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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:颯爽(ヴァンフォーレ甲府・三浦颯太)

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ヴァンフォーレ甲府の左サイドで躍動したDF三浦颯太

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「幸せでしたね。メチャメチャ試合が楽しかったので、『終わっちゃったなあ』という想いもありましたし、『もっとどうにかできたんじゃないか』とも思いました。チャンスを決め切れていれば勝てない試合ではなかったので、相当悔しかったですけど、相当楽しかったです」。

 その22歳のルーキーは、5万人を超える観衆を飲み込んだスタジアムの左サイドを、颯爽と駆け上がる。力強く、堂々と、時折笑顔すら浮かべながら、J1王者を向こうに回して90分間を戦い抜いた。その感慨が、冒頭の言葉だ。

 1週間後に控えるJリーグ開幕の高揚感に満ちた国立競技場を、大いに沸かせてみせたヴァンフォーレ甲府の左サイドバック。DF三浦颯太は自身の描く未来への希望を、多くのサッカーファンと共有することに成功したはずだ。

 FUJI FILM SUPER CUP 2023。久々に聖地へ帰ってきた今回の大会は、15年ぶりにJ1クラブとJ2クラブが対峙することになる。昨シーズンのJ1を制した横浜F・マリノスに挑むのは、昨年度の天皇杯で優勝を勝ち獲った甲府。このタイトルマッチに挑むのはクラブ創設以来初めてのこと。ゴール裏を埋めた青赤のサポーターも、いつも以上に気合が入る。

「国立でプレーするのは初めてです。ハヤタの試合を見に来たぐらいですね」と笑ったのは、日本体育大から加入した大卒ルーキーの三浦。同期入団となるMF水野颯太が、桐蔭横浜大の一員としてプレーするインカレ決勝を観戦しに訪れた約1か月後。自身もスタメンとして同じピッチへと解き放たれることとなる。

 緑の芝生へと入場していくと、視界の先に凄まじい数の観衆が姿を現す。「やっぱり始まる前は『デカいなあ』と思いましたけど、そんなに緊張とかはなかったですね」。相手は国内最高峰のチーム。舞台は国立競技場。やらない理由はない。心に静かな炎が灯る。

 キックオフから1分。この試合のファーストシュートは甲府が記録する。「ちょっとでもチャンスがあったら狙っていこうとは思っていましたし、得意な位置でボールを持てたので、そこは思い切って振れたと思います。全然足に当たらなかったですし、惜しくなかったですね(笑)。ちょっとへなちょこシュートでした」と苦笑したのはルーキーの左サイドバック。前線まで顔を出すと、利き足とは逆の右足でフィニッシュまで持ち込んでみせる。

 三浦の躍動は続く。相手の縦パスを果敢にカットすれば、そのまま自ら高い位置へ侵入してクロスまで。「とにかく委縮しないで、自分のプレーを出そうと思っていましたし、ハヤタとも話したんですけど、自分たちの良いところは前へのパワーやフレッシュさだと思うので、最初の10分ぐらいでそういう良い部分が出せたかなと思います」。水野と組んだ左サイドが、甲府のアタックを鮮やかに活性化させていく。

 守備面でも時間を追うごとに、確かな手応えを掴む。「自分はマリノスがもうちょっとグチャグチャしてくるかなと考えていたんですけど、前半は特に型にハマっていたと思うので、水沼選手が開いたら完全にそのままで、プレスの掛け方も自分の目の前の選手に絞れて行けたので、そこで結構ボール奪取もできて、良い攻撃に繋げられたかなと思います」。



 だが、トリコロールは一瞬で牙を剥く。30分。華麗なパスワークから、縦パスを刺された瞬間に三浦はマークを見失う。中に潜った水沼のパスから、アンデルソン・ロペスを経由して、最後はエウベルがグサリ。「ちょっとでも隙を見せたらやられる感じや気を抜けない感じがJ1だと思いました」。先制点は横浜FMに刻まれた。

 前半終了間際にピーター・ウタカのゴールで追い付いたものの、後半に入るとJ1王者の攻撃が勢いを増していく。「間に入るタイミングも、いろいろな選手がグチャグチャになって入ってきて、特に喜田(拓也)選手は『メッチャ嫌なところに入ってくるな』と思いましたし、カバーのタイミングも抜群で、あの人は凄いと思いましたね」と振り返った三浦も、守備に奔走する時間が増加。後半15分には中央をぶち抜かれ、勝ち越し点を奪われてしまう。

 残り15分を切ったところで、場内に観衆の数が発表される。公式入場者数は50,923人。スタンドにも少しどよめきが起こった時、ピッチ上のルーキーもそのことに気付いていたという。「ビックリしました。『ああ、5万だ』と思いながら見てました(笑)。『スゲーなー』って。アレで国立での試合を実感しましたね」。何とも大物感の漂うエピソードだ。

 試合はそのまま1-2で終了。90分フル出場を果たした三浦は、少しだけピッチ上に立ち尽くしたあと、整列に向かう。もちろん舞台も、シチュエーションも違えども、実はその光景には見覚えがあった。

 今から5年前の秋。高校サッカー界屈指の強豪として知られる帝京高の8番は、駒沢陸上競技場のピッチに立ち尽くす。高校生活のすべてを懸けて挑んだ、最後の高校選手権。都予選の決勝まで勝ち上がったカナリア軍団は、駒澤大高の軍門に下る。絶対的な司令塔としてチームを牽引してきた三浦は、大きな喪失感に包まれていた。

 名門校へ入学すると同時に、すぐさま三浦は公式戦でスタメン起用されるようになる。FC東京U-15むさしからやってきた、瘦身のレフティの定位置は1トップ下かボランチ。ピッチの中央で得意の左足を振るい、チーム全体を掌握していく。当時好きだった選手はセルヒオ・ブスケツ。「ボールを奪われないですし、どんなに相手が速くプレッシャーに来ても1本でいなしたりできて、心臓みたいな選手なので好きです」と小さい声で語っていた姿が記憶に残っている。

 だが、肝心の選手権予選ではスタメン落ちを経験。決勝では2点をリードされた後半の残り20分で投入されたが、何もできないままにチームも敗戦。主力選手としてシーズンを戦い抜いた2年時も、選手権予選は準決勝で延長戦の末に敗退。望んだ結果を得ることは叶わず、最終学年を迎える。

 3年生になった三浦は、明らかに変わっていた。それまでの控えめだった雰囲気は一変。誰よりも身体を張り、誰よりも声を出す姿勢が際立っていく。「中学生の時もそんなに怒鳴るタイプではなかったですけど、今年は去年や一昨年より全国に出たい気持ちが何倍も強いので、それが形になっているのかなって。もう一人だけでも声を出して、『浮いてるぐらいやらなきゃな』って思っていました」という決意が、その覚悟を如実に表していた。

 ラストチャンスの選手権予選。準決勝で帝京は2点を先制されたものの、そこから4点を奪い返して逆転勝ちを収めたが、この試合で三浦はハットトリックを達成してしまう。「ハットトリックなんて高校に入って初めてです。やっちゃいましたね(笑)」と浮かべた笑顔も、すぐに次の試合に向けて引き締まる。自身初の、帝京としても9年ぶりとなる冬の全国まではあと1勝……。

 帝京の8番は、駒沢陸上競技場のピッチに立ち尽くす。決勝の結果は1-2。「『ああ、終わっちゃったなあ』って。それだけで、他にはなにも考えていなかったです」と唇を噛み締めた三浦が、最後に紡いだ言葉を思い出す。「この経験はたぶんずっと忘れないと思うので、何が足りなかったのかよく考えて、しっかり自分を見つめ直して、また大学で成長できたらなと思います」。ロッカールームへ消えていくその背中は、今でも鮮明に覚えている。



 昨年の6月。帝京が勝利を収めたインターハイ予選の試合後。唐突に声を掛けられる。見覚えのあるその人は、既に前年に甲府の入団内定を勝ち獲っていた三浦。母校へ教育実習で帰ってきていたため、この日も後輩の試合を“臨時コーチ”として見届けに来ていたのだ。

 久々に再会したかつての8番は、その面影は残しながらも、精悍で礼儀正しい青年に成長していた。同じ番号を受け継いでいたMF押川優希は、“先輩”についてこう語っている。「練習にも混ざってくれたんですけど、プレーを見て『やっぱりトップレベルはこれぐらいやらないとダメなんだな』と実感させられました。マジで上手かったですし、この人の8番を受け継ぐのはちょっと荷が重いなって(笑)。『もっと頑張らなきゃな』って改めて実感しました。メッチャ優しかったですし、貴重な話をしてもらってありがたかったです。本当に凄い人です!」。

 そのことを伝え聞いた三浦は「そこまで言ってくれているなんて、できた後輩ですね(笑)。後輩たちに負けずに自分も頑張ります」と笑顔。結果的に2022年シーズンは特別指定選手としてJ2でも5試合に出場。後輩たちにいろいろな形で大きな刺激を与えたことは、あえて言うまでもないだろう。

 昨シーズンの経験は、確実にこの日の一戦にも生かされているという。「プロのピッチは初めてではないので、今日の試合でも“試合慣れ”のようなところが良い形で出ましたし、キャンプでも最初からうまく馴染めて、コミュニケーションを取りながらできたので、去年の経験は相当大きなアドバンテージになっていたとは思います」。

 その上でJリーグ王者との対峙は、新たな感覚を突き付けてくれたようだ。「J1のチームで、しかも王者と練習試合ではない真剣勝負ができたことは凄く良い勉強になりましたし、守備の部分で課題も多く見つかった中で、攻撃の部分は自分の特徴を出せれば通用することもわかったので、開幕に向けてそれは自信を持ってやっていきたいです。結果だけ見たら1-2ですけど、大きな差はあったので、チームが良い方向に向かっていけるようなプレーを自分ができればいいですし、成長のためにはやられた部分の方もしっかりやらないといけないと思います」。

 痩身の司令塔は、頑強な左サイドバックへとその立場を変えた。自分がさらなる未来を切り拓いていくためには、もうこの左サイドを極めるのだと腹を括っている。「5バックだったらワイドも、3バックでも左のセンターバックもできるので、求められるところができればなと思いますし、力強さというのは大学で身に付けさせてもらったところで、そこは絶対に通用すると感じているので、もっと強い選手になれるようにしたいです」。はっきりとした決意が、国立のミックスゾーンに低く響いた。

 5年の時を経て聞いた、まったく同じフレーズが耳に残る。ただ、そのニュアンスはあまりにも対照的だと言っていい。高校サッカーの終わりを、キャリアの終わりにしなかった男が、大学で重ねた努力の末に辿り着いた、国立競技場の晴れ舞台。この日の「終わっちゃったなあ」は、きっとここから三浦が颯爽と歩んでいくプロサッカー選手としての道のりの、大いなるスタートだ。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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