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桐生一は1年でのプレミア降格も大きな経験値を糧に「3分の1歩」から再び前を向く

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桐生一高は1年間の経験を糧にプレミアリーグへの再チャレンジを期す

[11.19 高円宮杯プレミアリーグEAST第20節 横浜FCユース 3-3 桐生一高 神奈川県立保土ヶ谷公園サッカー場]

 壮絶な打ち合いは、まるで今シーズンを象徴するかのようだった。2点を先制され、執念で3点を奪い返して逆転まで持ち込むも、後半のアディショナルタイムに追い付かれる。初めてのプレミアリーグはいったんの終焉を迎えたものの、彼らが得た体験が目に見えるもの以上の価値を、このグループにもたらしてくれたことは間違いない。

「贅沢な話ですけど、『もう1回やりたいな』というのが素直な感想です。1年前の僕は『ビリでもプリンス関東があるから』と思っていたんですけど、この代のこの子たちでここまでやれるということは、もっと5年ぐらいのスパンで、『上がる、残る、優勝する』というようなプランニングをしなくてはいけないなと、実際にプレミアに来て思わされました。改めてスタンダードを見直させていただけて、本当に勉強になった1年でした」(桐生一高・中村裕幸監督)。

 惜しくもこの日でプレミアリーグからの降格を突き付けられた桐生一高(群馬)。だが、この1年で選手たちは、スタッフは、そして彼らを取り巻く環境は、確実に大きくステップアップしていった。

 彼らのプレミアリーグは『0-7』から始まった。開幕節が延期され、実質の初戦となった第2節の横浜F・マリノスユース戦。「これまでにないレベルの差を痛感させられましたし、2,3日はずっと自分の頭の中にそのことがあって、焦りというのが9割くらいを占めていました」と振り返るのはキャプテンのMF諏訪晃大(3年)。7失点を食らっての大敗。誰もが先行きに不安を覚えざるを得ない船出だった。

 そもそも今年のチームに、昨年末のプレミアリーグプレーオフでピッチに立った選手は1人もいない。「自分たちは入学した頃から弱い代と言われてきたんです」と諏訪が話せば、「僕たちは去年の先輩たちより上手くもないし、気持ちもなかなか強く持てなかった学年なんです」とはMF岡村葵(3年)。守護神として今年の守備陣を支えるGK清水天斗(3年)に至っては「正直僕はプレミアリーグのことを知らなかったんです。プリンスリーグしか知らなくて……」と苦笑するほど。望外の舞台に誰もが戸惑っていたことは否めない。

 ホームで行われた第8節の青森山田高戦でとうとう初勝利を挙げたものの、中断に入る7月までの結果は1勝2分け9敗。重ねた失点は41を数え、「僕がお尻を叩かなくても『これはヤバいな』と思ったでしょう」と中村監督の言葉通り、チームはとにかく大きな危機感に包まれていた。

 ただ、この高校最高峰のステージで過ごした日常は、確実に彼らのマインドを変化させていた。「みんなで考えて行動して、どうすれば強くなるかということを1人1人が考えることがこのチームの強みになって、練習からの強度を上げていけたんです」(諏訪)「技術面もそうなんですけど、自分たちより格上の相手にどれだけ戦えるかという気持ちの部分が成長したと思います。『自分たちもやれるぞ』と思えるようになりました」(岡村)「前期は1回弾いたらそれで終わりで、セカンドボールへの反応は少なかったんですけど、後期は集中力が増して、追い込まれている中で気持ちの強さが余計に出てきたので、それが一番変わった点かなと思います」(清水)。

「前期は1勝で終わった後、夏はそんなにうるさいことを言ったというより、大枠の話をしながら選手たちに任せるところもあったんですけど、そういう意味では大人になって、自立して、このプレミアを残留に導くために、自分たちが何をしなければいけないんだという気持ちの出た回数は多くなってきましたね」と中村監督も選手たちの変化を口にする。再開後は優勝争いを繰り広げる川崎フロンターレU-18に2-2、横浜FMユースに3-3と、ともに殴り合って勝ち点1をゲット。大宮アルディージャU18とJFAアカデミー福島U-18からは白星を挙げ、自らの成長を確かな成果で示してみせる。

「もちろん上位の1,2位を争っているチームとの試合は怖いですし、『何点獲られるんだろう……』とも考えてしまうんですけど、やってみると意外と耐えられるというか、粘り強く戦えて、なおかつ点も獲れるようになって、そういう面でも成長できたかなと思います」。清水の言葉はおそらくチームの共通認識。いつの間にかプレミアリーグで次の試合の勝利を目指すことは、彼らのごくごく普通の身近な目標になっていた。

 その日常が根付いたことは、プレミアリーグの舞台に立っていない選手たちのマインドにも変化を及ぼす。「単純に自分が試合に出ていなくても、みんなプレミアの試合を見るじゃないですか。県1部リーグでプレーしている子のサッカーノートを見ると、自分が出た試合と翌日のプレミアを比較して、大げさではなく『同じスポーツとは思えない』と感じる子もいるんですよ。そういうことが大事なんです」(中村監督)。目の前ではプロになるような選手が躍動している。次は自分が。いつかは自分も。高校年代のトップクラスを体感したことで生まれたハッキリとした基準が、桐生一のサッカー部全体に浸透していったことは、見逃せない大きなポイントだ。

 この日の横浜FCユース戦でも、桐生一は勇敢に戦った。前半にPKで先制点を献上すると、後半開始早々にもパスミスを発端に追加点を許し、2点のビハインドを追い掛ける展開にも、選手たちの心は微塵も折れなかった。

 まずは8分に諏訪が自ら奪ったPKを冷静に沈めて1点を返すと、その4分後には2失点目に絡んでしまったDF中野力瑠(2年)がセットプレーから意地の同点弾。スコアを振り出しに引き戻す。さらに、終了間際の44分にもやはりセットプレーから、諏訪がこの試合2点目となるゴールを押し込み、とうとう逆転してしまう。



「僕も口で『ウチは0-2からだぞ』と言いながらも、『どうしようかな……』と思っていたんですけど、本当に良く追い付いたなと。ただ、追い付いたことで、逆に押し込まれ方が尋常じゃなかったので、『これは3点目獲れるのかな』という中で、諏訪が1本抜け出すか、セットプレーしかないと思っていたので、逆転ゴールの時は『今日はツイているな』と思いました」(中村監督)。

 だが、サッカーの神様が用意していた結末は残酷だ。アディショナルタイムの45+3分。横浜FCユースの猛攻。シンプルなクロスから、投入されたばかりの選手がオーバーヘッドで叩いたボールが、ゴールネットへ吸い込まれる。直後に鳴ったタイムアップのホイッスル。同時刻キックオフの試合で10位のJFAアカデミー福島が勝利していたため、残り2試合で上回れない勝点差を付けられた桐生一の降格が決定した。

「ポジティブに考えると、このプレミアという舞台でプレーできたことは、これからに絶対に繋がりますし、あらためて上げてくれた先輩にも感謝したいです。今日の引き分けは誰のせいでもないですし、自分の実力不足です」と話した清水は、「降格はしてしまいましたけど、2年生もだいぶ試合に出ているので、落ち込んでほしくないなと。来年またプレミアに上げてほしいなと思っています」と後輩たちに想いを託す。

「誰もが桐生第一が降格すると思っていたはずで、そこで何とか自分たちが残して『
桐生第一は強いんだぞ』というところを見せたかったんですけど、残念ながら降格が決まってしまって……」と声を絞り出した岡村は、「でも、青森山田に勝ったり、フロンターレやマリノスに引き分けたり、良いゲームもいっぱいできたので、またプリンスリーグから勝ち上がって、後輩たちにプレミアの舞台で戦ってほしいなと思っています」とやはり後輩たちに想いを馳せる。

 キャプテンの諏訪は胸を張った。「後期の結果だけ見ればメチャメチャ成長できましたし、『オレたちも全然できるんだ』ということは周りに感じてもらえたかなという想いはあります。降格は本当に悔しいですけど、桐生第一の歴史に名を残せたかなと感じていますし、プレミアリーグで戦えたからこそ、どのチームよりも成長できたかなって。だから、あと2節も絶対に勝って終わらせたいなと思っています」。

 中村監督が語った言葉が印象深い。「僕もこの半年くらいは順位を上げることだけではなくて、『この舞台にいたいからどうしようか?』と考えた時に、何が足りなかったかと言えば、一言で言ったら全部足りないです。僕らスタッフの力量や考え方もそうですし、生徒たちのマインドセットもそうですし、選手の集め方もそうですし、それこそハード面もそうですよね。でも、本当にありがたい舞台なので、『ここにまた来たいな』って。自分たちが足りていないということを痛感できたので、今年痛感した部分をやれることからやって、半歩、いや、“3分の1歩”ずつでも、上っていくしかないかなって思っています」。

 きっと、もう後には戻れない。この舞台で掴む勝利の喜びを、この舞台が加速させてくれる圧倒的な成長を、何よりもこの舞台で戦うことの楽しさを、知ってしまったから。桐生一の明日は、また地道な“3分の1歩”からスタートしていく。



(取材・文 土屋雅史)
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