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指揮官が問い掛ける「ライバルとしての覚悟」。桐生一は“尋常じゃない成長”を証明する勝負の11月へ

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桐生一高はライバルとの再戦を見据えながら勝負の11月へ歩みを進める

[10.15 高円宮杯プレミアリーグEAST第18節 桐生一高 1-5 前橋育英高 太田市運動公園陸上競技場]

 苦しむであろうことは自分たちが一番よくわかっていた。辿り着いた世代最高峰のステージ。それを勝ち獲った選手は1人も残っていない。だが、もがきながら、打ちのめされながら、それでも必死に前を向いてきたからこそ、見えてきた世界がある。だから、残りたい。この舞台を1人でも多くの後輩に体感させてあげたい。

「プリンスリーグももちろん良いリーグなんですけど、プレミアでやったら成長のスピードが尋常じゃなく早かったんです。だから、自分たちの力で何とか残留して、後輩たちに良いものを与えられればと思います」(桐生一高・岡村葵)。

 プレミアでかけがえのない時間を過ごしてきた上州のブルードラゴン。桐生一高(群馬)は今シーズンで遂げてきた『尋常じゃない成長』を証明するため、いよいよここからその真価を発揮する戦いに足を踏み入れていく。

 衝撃的な“デビュー戦”だった。第1節が延期になり、実質のプレミアリーグ開幕戦となった第2節。ホームの太田市運動公園陸上競技場に横浜F・マリノスユースを迎えたゲームは、31本のシュートを集められ、0-7というスコアで大敗を喫してしまう。

 ただ、この試合はチームにとって大事な指標となった。「一発目があのマリノス戦だったことはメチャメチャありがたかったです。僕が何も手を下さずに『ほらな』と。一番説得力がありましたね」と中村裕幸監督が話せば、「桐一としてもプレミアは初めてなので、厳しさを教えてくれた面ではポジティブに捉えていました」とはセンターバックのDF中野力瑠(2年)。改めて簡単なリーグではないことを1試合目で突き付けられたわけだ。

 リーグ前半戦は、昨年度の三冠王者・青森山田高相手にホームで劇的な勝利を収めたものの、白星はその1試合のみ。1勝2分け8敗と厳しい現実を味わい、インターハイ予選の決勝でも同じプレミアで戦う前橋育英高に0-4で完敗。結果に恵まれない時間が続いたが、「基本的に負けている時でも練習の雰囲気が悪いと思ったことはないんです。1年間に22試合を戦うことも初めてのルーティンなので、大変だと思うんですけど、毎週毎週意欲的にトレーニングに取り組んでくれているなというのは感じます」と中村監督。謙虚に、真摯に、日常と向き合う力を着実に養ってきた。

 その成果は夏を過ぎて、顕著に現れる。9月19日。プレミア第15節で大宮アルディージャU18に1-0で競り勝つと、次戦の横浜FMユースとのリターンマッチでは、首位争いを繰り広げている難敵に3-3と打ち合ってのドロー。さらにJFAアカデミー福島U-18と対峙したホームゲームでは鮮やかな逆転勝利を収め、3試合で勝ち点7を積み上げてみせる。

「正直『ちょっとレベルが違うな』と思うところもありましたけど、試合をやっていくうちに自分たちの通用するところにも自信が付いてきた中で、前期が終わった後に『自分たちがプレミアに上げたわけじゃないぞ』ということをもう1回みんなで共有しました。『先輩たちが上げてくれた舞台で、自分たちはやらせてもらっている側なので、そこは責任を持ってやっていかないといけない』という話をしてから、結果が少しずつ付いてきた感じです」と語ったMF岡村葵(3年)の言葉も興味深い。

 昨シーズンのプレミアプレーオフを戦ったのは全員が当時の3年生。今季から挑戦しているプレミアは“用意された舞台”ではあるものの、だからこそ中途半端な試合はできないというチームの共通認識を再確認したことで、吹っ切れたということだろうか。とにかく付いてきた明確な数字が、彼らの変化を後押しする。

 最後尾からチームを見つめてきたGK清水天斗(3年)が変化の要因を「守備力が上がって、シュートを打たせないことが多くなったのと、ちゃんと前線が決めてくれるようになりました。頼もしくなりましたね」と口にすれば、「前期は失点が凄く多くて、みんな自信がなさそうにプレーしていましたけど、後期は余裕が出てきてみんな顔を上げてできているので、ビルドアップもしっかり自分たちのスタイルでできているのかなと思いますし、粘り強い守備や気持ちの入ったプレーができたことで勝ち点が獲れているのかなと思います」とは岡村。プレミアで戦う上での手応えは、間違いなく掴みつつある。

 この日の前橋育英戦の前半も、ペースは握られつつも粘り強く食い下がり、スコアレスでハーフタイムへ折り返す。「ファーストで弾けるところが一番良かったですし、崩しも上手くできていましたし、シュートまでは行けなかったですけど、まとまりは良かったと思います」(清水)「とにかく相手のバイタルにガンガン入ってくるのをまず防ごうと思ったので、それはほぼパーフェクトに近かったのかなと」(中村監督)。ところが、残された45分間で試合は大きく様相を変えた。

「ハーフタイムにも『育英は後半の立ち上がりが強いぞ』という話はされていたのに、そこで自分たちが対応できなくて、相手の流れに乗らせてしまったので、悔しい展開になりました」(岡村)。後半4分にアンラッキーな形で先制を許すと、さらに続けて2失点。立ち上がりの10分間で3点を献上し、終わってみればスコアは1-5。「ミーティングで『最初の10分が大事だ』って言われていたんですけど、ちょっとフワフワ感が自分たちでもあって、全然良いプレーができなかったです。負ける流れではなかったと思うんですけど……」(清水)。リーグ前半戦、インターハイ予選決勝に続く県内最大のライバル相手に喫した大敗に、試合後の選手たちも落胆の色を隠せなかった。

 とはいえ、時間は彼らを待ってくれない。次節の首位・川崎フロンターレU-18戦を終えると、いよいよ選手権予選が幕を開ける。準々決勝から登場する桐生一が頂点に辿り着くためには、3つの勝利が必要。そして、おそらく3試合目となる最後の一戦で対峙するのは、夏の日本一を経験してきたタイガー軍団だ。

「普段はあまり精神論みたいなことは言わないんですけど、今日のゲーム前に『ライバル対決って言うのなら、「何が何でも勝ってやろう」「絶対に点数を獲らせないぞ」というふうにならなきゃいけない。綺麗事じゃないんだ。周りが群馬でのライバルと言ってくれているだけで、まだそのステージに行ってないよ。そうなれよ』と言ったんですけど、まだそうなれていなかったですね。あと2週間半でなれるかなあ」。少し冗談めかして紡いだ中村監督の言葉は本心だろう。ライバルであるならば、それに相応しい試合をしなくてはならない。そのチャンスは、もうあと1回だけ。

「選手権は何が何でも勝ちたいです。そのためには日々の練習をしっかりやっていかなくてはいけないので、『最後に育英に勝つ』という気持ちを込めて、練習をしていきたいと思います」(岡村)「今日も中村監督に『育英がライバルだという覚悟を持て』と言われて、そこは少しわかってきたかなと思います。選手権も育英に勝って喜びたいですし、良い思い出を作りたいです」(清水)。

 まずは目前に迫った選手権予選。そして、何としても来シーズンの挑戦権も手にしたいプレミアの終盤戦。勝負の11月へ向かう上州のブルードラゴン。桐生一の覚悟が問われている。



(取材・文 土屋雅史)
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