戦でのセオリーとは異なるものの、川崎Fの特徴と選手の個性に合った大胆で効果的な用兵だった。

「川崎さん相手にわれわれの戦い方として、ウィークとストロングは攻撃でも守備でもあるよと選手にも理解させて、選手もそれをしっかりと感じ取った中でやってくれた。途中も3-4-3に戻そうかなとか、(最終ライン)4枚のメンバーを変えようかなとか、いろんな試行錯誤をしながらの120分だった」

 そんな死闘を潜り抜けた指揮官は「正直、こうやって試合が終わった後でも自分の中で勝ち上がった実感というか……。勝てた試合なんですが、そういう感情はない。夢のようなというか、ちょっと信じられない結果になったと感じている」とやや苦笑い気味に振り返りつつ、「非常に頭も使うし、気も使うし、疲れたゲームになった。ただ、こうして勝ち上がって決勝に行けたことが疲れを吹っ飛ばしてくれた」と笑顔を見せた。

 そうしてたどり着いたクラブ史上初の天皇杯決勝。片野坂体制ラストマッチは日本スポーツの聖地・国立競技場で迎えることになった。「われわれらしい戦いを思い切ってできるように一生懸命準備して、今季を最高の結果で終われるように。そして悔しい思いをしたリーグ戦からタイトルを取るところまで向かえるように準備して臨みたい」(片野坂監督)。まさに集大成。J3での監督就任から6年、Jリーグ史上初の“二段階昇格”に導いた指揮官と大分トリニータの物語がついに最終章を迎える。

(取材・文 竹内達也)
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