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ACL16強で一矢報いた甲府、歴史刻む一撃生んだ地元出身SB小林岩魚の誓い「下部組織からここにいる身として…」

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DF小林岩魚

[2.21 ACL決勝T1回戦 甲府 1-2 蔚山現代 国立]

 山梨県甲府市に生まれ、中学・高校時代をヴァンフォーレ甲府の育成組織で過ごした27歳のDF小林岩魚はこの日、歴史的なアジア挑戦の終幕をピッチの上で迎えた。最後は韓国王者の蔚山現代に2試合合計1-5の大敗。かつては想像もつかなかった大舞台に立っていることは自覚していても、その感慨を敗れた悔しさが大きく上回っていた。

 フル出場した蔚山現代との第2戦後、ミックスゾーンで取材に応じた小林は今大会の戦いを振り返りつつ、一度は前向きな言葉を繰り出そうとした。今大会は本拠地のJITリサイクルインクスタジアムがAFCライセンス基準未充足で使用できないため、東京都の国立競技場をホームとして使用。口にしたのはその調整に尽力した関係者、故郷からはるばる駆けつけたサポーターへの感謝だった。

「中学からこのチームの下部組織に入って、中学・高校と長い時間、このチームで過ごしてプロに入ってからもずっとこのチームに在籍しているけど、地方のクラブがこうしてアジアの舞台で戦うのは意味のあることだと思う。最初は小瀬(本拠地)が使えないレギュレーションの部分など、大変なこともあったけど、こうして国立でもたくさんのサポーターが集まってくださって、違うチームのサポーターを巻き込んだり、素晴らしいチームの広報がいて、チーム全体で盛り上げてくれた。県民もすごく力をくれていた」

 それでも悔しさは隠せなかった。すぐに言葉を続け、目を向けたのは4日後に迫っているJ2リーグの開幕。この日は決して蔚山に圧倒されただけの内容ではなく、アジアのトップレベルに渡り合うような局面を作っていたものの、それをJ2リーグ戦に活かせる手ごたえと捉えるのではなく、突きつけられた高い基準を胸に刻みながら今後への思いを語った。

「その中でもう少し爪痕を残したかったのはある。この舞台に戻ってくるためにはJ1に昇格して、力をつけていくしか道はないと思う。4日後にJリーグが始まるので、ここで素晴らしい経験ができたということで終わらせず、チームでもっともっと大きくなっていかないといけない。ヴァンフォーレ甲府でこの大きな舞台に立てたのは次につながる大きな意味があると思う。でもACLに出ました、決勝トーナメントに行きました、いい経験でしたで終わらせるのではなく、もっと大きく、強く、愛されるチームになるための糧にする必要があると思う」

 一昨季の天皇杯優勝を経て、Jリーグ史上16クラブ目で掴み取った初のACL出場権。小林にとってはプロ5年目で巡ってきたアジア挑戦のチャンスだったが、言葉の端々から発する悔しさにも表れているように、長年にわたってクラブと共に歩み続けてきた者として背負う思いは大きかった。

「僕自身のユースの時を考えると、もちろんプロに行くのは目指していたけど、プロになって、そして甲府でアジアの舞台に立てるなんて正直思っていなかった。その間、チームはJ1昇格をしたり、J2に降格したり、紆余曲折があって今があるけど、その中でたくさんの選手や、支えてくれたさまざまな方々が歴史をつないでくださって今がある。そのことをずっとクラブを知っている身として感じている。オミさん(DF山本英臣)だったり、クラブを長年支えてくれた人たちのおかげで今があるということを全員が感じないといけないと思っている」

 そんな覚悟はこの日、一つの結果となって表れていた。0-1で迎えた後半43分、小林が育成年代から一心に磨き上げてきた左足でCKを蹴り出すと、ここからFW三平和司のヘディングシュートが決まり、クラブにとってACL決勝トーナメントでの初ゴールを記録。小林自身、そのアシストに大きな感慨はなく、得点シーンを振り返りながら複雑な思いをにじませていたが、紛れもなくクラブの歴史に刻まれる得点となった。

「あのゴールにどんな意味があったかどうかでいうと、負けているので何の意味もないと言うか、ただの1点になってしまうかもしれない。ただこんなにたくさんのお客さんが来てくれていた中、完敗で終わるのではなく、一矢報いたところは次につながるゴールだったとは思う。でもその前にもっとやんないといけないことが僕自身としてもチームとしてもあったと思う。あの1点がどうだったというのではなく、なんで第1戦で0-3で帰ってきてしまったのかとか、今日も試合の入り方がどうだったのかとか、反省することのほうがある。あのCKはたしかに納得のいくボールがいったけど、それ以上に反省点も多かったので、まずは切り替えて前に進んでいきたいなと思います」

 ただそうした現実的な目線は、アシストという個人結果よりも大事なものがあるからだ。小林にとって重要なのは、この舞台に立った経験をより深くクラブに継承していくこと。「下部組織からここにいる身として、さらに下の世代につなげていくことが使命でもあると思う。この経験を無駄にせず、さらにチームが強くなるために、もちろんピッチでやるのは当たり前だけど、チームのためにできること、山梨、甲府のためにできることをプロサッカー選手として考えていければ」と力を込めた。

 そうした使命を果たすためには、まずは目の前の新シーズンから真価が問われることになる。もちろん目標はただ一つだ。「ACLも終わってしまったので、とにかく今年は昇格。それをここに来ているサポーターも望んでいると思う。ACLに出ていろんなことを感じることができたけど、結局昇格できなきゃ何の意味がないと思うので。シーズンは長いし、いい時も悪い時もあると思うけど、チームで団結してやっていきたいと思います」。クラブの歴史に刻まれたアジア16強。その価値が本当の意味で決まるのはこれからだ。

(取材・文 竹内達也)

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竹内達也
Text by 竹内達也

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